飲み過ぎ注意!
「精霊王に感謝と祝福を! 妃殿下のご懐妊を祝して乾杯!」
もう、何度目か数える気もないくらいに繰り返された乾杯の声を聞いて、レイは酔って赤くなった頬を軽く手の甲で擦ってから、周囲の人達の声に続いて乾杯の声を上げた。
美味しいから飲んでみなさいと言われていただいた飲んだ事のない貴腐ワインの深い味わいにレイが感激の声を上げ、それを見て勧めたゲルハルト公爵は得意そうに笑って頷いた。それから自分が持っていたグラスも空にしてから、近くに控えていたワインのボトルをいくつも並べたワゴンを管理している執事を呼び、早速次のお勧めの貴腐ワインを選び始めた。
『楽しそうだな。だが、そろそろ飲み過ぎだと思うから控えたほうがよさそうだぞ。飲み過ぎ注意だな』
その時、飲み終えたワインのグラスの縁にブルーの使いのシルフが現れて座り、若干呆れた声でそう言ってレイを見上げた。
「ええ、まだ大丈夫だって言いたいところだけど確かにそうだね。まだ意識はしっかりしているけど、この後には竪琴の演奏があるんだから、確かにそろそろやめないと駄目だね」
グラスに残っていた貴腐ワインを飲み干したレイは、ブルーの使いのシルフの言葉に小さく笑ってそう言って頷いた。
『まあ、酔いつぶされたとしても我がすぐに覚ましてやる故安心するがいいさ。だが、一応飲みすぎるなと医者から言われているのだから、これは断る口実になるのではないか?』
何やら含んだ言い方をするブルーの使いのシルフを見て、レイは無言で空になったグラスを見た。
「では次はこの貴腐ワインを……」
振り返った笑顔のゲルハルト公爵の言葉に、レイは慌てて左手でグラスに蓋をした。
「閣下、大変申し訳ありませんが、そろそろ飲み過ぎなので自重させていただきます」
大真面目なレイの断りの言葉に、栓を開けた次の貴腐ワインのボトルを執事から受け取ろうとしていたゲルハルト公爵が驚いたようにレイを見た。
周りでは、知らん顔をしつつも密かにゲルハルト公爵の後に続こうとしていた数名の男性達が、こちらも驚いたように揃ってレイを振り返った。
「申し訳ありません。えっと、昼食を奥殿で頂いたんですが、その時にしゃがんでサマンサ様とお話をさせていただいていた時に、猫のレイが背中から頭に駆け上がってきたんです。それで、下りる時に首の後ろのここと、頭のここを爪で引っ掻かれまして、ちょっと血が出て大変だったんです」
竜射線の影響による後遺症で血が止まりにくくなっている竜騎士は、出血を伴う怪我には注意が必要だ。普通の人ならばすぐに止まるような小さな引っ掻き傷でも、大量の出血になる場合がある。
心配そうにする周囲の人達に気が付いて軽く一礼したレイは、苦笑いして自分の頭頂部を指差しながら軽く膝を折ってしゃがみ頭を下げる。
そのレイの頭を、ゲルハルト公爵が慌てたように覗き込んだ。
「ああ、確かに頭のここのところに軟膏が塗られているね。それにこの首の後ろは……ああ、成る程。湿布をする際に肌の色に染めた布を使っているのか。これは全然気がつかなかったよ。知らずにあんなに飲ませてしまってすまなかったね。最初に言ってくれればよかったのに」
納得したようにそう言って詫びたゲルハルト公爵の言葉に、周りにいた人達からも驚いたような声と共に謝る声が聞こえて、立ち上がって顔を上げたレイは困ったように笑って首を振った。
「手当てをしてくださったハン先生から、禁酒の指示は受けていませんから大丈夫です。一応、今夜は飲みすぎないように言われただけなんです。それで、ブルーに飲み過ぎそうになったら止めてねって、ここへ来る前にお願いしておいたんです」
笑顔のレイの言葉に、いつの間にかレイの右肩に座って周囲の人達にも伝言のシルフのように影を見せているブルーの使いのシルフをゲルハルト公爵は見た。
「ああ、そういう訳か。それでラピス様に止められたんだね」
「はい、ブルーにそろそろ飲み過ぎだと思うから控えた方がよさそうだぞ。飲み過ぎ注意だって言われました!」
何故か満面の笑みのレイの飲み過ぎ宣言に、話を聞いていた人達が揃って吹き出し、その場は笑いに包まれたのだった。
そこからレイは、ワインの代わりに執事が用意してくれたキリルのジュースやリンゴのジュースで乾杯をしつつ、レイの知らないワインに関する珍しい話やワイナリーの話を聞いたり、集まってきたご婦人方からは、妊婦さんの日常がいかに大変かや、特に妊娠初期の悪阻が酷いとどれ程に大変かを教えてもらったりして過ごしたのだった。




