おやすみなさい
「うぎゃ〜〜〜!」
「ちょっ! 何するんだよ!」
唐突にレイが吹き出したカナエ草のお茶を浴びたマークとキムが、悲鳴をあげてベッドから転がり落ちる。
何事かと振り返ったルークと若竜三人組が見たのは、ベッドに倒れ込んで口を押さえて悶絶するレイと、床に転がったまま呆気に取られてレイを見つめているマークとキムの二人だった。
「ああは、ごめんなさい。だって、まさか用意してくれてあったお茶にハチミツが入っていないなんて思わなかったんだもん」
無邪気に謝るレイの言葉にマークとキムが揃って笑い崩れ、ルーク達は濡れたベッドに倒れ込んで仲良く大爆笑する三人を呆れたように見つめていたのだった。
「全く、突然叫ぶから何事かと思ったよ。ああ、これはわざわざ注意書きを書いてくれてあるのに、確認しなかったレイルズが悪いな」
ピッチャーの持ち手部分位結び付けられたリボンを引っ張って見せながら、笑ったルークがそう言ってレイの頭を突っつく。
「あ、本当だ。そっか、マイリーとヴィゴがいたから、普段は作らないハチミツ無しも用意してくれてあったんだね。これはちゃんと確認しなかった僕が悪いね。えっと、二人ともごめんね。あとでもう一回湯を使わないと駄目だね」
「いいって。俺でも、もしも知らずに蜂蜜なしのカナエ草のお茶を一気に飲んだら、絶対にああなる自信がある」
「確かに〜〜俺でも吹き出す自信があるぞ」
素直に謝るレイの言葉にマークとキムが揃って笑いながらそう言って首を振る。それから、顔を見合わせた三人は揃って吹き出したのだった。
「それじゃあおやすみ〜〜」
「また明日な」
「おやすみ〜〜」
「おやすみ」
笑顔で手を振った若竜三人組とルークがそれぞれの部屋に戻るのを見送ったレイ達は、ひとまず散らかった部屋を簡単に片付けてから、もう一度交代で湯を使った。
何しろ外の気温は低いが、大きな暖炉には火が入っていて部屋の中はとても暖かい。寝巻きだけで大暴れした彼らはかなりの汗をかいているし、マークとキムに至ってはレイが吹き出したカナエ草のお茶を頭から浴びているのだ。
どちらが先に湯を使うのかしばしの押し問答の末に、結局いつものようにレイが先に湯を使い、レイが戻ってからマークとキムが湯を使った。
彼らは、どれだけ気にしないからとレイ本人が言っても、絶対にレイより先に湯を使おうとしない。
これは彼らの中でも、絶対に超えてはいけないラインの一つだと考えているからだ。
これは自分達のことを親友だと言って信頼を寄せてくれる竜騎士見習いであるレイに対しての、一般出身の彼らなりの誠意の一つでもあるのだ。
「はあ、お先でした」
軽く汗を流して、まだ濡れたままの髪で出てきたレイに、二人はもう一度お礼を言ってから湯殿へ駆け込んで行った。
「はあ、えっとこれは……うん、ハチミツ入りだね」
今度はちゃんとピッチャーに結び付けられたリボンを確認してから冷えたカナエ草のお茶を飲むレイだった。
濡れた髪をシルフ達に乾かしてもらっている間に湯を使っていた二人が戻ってきたので、そのままベッドに並んでお休みを言った。
『大騒ぎだったな。だが楽しそうでなによりだ』
姿を現したブルーの使いのシルフがそう言って笑ってキスをくれる。
「うん、すっごく楽しかったよ。じゃあ、疲れたからもう休むね。お休みブルー。明日もよろしくね」
笑ってキスを返したレイは、彼を挟んで左右に横になったマークとキムにも改めてお休みを言って枕に顔を埋めた。
三人の静かな寝息が聞こえてくるまで、それほどの時間はかからなかったのだった。
無防備に眠るレイの頬にもう一度キスを贈ったブルーの使いのシルフは、レイの肩を押して上を向かせてやると、一瞬でその場に強固な結界を張った。
それから、レイの枕元に座って癒しの歌を歌い始めた。
静かな部屋に流れるブルーの歌を、呼びもしないのに勝手に集まってきていたシルフ達だけでなく、ワゴンに置かれたピッチャーの上にはウィンディーネ達が並んで座り、窓辺には光の精霊達がこちらも並んで座り、火が小さく落とされた暖炉の薪の上では火蜥蜴達が、そして窓辺に置かれた植木鉢の中からノーム達が顔を出し、それぞれうっとりと目を閉じてブルーの歌声にうっとりと聞き入っていたのだった。




