休憩室にて
『無断欠勤すんませんでした〜〜〜!』
その夜、丸一日ぶりに寄越されたカウリからの精霊通信に、休憩室に集まっていた一同は揃って吹き出した。
「おいおい、開口一番それかよ。それは分かっているから大丈夫だよ。心配するな。それで、お子は?」
呆れたようなマイリーの言葉に、またあちこちから笑いが起こる。
『はあ……あの……先ほどようやく』
『……無事に生まれました』
『女の子っす』
『チェルシーが丸一日がかりで頑張ってくれました』
『少しだけ話をしたんですが』
『疲れ切ってすぐに寝たみたいっす』
その報告に、休憩室は拍手大喝采になった。
「おめでとうカウリ。あと二日は休暇申請を出しておいてやったからこのまま休んでいいぞ。それよりお前、もしかして寝てないんじゃあないか?」
マイリーの隣に座っていたヴィゴの言葉に、目を輝かせて聞いていたレイとティミーが慌てたようにヴィゴを見てから並んだシルフ達を見た。
確かに、カウリの性格からして、難産で苦しんでいる奥方を置いて熟睡など出来ないだろう。
『あはは……実を言うとずっと廊下で祈ってました』
『それで先ほどようやく無事に生まれて』
『チェルシーが落ち着いたところで』
『彼女と赤ん坊に対面して抱かせてもらいました』
『そのあと執事から』
『俺が戻ってきてから丸一日経っているんだって言われて』
『本気で驚いたんっすよ』
苦笑いしている伝言のシルフを見て、ヴィゴが小さく吹き出す。
「おお、そこまでか。では、もしかして飯も抜きか?」
面白がるようなヴィゴの問いに、ずらりと並んだカウリの声を伝えてくれるシルフ達の先頭の子が、誤魔化すように笑って頷きながら肩をすくめた。
『はい飯抜きっす』
『一応カナエ草のお茶だけは飲みましたよ』
『ちゃんと俺の飯は用意してくれてあるみたいなんで』
『この報告が終わったら』
『とりあえず軽く食って寝る事にします』
いつもと変わらぬ物言いに、皆呆れたように笑っている。
「了解だ。こっちの事はいいから、今は奥方と姫君の側にいてやりなさい。では、カウリ、改めておめでとうを言わせておくれ。健やかな姫君の成長と健康、そして奥方の一日も早い回復を、我らも精霊王に祈らせてもらうよ」
改まった口調のヴィゴの言葉に、皆も笑顔で口々におめでとうを言って拍手をする。
レイも、ティミーと先を争うようにしておめでとうの言葉を贈った。
『ありがとうございます』
『ではもうしばらくご迷惑をおかけしますが』
『そっちの事はよろしくお願いします!』
嬉しそうなカウリの言葉に笑いが起こり、もう一度拍手大喝采になった。
敬礼してからくるりと回って消えていくシルフ達を見送り、全員消えたところでヴィゴは大きなため息を吐いた。
「丸一日がかりか。難産ではあったようだが、なんとか無事に生まれたようだな。奥方も特に大きな問題は無かったようで何よりだ」
安堵したようなため息を吐いたヴィゴの言葉に、全員が笑顔でもう一度拍手をしたのだった。
「では、姫君の誕生を祝って改めて乾杯するとするか」
笑ったマイリーの言葉に、ルークが目を輝かせて立ち上がった。
「じゃあ、俺の秘蔵の一本を持ってきます。ちょっと待っててくださいね!」
軽く手を上げてそう言い、足早に休憩室から出て行ったルークは、本当にすぐに戻ってきた。
「ふ、ふ、ふ。ひれ伏せ〜〜〜! グラスミアのコージー工房の四十五年もの。しかも通し番号入り!」
にんまりと笑って顔の横に挙げた小ぶりな丸い瓶を見て、ヴィゴとマイリーが揃って豪快に吹き出す。
そして若竜三人組は、歓声を上げながら揃ってルークの腕に左右からしがみついた。
「ルーク様〜〜〜!」
「俺達にも飲ませてください!」
「お願いします!」
「ええ〜〜? えっと、お願いします! 僕にも飲ませてください!」
この中では唯一、このウイスキーの値打ちが分からなかったレイだったが、間違いなく美味しいウイスキーなのだろうと判断してタドラの後ろからルークの袖を掴んだ。
「確かにそれは秘蔵の一本だな。素晴らしい。ぜひ飲ませてくれ。だが、今それをここで開封したら、間違いなくカウリがあとで拗ねると思うぞ。主役を置いて何をするんだってな」
真顔のマイリーの言葉に、全員揃って大爆笑になった。
「確かにそうですね。じゃあ、これはカウリが来るまでここに飾っておこう。それで、全員揃ってから改めて乾杯すればいいですね。なら、今日はこっちかな?」
笑いながらそう言い、後ろを振り返る。
ルークの合図に控えていた執事が進み出て、手にしたウイスキーの瓶のラベルをそっと皆に見えるようにして差し出した。
「おお、同じコージー工房の二十年ものか。これも至高の一本と呼ばれるものだぞ」
嬉しそうなヴィゴの言葉にマイリーも感心したように頷いている。
「これは俺も持っているが、さっきの四十五年ものの通し番号入りは俺でも持っていないぞ。お前、どうやってあれを手に入れたんだ? まさか、どこかに購入する伝手があるのか?」
真顔のマイリーの質問に、あちこちから笑う声と共に、俺も知りたいとの声が上がる。
「どうやってって言われてもねえ……知り合いを通じて購入したとしか言えません。言っておきますけど、これが手に入ったのは本当に偶然の代物なんですからね! もう一本とか絶対に無理ですよ!」
顔の前で大きくばつ印を作るルークの言葉に、割と本気で自分も頼むつもりになっていたマイリーが心底残念そうなため息を吐く。
「駄目か?」
「駄目ですって。まあ一応、また探してもらうように頼んでありますから、万一手に入ったら報告しますよ。その時は、よく話し合いましょう!」
「おう、じゃあ期待して待つ事にするよ」
一転して嬉しそうな顔になったマイリーを見て、またあちこちから吹き出す音が聞こえた。
「では、まずはこっちだな。ああ、すまない。開けてくれていいよ」
二十年もののウイスキーの瓶を持ったまま困っている執事にルークが笑いかける。
一礼した執事が改めてウイスキーの封を切って栓を抜き、新しく用意された氷の入ったグラスに注いだ。全員分用意したところでそれぞれに渡される。
ティミーのところには、先ほどまで飲んでいたのとはまた違った葡萄のジュースが渡されている。
「全員に行き渡ったな。では、父親初心者のカウリに精霊王と女神オフィーリアの祝福のあらん事を! 乾杯!」
笑ったマイリーの乾杯の言葉に全員が唱和して、それぞれに渡されたウイスキーを口にする。
「うわあ、これは美味しい」
「至高の一品と呼ばれるだけの事はある。さすがだね」
「ううん、この鼻に抜ける香りの素晴らしい事」
若竜三人組の感激の言葉に、大人組も笑顔で頷く。
そしてレイもまた、初めて飲む、まろやかでありながらまるで燻製のような、何とも言えない独特の香りに感激の声を上げたのだった。




