早朝の密かな会話
『らんらんら〜〜〜ん』
『ふんふんふ〜〜〜ん』
『大好き大好き』
『ふわふわのくるくる〜〜』
『あっちとこっちを』
『ぎゅっとしてぎゅ〜〜〜!』
カーテンの隙間から朝日が差し込む部屋に、楽しそうなシルフ達の歌声が響く。
「う、う……ん」
横向きになっていたレイが、小さく唸って寝返りを打つ。
普段なら転がって反対を向けていたはずが、今日は隣にキムが寝ていたので、中途半端な体勢で止まってしまう。
「ん? なんだ?」
若干寝ぼけたキムが目を開き、自分の顔に当たったレイの腕を見て苦笑いしながらその腕を掴んで動かす。
「ああ、もう朝か。ふああ〜〜〜〜」
自分の体にのしかかるようにして止まっているレイを見て小さく笑ったキムは、横にずれてレイの体を自分の上から下ろして起き上がった。
『わあい』
『今度はこっちで遊ぶの〜〜』
『遊ぶの遊ぶの〜〜』
しかし、仰向けになったレイのこめかみから前髪の辺りにシルフ達が集まってきて、嬉々として遊び始めたのを見て堪える間も無く吹き出す。
「おうおう、今朝もなかなかに芸術的な仕上がりになっているなあ。まあ、本人が怒らないなら好きに遊べばいいさ。うっかり手出しをしてミスリルの頭突きを受けるのはごめんだから、俺は見なかった事にするよ。じゃあ先に顔を洗ってこようか。ふああ〜〜今朝もいい天気みたいだから、もうちょっと実技の練習をしたいんだけど、どうなんだろうなあ」
立ち上がってカーテンを開けたキムは、よく晴れた外を見てもう一度欠伸をしてからそう呟き、まずは顔を洗うために洗面所へ向かった。
「おはようございます」
キムが起きたのを見て、部屋付きの執事が軽いノックの音と共に部屋に入ってくる。
「ああ、おはようございます。俺以外はまだぐっすりみたいですけれどね。ええと、そろそろ起こしたほうがいいですか?」
いつもなら、ここにいる間は寝坊をする事もしょっちゅうだし朝練もしないのでゆっくりしているが、今はどうなのだろう? 竜騎士隊の皆も昨夜はここに泊まったみたいだから、もしかしたら朝練や軽い運動程度の事はするのかもしれない。
そう考えて聞いたのだが、執事は笑顔で首を振った。
「まだ、竜騎士隊の皆様もお休みになっておられるようです。朝練をご希望でしたら、専用の訓練室がございますのでご案内いたしますが、いかがなさいますか?」
「い、いえ、どうかお構いなく」
自分に対するまさかの扱いに驚いたキムは、慌てたようにそう言って壁に掛けられた自分の制服を見た。
昨夜、改めて湯を使ったあと、寝る前にいつものように軽くブラシをかけてシャツと一緒にまとめてハンガーに掛けておいただけのそれは、いつの間にか用意されていた新しいシャツの掛かったハンガーとともに、シワのひとつもなく朝日に輝いている。
実は、基本的に市井の出身で身分は下級兵士でしかないマークやキムであっても、ここでは貴族と同等の扱いをするように陛下から直々に命じられているので、彼らが休んだ後に、執事達が彼らの制服も手入れをしてくれているのだ。
「ああ、俺達の分まで新しいシャツまで用意してくださったんですね。ありがとうございます!」
笑顔でキムにお礼を言われて、執事が軽く一礼する。
「我らにお気遣いは無用でございます。どうぞ、ここを我が家と思ってお寛ぎください」
「あはは、それはなかなか難しいですが、でもここは本当に素晴らしいところですよね。いつも本当にお世話になっています。あの、俺は、いや、俺もマークも市井の出身で、どうもガサツで礼儀知らずなんで、知らない間に失礼をしていたら申し訳ありません。もし、何か気づいた事があればどうか教えてください。俺達、その……レイルズに迷惑をかけるような事や、彼の負担になるような事だけは絶対にしないようにって思っているんです。まあ、無理を言ってここへ連れて来てもらっている時点で、どうなんだって話なんですけどね」
普段、レイと一緒にいると執事達とゆっくり話をする事など殆どない。
キムは良い機会だと思ってそう言ったのだが、それを聞いた執事は一瞬驚いたように目を見開き、すぐに笑顔になった。
「そうお考えになられている時点で充分かと。そうですね。では一つ年寄りのおせっかいを致しましょうか。本来、私がこのような事をお話しするのは執事としての分を超えますが、良い機会ですから少しお話しさせていただきましょう」
にこやかな執事の言葉に、まだ寝巻き姿だったキムは目を輝かせて居住まいを正した。
「はい、お願いします!」
「ご自身の出身や現在のご身分を考えて怖気付くお気持ちは理解いたします。ですがあまりに過度な謙遜や卑下は、お二方を親友だと仰って憚らぬレイルズ様との距離を作る事にも繋がります。もちろん、相手が誰であれ付き合う以上ある程度の礼儀や距離感などは必要ではありますが、少なくともここに滞在なさっている間は、そこまで遠慮なさる必要はないかと私は愚考致します。ここでお二方とご一緒に過ごしておられるレイルズ様は、いつも本当に楽しそうです。その笑顔が全てを物語っているのでは? ですのでどうぞ、ここでは今まで通りにレイルズ様と楽しい時間をお過ごしください。もちろん、書庫の本が必要な際にはいつなりと、たとえ深夜であろうとも遠慮なくお越しいただいて構わないのですよ」
予想外の優しい言葉に、キムは驚きのあまり言葉も無い。
陛下からの直々の命令を受けている時点で、執事達が彼らを軽率に扱うような事は絶対にない。
だが、彼らとても血の通った人である以上、やはり仕える相手を観察もするし評価もする。
執事など、そこらに転がるクッション程度にしか考えていない貴族の若者も多いが、レイも含めて彼らはとても礼儀正しいし、不必要に執事達を軽んじるような事をしない。
実はマークとキムの二人の事は、離宮にいる執事達の間でもかなりの高評価を得ているのだ。
「あ、ありがとうございます!」
直立して敬礼するキムに、執事は笑顔で小さく頷いたのだった。




