新作のお菓子と演奏準備
「ほら、レイルズ様。新しいお菓子が出てきましたわ」
ブルーにそろそろ飲み過ぎだと止められたレイは、素直に怪我をしている事を白状して、そのあとはジュースを飲みながらいろんな方から話を聞いて過ごしていた。
丁度話が途切れた時に、ミレー婦人に声をかけられ腕を叩かれて慌てて振り返る。
見ると、壁面に並べられた大きなテーブルには、確かに数名の料理人らしき白衣を着た人達がワゴンからいくつものお菓子をテーブルに並べている真っ最中だった。
「ああ、噂の新作のお菓子ですね。それは確認しないといけませんね。それでは失礼します」
嬉しそうな笑顔になったレイは、周りにいた男性陣に笑顔で一礼するとミレー夫人をはじめとした何人もの女性達に連れられて、嬉々としてお菓子の並ぶ一角に向かった。
「相変わらずだなあ。それにしても、あの体格ならお菓子もさぞかしたくさん食べるのだろうなあ」
息子達は甘いものも大好きなようだが、自分は辛党で甘いお菓子は付き合い以外は食べないゲルハルト公爵が呆れたようにそう言って笑っている。
「俺が支援している職業訓練所に勤める友人の菓子職人から聞いたんですが、彼が夜会に出ると聞けば、担当の菓子職人達が皆大張り切しているのだとか。ほら、今もああやって菓子職人と話をしているでしょう。皆、あれが楽しみなんだそうですよ」
笑ったルークの言葉にゲルハルト公爵も苦笑いしている。
壁面のテーブルの横では、空になったお皿を手にしたレイが何やら楽しそうに数名の菓子職人達と談笑している。
普通なら、何らかの問題があった時などに近くにいた菓子職人を捕まえて文句を言う者はいるが、レイのように美味しかったからとわざわざお礼を言ったり、ましてやお菓子の材料や作り方を聞きたがる者など、貴族の中でもよほどの趣味人以外ほとんどいない。
その為、レイが公式の場で紹介されて以降、こう言った夜会や食事会などの際にレイが興味津々で菓子職人や料理人に話しかけて来た時、最初は驚いてろくな受け答えが出来ない菓子職人もいた程だ。
今ではレイの事は菓子職人だけでなく、ほぼ全ての料理に携わる人の間でも、彼が栗好きな事や、辛い料理や素材が苦手な事などもすっかり有名になっていて、もしもレイルズ様に話しかけられたらどんな話をしようか、どんなお菓子を紹介しようかと、皆、密かに考え楽しみにしてもいるのだ。
またそんなレイを見て、甘いものが好きな貴族の人達の中には、こっそり菓子職人に話しかける人や、食事会の際などに料理人から話を聞きたがる人も少しずつ増えてきていて、それは彼らの職業意識とやる気を上げるのに大いに貢献してもいるのだった。
「ご歓談中失礼致します。レイルズ様、そろそろお時間となりますですので演奏のご準備をお願い致します」
新作の柔らかくてもっちりとした不思議な食感のお菓子を食べていたレイは、年配の執事にそう言われて慌てたように口の中のものを飲み込んだ。
「分かりました。それでは演奏の準備があるので失礼しますね。あの、これとっても美味しかったです。今度是非竜騎士隊の本部にも届けてください」
周りにいるご婦人方に笑顔で一礼したレイは、最後にこれを作ったのだという菓子職人に笑顔でそう話しかけてから執事に伴われて下がっていった。
「新作のお菓子は気に入ってもらえたようですわね。本部まで届けて欲しいだなんて、よかったですね」
ミレー夫人の言葉に、感激のあまり頬を紅潮させていた若い菓子職人は慌てたように背筋を伸ばして深々と一礼した。
実は、彼はルークが支援している職業訓練校出身の非常に優秀な菓子職人で、卒業後に勤めていた店からの紹介で宮廷内で働くようになり、今では宮廷内でも特に優秀な料理人達が集まる、通称第一集団と呼ばれる集まりの中の一人になっているのだ。
「はい、光栄です」
笑顔で頷く彼の頭の中では、この材料を使った次のお菓子の構想が早くも出来上がりつつあるのだった。
「おう、もう酔いはすっかり覚めたみたいだな」
控え室に入ってきたルークのからかうような言葉に、竪琴の入ったケースを手にしたレイは照れくさそうに笑って頷いた。
「はい、もうほとんど酔いは残っていないから大丈夫です。あ、今日の新作のお菓子、すっごく美味しかったので本部にも届けてもらうようにお願いしました! 楽しみにしていてくださいね」
「へえ、そうなんだ。じゃあ楽しみにしておくよ」
レイの得意げな報告に、ルークは笑って頷きハンマーダルシマーの入ったケースの蓋を開けた。
「おお、レイルズお勧めのお菓子なら、期待大だな」
「そうだね。本部に届くのを楽しみにしておこうっと」
ルークの背後にいたロベリオとユージンが、ヴィオラを手に興味津々でこっちを振り返りながらそう言って笑っている。
「はい、えっと南の群島諸国から輸入した小麦みたいな粉なんだけど、それで作ったお菓子が不思議な食感なんですよ。柔らかいのに弾力があって、なんとも言えない不思議な食感なんです」
「ええ、なんだよそれ。ちょっと食べてみたいぞ」
三人の声がそろい、顔を見合わせて揃って吹き出す。
「えっと、どうかな。ご婦人方にも大人気みたいだったから、演奏が終わった後まで残ってるかなあ?」
ロベリオ達の言葉に、困ったようにそう言って笑うレイ。
「まあ、もし無かったら本部に届くのを大人しく待つ事にするよ」
ヴィオラを持ち直したロベリオは笑ってそう言うとヴィオラを軽く弾いて調音を始めた。
『また素晴らしい演奏が聞けそうですね』
『そうだな。さて、あの子守唄をレイは演奏してくれるのかな?』
ニコスのシルフの言葉に、ブルーの使いのシルフも笑顔で頷き、竪琴を取り出して音を確認しているレイを揃って愛おしげに見つめていたのだった。




