母への想いと感謝
「それは当然です。実際にその時のレイルズ様は、本当に小さくて非力な、まだ守られるべき子供だったのですから」
慰めるようなラスティの言葉に、戸惑いつつもレイは小さく頷く。
真顔で頷いてくれたラスティは、しばしレイを見つめたまま黙っていたが、彼が落ち着いたのを見てゆっくりと口を開いた。
「では、一つ例え話をいたしましょう。いいですかレイルズ様、こう考えてみてください。もし今のレイルズ様の元に、お母上が遺してくれた歳の離れた弟がいたとしたら、その子が年の割に非力で小さい子で、重い荷物を運べなくて困っていたらどうなさいますか? そのまま放っておきますか? それとも手伝いますか?」
「そんなの当然、手伝って全部運んであげるよ。もしも、もしも僕に母さんが遺してくれた弟がいれば、絶対に何があっても守ってあげるし、重い荷物なんて全部持ってあげる。側にいてくれるだけで……あ! そうか。そういう事なんだね!」
ラスティの例え話に目を輝かせて答えたレイは、途中で不意にラスティが言いたかった事に気がついたようで、嬉しそうに何度も頷いた。
「お分かりになったようですね。もちろん、私は直接お母上の事を存じ上げませんので断言は出来ません。ですが、亡きお父上の忘れ形見である貴方の事を、お母上様が愛しこそすれ疎ましく思う事などありはしないと推察いたします。当然ですが、お母上にも他の人には分からぬ苦労や葛藤も、あるいは悩み事などは多くあった事でしょう。それでも、レイルズ様の記憶にあるお母上は貴方を疎ましく思ったり、ましてや重荷に感じて誰かを恨んだりなさるようなお方でしたか?」
何度も首を振ったレイは、泣きそうな、それでも笑顔でラスティを見てから頷いた。
「そうだね。確かにその通りだ。ありがとうラスティ。今夜は母さんの事を思い出して、沢山、沢山感謝する事にします。僕を産んでくれてありがとうございますって。そして村の皆にも、非力で未熟な僕を守ってくれてありがとうって」
ラスティの手を取って嬉しそうにそう言ったレイは、扉横に立てかけてあるミスリルの剣を見た。
「それで、今度は強く大きくなった僕が誰かを守ってあげる番なんだね。間違えておかしな事を考えそうになった僕を止めてくれてありがとうラスティ。じゃあ、休む前に湯を使ってきます」
少し恥ずかしそうにそう言って笑ったレイは、一つ大きな欠伸をしてから服を脱ぎ始めた。
今身につけているそれは、竜騎士見習いの第一級礼装なのでシャツもいつもの竜騎士見習いのシャツとは違う。ひとまず全部脱いでラスティに渡し、いつもの部屋着を着てから湯殿へ向かった。
湯殿の脱衣所の棚には、湯上がりの際に使う専用の大きな布が何枚も用意してあるし、新しい着替えが一式、いつも当然のように用意してくれてある。
「本当に、ラスティにはお世話になってばかりだね。感謝しないと」
棚に整然と並べられたそれを見て、小さなため息を一つ吐いて嬉しそうにそう呟いたレイは、黙ったまま自分を見つめているブルーの使いのシルフに気がついて笑って頷くと、豪快に着ていたものを全部脱いで素っ裸になった。
「うう寒い! ウィンディーネの姫、お湯をお願い!」
脱いだ服を用意されていたカゴにまとめて放り込んだレイは、早口でそう言いながら湯殿へ駆け込んでいったのだった。
「良かった。私ごときの言葉でもレイルズ様のお心に届いたようですね」
恐らくラピス様か精霊達と話をしているのだろう。時折湯殿から聞こえてくるレイの楽しそうな笑い声に安堵のため息を吐いてそう呟いたラスティは、レイが脱いだ第一級礼装をまとめて抱えると足早に別室へと下がって行った。
レイが脱いだ服はハンガーにかけて軽くブラシをかけて置いておき、先に頼んでいた氷を控えていた執事から受け取って、湯上がりのレイの為のカナエ草のお茶の準備を始めたのだった。
「はあ、気持ちよかったです」
しっかり温まって頬を真っ赤にしたレイがシルフ達に髪を乾かしてもらってから部屋に戻ると、当然のようにラスティが冷たくしたカナエ草のお茶を用意してくれている。
「ありがとうラスティ。湯から上がった時は、冷たいお茶が美味しいよね」
いつもより少し甘めの冷えたカナエ草のお茶を飲んだレイは、嬉しそうに笑ってまたラスティにお礼を言ったのだった。
「今日はお疲れでしょうから、もうお休みください。もしもお休みの間にカウリ様からお子様誕生の知らせがあれば、起こして差し上げますのでどうぞご安心を」
笑ったラスティにそう言われて、笑顔で頷いたレイはいそいそとベッドへ潜り込んだ。
「おやすみなさい、明日も蒼竜様の守りがありますように」
「おやすみなさい、明日もラスティにブルーの守りがありますように」
額にキスをもらっていつもの夜の挨拶を交わす。毛布を引き上げてくれたラスティは、笑顔で一礼して部屋の明かりを消してから隣の部屋へ下がっていった。
横になったまま両手を握りしめて目を閉じ、握った手を額に当てたレイは一心に祈りを捧げた。
自分を産んでくれた母さんと、過去見でしか知らない会えなかった父さんに心からの感謝を捧げ、もう朧げな記憶になりつつあるゴドの村の大人達やマックスとバフィーの顔を思い出して、どうか彼らの眠りが安らかであれ、無事に輪廻の輪へと戻る事を願い祈った。
そして、今まさに新たな命を産むために命懸けで戦っているチェルシーとその子供をお守りくださいと。
やがて静かな寝息が聞こえてきた頃、現れたブルーのシルフは部屋に強固な結界を張って眠るレイの為に癒しの歌を歌い始めた。
ニコスのシルフ達を始め大勢のシルフ達が現れて枕元や窓辺に並んで座り、低く響く優しいブルーの歌声にうっとりと聴き惚れていたのだった。




