嬉しい知らせ
「お、お越しになったみたいだな」
ルークが大広間正面側に用意された一番高くなった舞台を向いて小さくそう呟くのが聞こえて、一通りの挨拶が終わってのんびりと会場内を見回していたレイも、慌てて背筋を伸ばして正面の舞台に向き直った。
ざわめいていた会場がぴたりと静まり返る。
陛下がマティルダ様を伴って、その後ろには竜騎士の第一級礼装に身を包んだアルス皇子がティア妃殿下の手を引いて続いて進み出て来たのだ。
今日のティア妃殿下は、ごく小さなミスリルの粒が胸元とドレスの裾回りに点々と縫い付けられた真っ白なドレスに身を包んでいる。だがそのシルエットは全体にふんわりとしていて、お腹の部分には金糸を絹糸とともに編み込んだ極薄の幅広のチュールレースを束ねたものがゆったりと巻き付けられて前側でゆるく結ばれ、背後へまわされてもう一度結んでから垂れ下がるようになっている。
いつもならお腹の細さを強調するような、真ん中がくびれた砂時計のような形のドレスを着る事が多いティア妃殿下にしては珍しいデザインのドレスだ。
それを見た出産経験のある女性の中でも目敏い数名が、妃殿下のドレスのデザインが変わった事とその意味に早速気が付き、目を輝かせながら嬉々としてヒソヒソと内緒話を始めている。
若い女性達は、いつもとは違う新しいデザインのティア妃殿下のドレスを見て、あれは誰の作品なのだろう? 早速チュールレースを注文しなければと、こちらも楽しそうに内緒話に花を咲かせていた。
「新年最初の夜会への参加、感謝する。今年も皆と共に、平和で善き日々が続く事を心より願う」
軽く右手を挙げて静かになった場内を見回してからゆっくりと口を開いた笑顔の陛下の言葉に、あちこちから賛同の声と拍手が起こる。
「そして新年のこの善き日に、アルスに代わって皆にこの報告が出来る事をこの国の王として、そして一人の息子の父親としても、非常に嬉しく思う」
その言葉に、アルス皇子がティア妃殿下の手を取って陛下の横に並んだ。
陛下とアルス皇子が目を見交わして笑顔で頷き合う。
「ティアの懐妊を皆に報告しよう。おめでとう、ティア。そしてアルス。元気な子が産まれるよう、私も毎日精霊王に祈らせてもらっているよ」
これ以上ないくらいに真っ赤になったティア妃殿下は、陛下の言葉に膝を折って一礼した。
ティア妃殿下の手を取ったまま同じくらいに真っ赤になったアルス皇子も、それに続いて笑顔で深々と一礼した。
そして顔を上げてから改めて顔を見合わせた二人は、嬉しそうに笑い合ってそっと軽いキスを交わしたのだった。
その仲睦まじい様子と、それを見て満足そうに頷いた陛下の様子に、静まり返っていた場内は大きなどよめきと大歓声、そして大きな拍手に包まれたのだった。
「どうだ? 飲んでおるか? ああ、グラスが空ではないか」
「これはいかん。ほら、これを飲みなさい」
「ご勘弁を。もう飲み過ぎですって!」
「では酒精の弱いこれを飲みなさい」
「はあ、では少しだけいただきます」
「では、妃殿下のご懐妊を祝して! 乾杯!」
両公爵に捕まったレイは、次から次へと飲ませようとするお二人を相手に、なんとか飲まずに済むように必死に考えては毎回敗北して乾杯する羽目に陥っていたのだった。
「父上、レイルズにあまり飲ませすぎないでくださいよ。この後楽器の演奏があるんですからね」
さりげなく助けに入ってくれたルークをレイは子供みたいなキラキラした目で見つめて、隣にいたユーリやマイリー達に笑われていたのだった。
ティア妃殿下のご懐妊が陛下の口から正式に発表された今夜の夜会では、おそらくワインの消費量がいつもの夜会の倍以上になっているだろう。そう思えるくらいに、途切れなくあちこちから乾杯の声が上がっていた。
ティア妃殿下とアルス皇子は、舞台横に設置された大きなソファーに並んで座り、集まってきた人達からのお祝いの言葉を受けては、ひたすら揃って笑顔で頷き続けていたのだった。
ティア妃殿下にはルバーブとキリルを使ったガンディ特製の薬草入りジュースが置かれていて、目敏くそれを見たご婦人達からそれは何をお飲みなのですかと質問攻めにあい、途中でガンディの元へ執事が走ってレシピを書いたメモを持ってきてくれたおかげで、後半はそれを見ながらにこやかに話をしていたのだった。
このガンディ特製のルバーブとキリルのジュースは、特に女性の体に良い成分が多く含まれていた為、この後、女性特有の体調不良に悩む女性達の間で、密かな流行となったのだった。




