夜会の終了と緊急事態!
「ああ、ほらやっぱりこうなった。頑張れよ〜〜!」
一旦楽器を担当の執事に預けた一同は、控え室を出て大広間へ戻ったのだが、ゲルハルト公爵の隣で目を輝かせて待ち構えていたウーティス卿を見て、カウリが吹き出しながらレイの背中を叩いた。
「あはは、ウーティス卿、お久しぶりです」
進み出て笑ったレイの言葉に、満面の笑みのウーティス卿も進み出る。
「ご無沙汰しております。レイルズ様。いやあ、それにしても最後の演奏と歌は本当に素晴らしかったです。途中からはなんとか譜面を取れたのですが、そちらに気を取られていたせいで歌詞は半分ほども書き取れませんでした。あの、またしても厚かましいお願いをするようで申し訳ないのですが……」
最後は申し訳なさそうに上目遣いになるその言葉に、苦笑いしたレイが大きく頷く。
「いいですよ。きっと来られるだろうねって、皆と話をしていたところなんです。えっと、この曲はブルーから直接教えてもらって覚えた曲だから、歌詞はなんとか書き上げたんですが、実を言うと僕もまだ楽譜を全部は書いていないんです」
恥ずかしそうにそう言って笑ったレイの言葉に、ウーティス卿が驚いて目を見開く。
「いやいやご謙遜を! あの歌を初めての公の場であれほど堂々と演奏なさり歌われたのに、楽譜を全部は書いていないですって? そ、それはちょっと……驚きです……いや、これはレイルズ様の……しかし……」
真顔になったウーティス卿は、口元に手をやりながら何やらぶつぶつと呟いて考え込んでしまう。
「だから落ち着けって。全くお前は、音楽の事になると本当に見境がないなあ」
呆れたようにゲルハルト公爵が笑いながらそう言って、ウーティス卿の襟首の辺りを遠慮なく掴んで引っ張る。
「ああ、これは申し訳ありません。ついつい夢中になってしまいました」
恥ずかしそうにそう言って素直に謝るウーティス卿を見て、吹き出したゲルハルト公爵が手を離す。
「では、この後に懇親会があるって聞いていますので、そこで演奏しますね。ああ、ありがとうございます」
笑顔のレイが恐縮するウーティス卿にそう言い、横からゲルハルト公爵が差し出してくれた貴腐ワインを受け取ってお礼を言う。
「あの子守唄をもう一度聴けるのか。これは頑張って覚えなければね」
ゲルハルト公爵の嬉しそうな呟きに、あちこちから同意の声が上がったのだった。
その後、閉会までまだ少し時間があったので、それならばと押しかけて来る女性陣のお相手をして、少しはダンスも楽しんで過ごしたレイは、舞台横に設けられたティア妃殿下とアルス皇子のための場所にまだまだ集まっている大勢の人達を見た。
マティルダ様と男装のカナシア様はティア妃殿下の側をずっと離れず、お祝いの言葉を述べに来る人々と言葉を交わし、終始笑顔で過ごしておられる。陛下もアルス皇子が演奏の為に席を外した時には、当然のように隣に座って代わりを務めていた。
今はマティルダ様にその場所を譲り、アルジェント卿や年配の方々と談笑しておられる。
いつもなら、マティルダ様をはじめとした皇族の女性の方々とも少しくらいはゆっくり話が出来るレイも、今日はご挨拶とティア妃殿下にお祝いの言葉を改めて述べるにとどめて、すぐに下っている。
「皆、笑顔だね」
「そうだな。皆とてもいい笑顔だ」
思わずそう呟いたレイの言葉に、ワインの入ったグラスを手にしたカウリもそう言って笑った。
「そう言えば、チェルシーの具合はどうなんですか? 産まれる予定って今月なんですよね?」
無邪気な質問に、ワインを飲んでいたカウリが肩をすくめる。
「それは俺に聞かれても答えようがないなあ。前にも言ったけど、冗談抜きで、今すぐにでもはち切れるんじゃあないかと思うくらいに腹は出ているんだけど、先生によるとまあ順調らしいよ。一応月中頃だろうって事だけど、初産だし予定通りには行かないんじゃあないかとは聞いているよ」
「えっと、初産だと何か問題があるの?」
女性の妊娠出産に関しての知識は限りなく低く、物語などの中で出てくる程度の事しか知らないレイの質問に、ワインを飲み終えてグラスを執事に返したカウリは大きなため息を吐いた。
「問題ってか、要するにさっきも言ったけど急変する可能性があるみたいだな。例えば早産だったり。あるいは予定の頃を過ぎても産まれる気配がなかったりさ。出産そのものだって、初産の場合は特に危険が伴う事が多いと聞くから、まあ、聞いたところでこれに関しては何も出来ない男に出番なんてないよ」
「無事に産まれるように、僕も精霊王に祈らせてもらうね」
「おう、よろしく頼むわ。俺はもう、柄にもなく毎日毎日祈り過ぎて、カッスカスの搾りかすみたいになってるからさ」
また大きなため息を吐いたカウリの言葉にレイだけでなく周りで聞いていた人達も苦笑いしてカウリを慰めていた。
「お、そろそろ終了かな?」
閉会の挨拶の為に陛下が舞台へ上がろうと立ち上がったその時、一人の執事が小走りにカウリの横に駆け寄ってきた。
「カウリ様。一の郭より緊急の伝言です。奥方が産気づかれたとの事です。至急お戻りを」
「ええ、もう産まれるの!?」
すぐ近くにいたせいで顔を寄せた執事の小声の伝言が聞こえてしまったレイが、思わず大きな声でそう言ってしまう。
「あ!」
慌てて口を塞いだが時すでに遅し。会場中のほぼ全員の視線を集めてしまっていて二人揃って絶句する。
「カウリ、ごめんなさい……」
さすがにこれはまずかっただろうと、とにかく小声で謝る。
「お、おう……」
半ば呆然としたカウリの言葉の直後、舞台へ上がった陛下がにっこりと笑って右手を上げた。
「カウリ、何をしている。すぐに帰りなさい。そして奥方についていないといけないだろうが!」
そう言いながら、まるで追い払うかのように軽く手を振る陛下の言葉に、あちこちから堪えきれないような笑い声と、早く帰れとの声が上がる。
「ええ……はい! ではお先に失礼させていただきます!」
何か言いかけたカウリだったが、笑顔の陛下が頷くのを見て大きな声でそう言って直立してそう言うと、優雅に一礼してから伝言を伝えてくれた執事と共に足早に会場を後にしたのだった。
カウリの姿が扉の向こうに消えた途端、場内に大きなどよめきがおこり、あちこちから冷やかすような笑い声と拍手が起こる。
「では、全ての母親の元に元気な良き子が産まれる事を、皆で祈って閉会と致そうか」
笑顔の陛下のその言葉に、執事達が即座に動いて総出でワインを配る。
皆笑顔でそれを受け取り、舞台の上にいるワイングラスを手にした陛下を見る。
レイも、貴腐ワインを入れてもらってもうこれ以上ないくらいの笑みになる。
「では、産まれくる新たなる命に精霊王の祝福のあらん事を!」
「産まれくる新たなる命に精霊王の祝福のあらん事を!」
陛下の声に続いて全員が唱和する。そしてグラスを高々と掲げて一気に飲み干したのだった。




