ラスティとの語らい
「お疲れ様でした。新年最初の夜会はいかがでしたか?」
懇親会も終わり、かなりの遅い時間に本部の部屋に戻ってきたレイを笑顔で出迎えたラスティは、レイが外した剣帯を受け取りながらそう言い、上着も脱いでラスティに渡したレイは、その言葉にもうこれ以上ないくらいの良い笑顔で大きく頷いた。
「すっごく楽しかったよ。竪琴の演奏も上手く出来たし、他の皆の歌や演奏も素晴らしかったです。それでね! カウリが大変だったんだよ!」
目を輝かせるレイの言葉に、ラスティも苦笑いしつつ頷く。
「はい、こちらにも知らせが来ておりましたので存じております。無事に元気な赤ちゃんが産まれるのを楽しみに待つ事にいたしましょう」
「本当にそうだよね。僕も精霊王と女神オフィーリアに、しっかりとお祈りをしておいたよ。それで夜会の後の懇親会では、ヴィゴやゲルハルト公爵、それからいろんな父親の方々に、子供が生まれた時の事を聞かせてもらったの。えっと、出産って女の人にとってはすっごく大変な事みたいだね。僕、もっと簡単に産まれてくるんだと思ってました」
無邪気にそう言って笑うレイの言葉にラスティは呆れ顔だ。
「レイルズ様、それは大いなる誤解ですね。女性の方にとっての出産は、本当に比喩ではなく命懸けです。中には大量出血や、出産の際の衝撃で心臓が止まってしまい突然死なさった方もおられます。もちろん、産まれてくる赤ちゃんにとっても同じ事です。産まれてきてもうまく呼吸が出来なかったり、血の巡りが悪く命を落とす可能性だって充分にあるのですからね」
真顔のラスティの言葉に、レイは真っ青になってラスティの袖を掴んだ。
「チェ、チェルシーはそんな事ないよね! 大丈夫だよね!」
すがるようなその言葉に、ラスティは真剣な顔で頷いた。
「もちろん、そうならない為にガンディ様が白の塔から専属の女性の先生をはじめ何人もの看護婦の方を寄越してくださっているのだと聞いております。お分かりですね? レイルズ様がおっしゃったように、女性にとっての出産というのは、本当に比喩でもなんでもなく命懸けの行為なのです。ですがその際に、我々男性に出来る事など何一つありはしません。ヴィゴ様がよくおっしゃっておられました。こと出産に関しては、男性が手伝える事も口出し出来る事も皆無だと。ですから女性が安心して出産の事だけを考えていられるように、周囲の環境を整えるのが伴侶である男性の役割なのだとね。妊娠中も出産直後も、貴族の場合はメイドの方々や執事、あるいは乳母や専門の先生方など、周囲に頼れる方が多くいますが、市井の方々の場合はもっと大変でしょうね。お商売をされている方だったり、人手不足な場所で働いていたりすると、乳飲み子を抱えて出産直後から働いている。なんて話も珍しくはありませんよ」
「ええ、それって……大丈夫なの?」
どれくらい出産が女性の体に負担なのかを知った今となっては、逆にそんな話を聞いたら不安しかない。
真顔になるレイを見て、ラスティも真剣な顔で頷いた。
「大丈夫ではありませんが、そうしないと生きていけないのですから。仕方がありません。ですからその場合は周囲の女性達がお手伝いをするのだと聞いていますね。例えば仕事を代わったり、それが無理な場合は子供の面倒を代わりに見たりするのだとか。レイルズ様が暮らしておられた自由開拓民の村などもそうでしょうね。子供を産んだからといって、貴重な働き手である女性が、いつまでも何もせずに休んでいられるほどの余裕がありましたか?」
その言葉に、レイは俯いて無言のまま首を振った。
「確かにそうだったね。そっか……村にいた頃の母さんもそうだったのかなあ……」
日に焼けた、それでも他の女性達よりは色白だった母の笑顔を思い出す。
レイの記憶にある母は、いつでも皆と一緒に、あるいは家で一人でいても何かしら忙しそうに働いていて、何もせずにゆっくりと休んでいる姿など見た記憶はない。
「もしかして、母さんにも僕が知らない間に色んな無理させちゃっていたのかなあ。もしそうなら、僕は邪魔に……」
途中で無言になるレイを見て、レイの前に膝をついて顔を覗き込んだラスティは、慌てたようにレイの腕を軽く叩いた。
「レイルズ様。考え方を間違ってはいけませんよ」
自分が生まれてこなかった方が、母にとっては良かったのではないか?
自分は、母の邪魔ばかりして負担になっていたのではないか。
そんな事をうっかり考えそうになった時、突然ラスティに呼びかけられて闇に落ちそうになっていた思考が中断したレイは、驚いたように顔を上げてラスティを見た。
「レイルズ様。以前にも申し上げた事がございますが、考え方を間違ってはいけませんよ。レイルズ様を産んだ事でお母上が不幸だったと、もしもそのような事を少しでもお考えならば、それは大いなる間違いであり、お母上に対する侮辱ですらありますよ」
レイの考えている事などお見通しのラスティの言葉に、レイは泣きそうな顔でラスティを見た。
「でも、村にいた頃の僕は小さくて非力だったから、確かにほとんど何も出来なかったよ……」
村にいた三人の子供の中で、レイは一番体も小さく力も弱かった為、なんでも他の子供や母さんに、時には村の大人達に助けてもらうのが当たり前だった。
仕方がないなあ。早く大きくなれよと笑いながらそう言って、皆当たり前のように手伝ってくれたし、沢山遊んでもくれた。
当時はそれが当たり前の事だと思っていたが、今なら分かる。皆にどれだけ助けられ、そして母さんに守られていたか。
「それは当然です。実際にその時のレイルズ様は、本当に小さくて非力な、まだ守られるべき子供だったのですから」
その言葉に戸惑うように顔を上げて自分を見つめるレイを、彼の前に膝をついて見上げたラスティは真顔で大きく頷いた。
真剣な様子で話をする二人を、側に置かれた椅子の背に座ったブルーの使いのシルフとニコスのシルフ達が、それは真剣な様子で黙って見守っていたのだった。




