二人の悩みと遠慮
「あれ、今朝もレイルズは朝練に来ていないみたいだな」
「本当だな。竜騎士隊の方も、今朝はどなたも来ていないみいだ」
いつもの朝練の為の訓練所で柔軟体操をしながら、キョロキョロと周囲を見回していたキムの言葉に、顔を上げたマークも苦笑いしながら頷く。
「年末年始は、竜騎士隊の皆様はずっと祭事に参加なさっていてお忙しかったみたいだからなあ」
「となると、やっぱりレイルズもまだ忙しいのかな」
「一応、もう通常業務に戻っているはずなんだけど、やっぱりお忙しいのかなあ」
揃ってため息を吐いて顔を見合わせた二人は、困ったように苦笑いして新しい重りを手にして荷重訓練を始めた。
「どうするかなあ。今朝会えたらレイルズにこっそり頼もうと思っていたんだけど」
「そうだよなあ。お忙しいのなら、勝手にシルフを飛ばすのもなあ……」
「だけど、じゃあ俺達だけで勝手に行けるかって言われるとなあ……」
「だよなあ。絶対無理だって……」
また顔を合わせて揃ってため息を吐いたところで、彼らの前に不意に大きなシルフが現れた。
『一体何事だ? レイなら、今朝はお疲れでまだぐっすり休んでいるぞ』
「お、おはようございます。ラピス様!」
二人が慌てたようにそう言って、その場で直立する。
『うむ、おはよう。構わんから訓練を続けなさい。して一体何事だ? レイに何か頼み事か? 緊急ならば起こしてやるぞ?』
笑ったブルーの使いのシルフの言葉に、一礼して荷重訓練を再開した二人は困ったように顔を上げた。
「いえ、緊急と言う程ではないのですが、少々急ぎであるのは事実でして…ええと、実を言いますとちょっと今後の講習会用の資料作りに苦労しておりまして、それで、また離宮の本を読ませていただきたいと思いまして……」
『なんだ、そんな事か。離宮の書庫の閲覧については、其方達は皇王から直接の許可をもらっておるのだから、いつでも行って好きなだけ見てくればよいではないか』
「それはまあ、そうなんですけど……」
「でもなあ……」
『まだ、慣れぬ。か?』
からかうようなブルーの使いのシルフの言葉に、揃ってうんうんと頷く二人。
『成る程な。レイなら確か今日は、一の郭の侯爵の屋敷で行われる昼食会に招待されておると聞いたな。それから夜会の予定も入っていたな』
「ああ、それならちょっと離宮まで一緒に行ってもらうのは無理そうだなあ」
「だなあ、じゃあやっぱり手持ちの資料でなんとかするしかないかあ」
ガックリと肩を落とす二人を見て、苦笑いしたブルーの使いのシルフはそんな二人の頭を軽く叩いた。
『午前中は予定が入っていないから大丈夫だよ。なら、レイが起きたら知らせてやる故、其方達がシルフを飛ばして、レイに一緒に離宮へ行ってもらうように頼めば良い。間違いなく大喜びで一緒に行ってくれるさ』
「ああ、そうか。それでレイルズだけ昼前には抜けて、その侯爵様のお屋敷へ行ってもらえばいいのか。でも、それだとレイルズに無理させる事になるよな……」
「確かに、俺達の勝手な都合でレイルズに無理させるなんて申し訳ないよ」
それでも遠慮する二人の様子を見て、ブルーの使いのシルフは呆れ顔になる。
『だから、其方達の力になれるならレイは喜んで一緒に行ってくれると言うておるであろうが。誰かに頼ってもらえるという経験も、彼にとっては大きな自信になるのだから、過度な遠慮はやめて頼ってくれればいいさ』
笑ったブルーの使いのシルフの言葉に、二人はもう一度顔を見合わせてから揃って大きく頷いた。
「ラピス様、ありがとうございます! では、レイルズが目を覚ましたら知らせていただけますか」
「よろしくお願いします!」
揃って頭を下げる二人に、ブルーの使いのシルフは満足そうに頷いた。
『うむ、では知らせてやる故、待っていなさい』
そう言ってくるりと回って消えていったブルーの使いのシルフを見送った二人は、また顔を見合わせて笑顔で手を打ち合った。
「よし、じゃあ朝練から戻ったら書きかけの資料を集めておくか」
「だな。食事よりそっちが優先だな」
うんうんと頷き合っていると、また目の前にブルーの使いのシルフが現れて二人の鼻先を軽く叩いた。
『食事は疎かにするなと言われているであろうが。食える時にしっかりと食わねば、いざという時に力が出ぬぞ』
呆れたようにそう言われて、慌てて直立する。
「かしこまりました!」
「では、戻ってまずは食事をしてから準備します!」
『うむ。それでよろしい』
鷹揚にそう言って頷いたブルーの使いのシルフが消えて行くのを見送って、二人は揃って苦笑いしていたのだった。
「じゃあ、お腹が空いたからまずは食事だね。ちょっといつもの時間よりも遅くなったね」
いつものふわふわな髪に戻って竜騎士見習いの制服に着替えたレイは、剣帯を締めながらそう言ってミスリルの剣をラスティから受け取った。
「あれ? どうしたの、ブルー?」
剣を装着してそのまま出かけようとしたその時、目の前にブルーの使いのシルフが現れたのを見て思わず足を止める。
扉を開けようとしていたラスティも、レイの言葉に慌てて足を止めて振り返った。
『自慢の友達二人が、何やら其方に頼みがあるそうだぞ』
「ええ、それってマークとキムの事だよね? 僕に頼み事? 何かあったの?」
慌てたようにそう言うレイを見て、ブルーの使いのシルフは笑って首を振った。
『では呼んでやる故、少々待ちなさい』
おそらく彼らの頼み事が何かを知っているのだろうブルーの言葉に、レイは真剣な顔で頷く。
そして、現れた伝言のシルフ達が遠慮がちに告げるその頼み事に、レイは当たり前のように笑顔で引き受けたのだった。




