ルークとマイリーとヴィゴの場合
「カウリからはまだ何の知らせもないし……本当に大丈夫なんですよね?」
手早く用意したウイスキーと氷の入ったグラスをマドラーで軽くかき混ぜたルークは、マイリーとヴィゴにグラスを渡し、自分のグラスを手に取って軽く回しながら心配そうにそう呟いてヴィゴを見た。
「ううん。こう言ってはなんだが、チェルシーも妊婦としてはそれなりの年齢だし、しかも初産だからなあ。時間がかかるのは当然であろう。下手をすると一日がかりになるかもしれんぞ。心配は尽きぬが、こと出産に際して我ら男に出来るのは、邪魔をせぬようにする事と、せいぜいが部屋の外であたふたしながら祈る事くらいだよ」
手にしたグラスを同じように軽く回しながら、三人の中では唯一の既婚者であり父親であるヴィゴが苦笑いしながらそう答える。
顔を見合わせた三人は、頷き合ってから揃ってグラスを掲げた。
「精霊王に感謝と祝福を」
お決まりの乾杯のセリフを唱えて、それぞれウイスキーを口にする。
「やっぱりそうなるか。なら明日の会議、カウリは不参加決定ですね。じゃあ、代わりにロベリオかユージンのどちらかに参加してもらうとするか」
ルークの言葉に、マイリーが苦笑いしながら頷く。
「そうだな。まあ、あいつらも最近はそれなりに仕事も出来るようになってきたみたいだし、任せても大丈夫だろうさ」
「それなりって……」
小さく吹き出したルークを見て、ウイスキーを口に含んだマイリーは鼻で笑った。
「書類仕事ではまだまだ詰めが甘いところが多々あるし、元老院の爺い達との交渉の際にも、まだまだ遠慮があるみたいだから、それなり、で充分だよ。だがまあ……特に最近のタドラも含めた若竜三人組のそれぞれの努力と成長については認めるよ。だが、もうロベリオとユージンは竜騎士になって五年を越えたんだから、いつまでも呑気な半人前でいられては困る。このウイスキーと同じでそろそろ飲み頃になってもらわないとな」
そう言って、今まさに飲んでいるグラスミア産の五年もののウイスキーの瓶をそっと撫でた。
「だからマイリーは、自分を基準に物事を考えないでください。あいつらだって充分すぎるくらいに頑張ってくれていますよ。貴方と比べられたら、竜騎士になって十年の俺でも半人前どころか初心者ですよ」
「お前が初心者なら、俺はどう考えても見習いだなあ」
完全に面白がる口調のヴィゴの言葉にウイスキーを飲みかけていたマイリーが小さく吹き出して咳き込む。
「ヴィゴ、飲んでいる時に笑わせるな」
「別に笑わせるつもりはないぞ。元老院の爺い達との交渉なんて、俺には絶対に無理だろうが」
いっそ開き直ったヴィゴの言葉にまたマイリーが吹き出し、横で聞いていたルークまで一緒になって吹き出して、揃って咳き込んでいた。
「まあ、それは適材適所って事でいいから、そっち方面は俺達に任せておけ。実戦でお前に敵うものなどいないのだからな」
「今までは、な」
ウイスキーを口に含んだヴィゴの何か含むようなその言葉に、ルークとマイリーの手が一瞬止まる。
「そりゃあまあ、古竜の主に敵う奴なんてこの世にはいないだろうけど、こと実戦に関しては、今なら確実に貴方の方が強いと思いますけれどね」
ヴィゴの言いたい事を瞬時に理解したルークの言葉に、真顔のマイリーも頷く。
「確かに、今、はそうであろうな。だが、実際の戦場へ出た時にどうなるかなんて……それこそ精霊王しかご存知なかろう」
首を振るヴィゴの言葉に、ルークは一つため息を吐いてからウイスキーを飲み干した。
「確かに。それを言うなら、逆に俺はあいつの優しすぎる性格が心配ですよ。竜騎士の剣は飾りではない。実際の戦場の凄惨な現場を見て、あいつがどう感じるか……」
ルークの呟きに、真顔の二人も揃って頷く。
「だが、こればかりは実際に試してみるというわけにもいかんから、難しいな」
「そうだな。確かにちょっと試すというわけにもいかんなあ」
マイリーの言葉に、苦笑いしたヴィゴも頷く。
「確かにそうですね。これこそ、精霊王にお願いしておくしかないんじゃあありませんか?」
「あ、精霊王に丸投げしたな。だが、確かに現状ではそれくらいしか出来ないな。ではチェルシーの安産と一緒に、レイルズの成長もお願いしておくとするか」
うんうんと頷いたマイリーが、ウイスキーを飲み干しながらそう言って肩をすくめる。
「おい、そこはまとめて祈るな!」
これまた真顔のヴィゴの言葉に三人同時に吹き出し、顔を見合わせてから揃って大笑いになったのだった。
「あはは。これはもう、なるようにしかならないでしょうね。ああ、グラスが空ですね。はい、どうぞ」
ウイスキーの入った瓶を手にした笑ったルークの言葉に、残りのウイスキーを飲み干したヴィゴと、つまみのチーズを口に入れたところだったマイリーが揃って空のグラスを差し出す。
二人のグラスにそれぞれゆっくりとウイスキーを注ぎ、グラスを置いたヴィゴがウイスキーの瓶を受け取ってルークのグラスにも同じくゆっくりと注ぐ。
「では、チェルシーの安産と産まれてくる子の健康、そして若者達の更なる成長を願って、精霊王に感謝と祝福を」
改めて乾杯した三人は、そのあとはヴィゴの子供達が生まれた時の話や、その後の大騒ぎの話を聞きながらのんびりと笑顔で酒を酌み交わしていたのだった。
ブルーの使いのシルフとそれぞれの竜の使いのシルフ達は、氷の入った器の縁に並んで座り、仲良く話をするそれぞれの主を愛おしげにずっと見つめていた。
そして、そんなそれぞれの竜の使いのシルフ達と並んで座ったブルーの使いのシルフも、仲良く笑い合う三人を満足そうに眺めていたのだった。
『大丈夫だよ。レイはもう戦場を知っている。その上で、竜騎士となる道を選んだのだからな』
小さなその呟きに他の竜の使いのシルフ達は、それぞれ真剣な様子で頷いていたのだった。




