墓参りとドワーフの家
蒼の森の深部を抜け川を渡った一行は、林の中を走っていた。
時折、不釣り合いなほど巨大な角を持った鹿や、黒狐などが木々の間から姿を見せる。
木の上からは様子を伺う色とりどりの鳥達、時には精霊達が不意に現れて手を振ってくれる。
来た時よりも余裕のあるレイは、それらを見ては歓声をあげた。
ようやく林を抜けた時、ポリーを止めタキスが言った。
「ここからなら近いですから、お母様にご挨拶して行きますか?」
「いいの?」
振り返ってタキスの顔を見る。
「もちろんですよ。これからも、いつでも連れて行ってあげますので、遠慮なく言ってくださいね」
そう言うと、ポリーに合図して向きを変えた。ギードの乗るベラと二匹のラプトルも付いてくる。
ゆっくりと林沿いに進む一行の前に、見覚えのある大きな木が見えてきた。
小高い丘の上にある母の墓石の上では、尻尾のフサフサな赤リスが二匹、ちょこんと座ってこっちを見ていた。
「おやおや、随分と可愛い墓守り達だ」
タキスが笑みを浮かべて言う。
しかし、ラプトルの姿を見ると、赤リス達は、あっという間にいなくなってしまった。
「あ、逃げちゃった」
残念そうにレイが呟く。
「どうやら、お母上も寂しくないようじゃの」
ベラから降りたギードが、側へ来てレイを降ろしてくれた。
少し散らかった落ち葉を片付けると、すっかり綺麗になった墓石の前に座って話しかけた。
「今日、ブルーのところへ行ってきたの。ラプトルに乗せてもらって行ったんだよ。それから、母さんと仲良しだった光の精霊が見つかったんだって、今はペンダントの中で寝てるんだ。えっと、それからブルーに乗せてもらって皆で空を飛んだんだよ。凄かったよ、本当に風になったみたいだった。母さんも……一緒に乗りたかったな……」
また、涙があふれて前が見えなくなる。
袖口でムキになって顔をこすると、そっと手を押されられた。
「そんなにこすっては、赤くなりますよ」
タキスが優しく、柔らかい布で涙を拭いてくれた。
「お母上様、貴女のようには出来ませんでしょうが……大切に、大切にお育て致します。どうか、心安らかにお休みください」
手を組み目を閉じて、タキスが祈りを捧げる。
後ろでギードも同じ様にして祈りを捧げた。
しばらくすると、墓石の後ろから赤リスがまた顔を出した。
「墓守り達が戻って来てくれましたね。お役目ご苦労様です。さて、暗くなる前に帰らなくては」
タキスが笑みを浮かべて、レイの頭を撫でた。
「うん、帰ろう。母さんまた来るね。リスさん、母さんの事よろしくね」
立ち上がって赤リスに向かって話しかけると、不思議そうにこっちを見ている様子が可笑しくて、タキスと顔を見合わせて少し笑った。
傾き始めた秋の夕日を背に、草原に出た一行はスピードを上げた。
なだらかな草地を走り抜け、谷間の崖下に岩場が見えてくる。
「もう着きましたよ。朝はちゃんと見なかったでしょう」
スピードを落として、草地の畑の横で止まってタキスが言った。
目の前には、あちこちに丸い穴が空いた、岩の壁があった。
丸い扉の前では、ニコスが手を振っている。
レイは、驚きのあまり手を振り返すだけで返事が出来なかった。
「凄い……こんな風になってたんだ。これって、もしかして、岩をくり抜いて作ったお家なの?」
「そうですよ」
面白そうにタキスが答える。
「どうやって!どうやってあんな大きな岩を削ったの?」
思わず大きな声が出た。
「ドワーフの技ですよ。我らは岩と話ができますからな、まあ力仕事な部分もございますが、これはさすがに、ドワーフにしか作れぬ家ですな」
横から、ギードが答えてくれた。
「岩と話が出来るの?」
「もちろん、こんな風に喋れる訳ではありませぬが、例えば、掘っている岩がどんな風になら割れるか、これは割れぬ岩か、どのようにすれば言う事を聞いてくれるか、そんな事が、我らには分かるのですよ」
「凄いね。だから宝石を掘り出したり鉱石を探したり出来るの?」
「人間がやると、無駄に山を削ってしまいますからな。しかも取れる量は僅かばかり、まあ、他所にはそのような鉱山もございますがな。この国では、宝石も鉱石もどちらの鉱山もドワーフ達が仕事にして掘っとりますな。ドワーフなら、掘る場所も量も最低限で済みます」
「凄い……じゃあ、ギードも?もしかしてこのお家はギードが作ったの?」
目を輝かせて尋ねるレイに、ギードは笑いながら答えた。
「ドワーフ達がここを作ったのは、もう何百年も昔の話です。その頃、すぐそこの山では良い鉱石がたくさん出る鉱山がありましてな。そこを仕事場にするドワーフ達が住む為に作ったのです」
「今は?ドワーフ達はどこに行っちゃったの?」
「百年以上も前になりますが、山で大きな災害があったそうです。それがどのようなものであったのかは分かりませぬが、殆どのドワーフはここを捨て他へ渡って行きました。わずかに残ったドワーフが、細々と鉱山を守っておりましたが、それもいなくなってしまい、今はワシ一人です」
「ギードは、ずっとここにいるの?」
肩をすくめて首を振る。
「ワシがここに来たのは十年ほど前のことです。ここには元々タキスが住んでおりました」
振り返ってタキスを見ると、彼は苦笑いしながら頷いた。
「そこへギードが転がり込んで来て、私ではどうしようもなかった、荒れていた家を直してくれました。それで、こちら側を私が、ギードがあちら側の家を使うようになりました」
岩の壁の反対側にも、少し低いが切り立った岩場があり、そちら側にもいくつも丸い穴が空いている。
「ワシが住んでおる方は、元々ドワーフの仕事場としても使われておったようで、良い炉や竃がそのまま残っておりましてな。山から取って来た鉱石や砂鉄を加工する時には有り難く使わせてもらっとります」
「その後、五年ほど前にニコスが転がり込んで来て……まあ、我らの食生活は格段に良くなりましたわい」
「そうなの?」
出迎えてくれたニコスに、飛びついて聞いた。
「なんの話だ?」
「お前が五年前にここに転がり込んで来てから、我らの食生活が格段に良くなったと言う話だよ」
ギードがニコスの胸を突き、笑いながら言った。
「ああ、当時は確かに酷いものだったからな。肉は臭いし、芋の皮は剥きもせず生煮えのまま……気が遠くなりましたな」
思い出したのか、遠い目をしてニコスが苦笑いした。
「ニコスがいてくれて良かった。お弁当、美味しかったよ」
抱きついて思ったままの感想を伝える。
「それは良かった。また、出かける時には作ってあげますぞ」
ニコスも笑って抱きしめ返してくれた。
「あのね、ブルーが今度はニコスも乗せてくれるって! すっごくすっごく速くて高かったんだよ」
「……今度はなんだ?」
ニコスが首を傾げて横にいたタキスに聞いたが、彼は笑ってレイのマントを外しながら言った。
「さあ、先ずは中へ入ってください。お話は居間でいたしましょう」
「待った、そのまえにもう一つ……俺の目には、ラプトルが四匹いるように見えるんだが、気のせいか?」
振り返った三人は、同時に吹き出した。
「そうであった、すまんすまん。例の、森に押し入ろうとした馬鹿どもの乗っておったラプトルらしい。蒼の森で見つけてな、付いてくるかと聞いたら、来ると言いおったので連れて来たわ」
「連れて来たって……」
ニコスは戸惑っていたようだが、ラプトルの体に残る傷を見て、酷い扱いを受けていた事を悟ったらしく、納得したように言った。
「まあ良いわ、連れて来たものは仕方あるまい。ならば、まずは厩舎を片付けねばなりませぬな。二匹くらいなら、まあ今のままでも広さは大丈夫だろう」
ベラとポリーと一緒に、皆で新しい二匹を厩舎へ連れていった。