最重要事項
「ううん、どうしよう。すっかり忘れていたけど、今更どうしたらいいんだろう? えっと、それにしても変だな? 仮に僕が予定を忘れていても、ラスティが予定を忘れる事なんて無いと思うんだけどなあ?」
ラスティも一緒にここまで来てくれているので、出掛ける時間になったら教えてくれるだろうと思って油断していたのは確かだ。
戸惑うようにレイがそう言って途方に暮れているマークと顔を見合わせた時、軽いノックの音がして年配の執事が扉を開けて入ってきた。
「失礼いたします。皆様、大変有意義な時間をお過ごしのようですが、どうかお体の為にも食事はお忘れになりませぬよう。隣室にお食事の用意をしておりますので、お勉強が一段落いたしましたら、お越しくださいますようお願い申し上げます」
かしこまってそう言い深々と一礼する執事を見て、レイは困ったようにまた眉を寄せる。
「はあい、もうそんな時間なんだね。ちょうど今、お腹空いたねって話をしていたところなので、そっちへ行きます。えっと、でも僕……今日は、昼食会の予定が入っていたはずなんだけど……時間が……」
戸惑うようなレイの言葉に、執事に続いて部屋に入ってきたラスティがにっこりと笑って一礼した。
「はい。確かに昨夜そうお伝えいたしましたね。実はレイルズ様がお二人とご一緒に急遽離宮へ行かれた事をルーク様がお聞きになり、お二人の資料作りのお手伝いならば昼食会よりも重要だとおっしゃられて、ヴァイデン侯爵家での昼食会には、急遽予定の空いておられたロベリオ様がレイルズ様の代理として行ってくださいました。今夜の夜会も、ユージン様が同じく代理としてご参加くださいますので、レイルズ様はお二人とご一緒にお過ごしいただき、今夜はこのまま離宮にお泊りいただいて構わないとの事です」
「ええ、お泊まりまで? いいの?」
予想外のラスティの言葉に目を輝かせるレイだったが、一緒に聞いていたマークとキムはまさかの事態に呆気に取られて何も言えないでいる。
「はい、大丈夫ですよ。お二人の合成魔法の研究と講義の資料作りに関しては、最優先事項として対応するようにと、陛下から直接のご命令をいただいております。ですので、どうぞご遠慮なくここでお過ごしください。もしも何か必要なものなどがございましたら、たとえ深夜であろうともすぐにご用意致しますのでいつなりとご命じください」
にっこりと笑ったラスティの言葉に、レイも驚きに目を見開く。
「そうなんだね。えっと……僕は嬉しいけどマークとキムの予定は? このまま明日までここで過ごしても大丈夫なの? 講義の予定は?」
驚きのあまり言葉もなくコクコクと頷く二人を見て、レイは嬉しそうに笑って立ち上がった。
「じゃあ、とにかく食事にしようよ。それで午後からは、一旦書き出した分を資料にまとめたり魔法陣を描いたりしてみればいいね。もし実技の確認が必要なら、明るいうちに庭でやってみればいいんだしさ。今ならブルーがいてくれるから、少々無茶な合成魔法であっても安心して発動実験が出来るよ!」
「ああ、確かにそれは言えてるなあ」
「確かに、その通りだな」
レイの言葉に、嬉しそうに顔を見合わせた二人が、またうんうんと頷きながらそう言って笑っている。
「実を言うとちょっと幾つか実際にやってみたい合成実験があるんだよなあ。蒼竜様がお守りくださる今なら、確かに失敗を恐れずに実技も出来るよな!」
「おいおい、この前言っていたあれか? あれはさすがに無茶が過ぎるって!」
真顔になったマークの呟きを聞いたキムが、慌てたようにマークの腕を掴んで必死に首を振る。
「無茶かなあ。俺は工夫次第では出来ると思ってるんだけど……」
「何々? 何の話なの?」
興味津々で目を輝かせたレイが、そう言って二人の会話に割り込んでくる。
「合成魔法を発動した直後の時間差についてなんだけど、ずっと考えていたんだ。ここにもう一つ別の術を加えられないかってさ。これは誤差とも言えるくらいの微妙な時間差を使った合成術だから、理論上は同時発動になるから三つ目の術の発動を一つの魔法陣を描けないんだよ。だから、今までとは逆で理論上は発動は不可能なんだけど、まずは実技ありきでやってみようと思ってさ!」
マークの真剣な説明に、目を輝かせて聞いていたレイも急に真顔になって考え込む。
「ええ、合成魔法を発動する際に起こる時間差を利用してもう一つ合成する? って事は、合成して発動した術に、もう一つ単一の術を加えて再合成するって事だよね? ううん、確かに理論上は不可能だけど……」
真剣な様子で考え込むレイを見てマークがまた口を開こうとした時、彼らの目の前にブルーの使いのシルフが現れた。
『こらこら。はやる気持ちは分かるが、今はとりあえず先に食事にしなさい。その話なら我も改めて聞いてみたい。もちろん、術の発動についても協力するぞ』
笑ったその頼もしい言葉に、三人は揃って小さく吹き出す。
そして、ずっと黙って待っていてくれた執事の案内で隣室へ向かい、ずらりと並べられた様々な料理の数々を見て、三人揃って歓喜の声を上げたのだった。
「よかった〜〜食事くらいゆっくりしたいからなあ」
「だよなあ。きっちり座って礼儀作法に則ってお食事をしましょう! とか言われたら、ちょっと泣いていたかも」
いつもの食堂の料理とは桁違いに美味しい料理の数々を遠慮なく山盛りに取ってきたマークとキムは、そんな事を言ってはその度に顔を見合わせて笑っている。
「じゃあ、夕食はそっちにする?」
「「無茶言わないでください!」」
からかうように笑ったレイの言葉に、同時に振り返った二人がこれまた同時に全く同じセリフを叫ぶ。
「あ、また仲良しになってる」
笑ったレイの言葉に三人同時に吹き出し、揃って頷き合ってから食前のお祈りをしっかりとして、それからにぎやかにおしゃべりをしながら、少し遅めの昼食を楽しんだのだった。




