夜会の始まり
「おお、今日はさすがに賑やかだなあ」
着飾った人々で埋め尽くされた大広間を入場口のカーテンの隙間から覗き見て、カウリが面白がるように小さくそう呟く。
「そりゃあ今日の夜会は、毎年恒例の陛下主催の新年最初の夜会だからな。逆に、ここに参加していないと後でうるさ方のご婦人方に何をいわれる事やら」
同じく大広間を覗き見たルークも、面白がるようにそう言って首を振る。
「そう言えば、新年最初の夜会でお見かけいたしませんでしたわねえ。って、思いっきり嫌味ったらしく言われるんだよな」
「ああ、上手い上手い。そんな感じだ。嫌味ったらしく言われて愛想笑いしている誰かさんが目に浮かぶなあ」
ルークが、誰かの真似らしく小さくも甲高い声でそう言って口元を片手で押さて顎を上げるのを見て、マイリーも苦笑いしながら何度も頷いている。
「こっちは、延々とあんたの機嫌を取るためだけに参加してるんじゃあねえよ! ……って言ってやりたいですねえ」
「別に言ってくれても構わないぞ。ただし、俺はその場から速攻で逃げさせてもらうけどな」
「煽って言うだけ言わせておいて、自分は逃げるってずるいぞ」
呆れたカウリの言葉に、ルークとマイリーが小さく吹き出す。
「そろそろご入場となりますので、どうか私語はお控えください」
困ったような案内役の執事の言葉に、もう一度揃って笑った三人が何事もなかったかのように顔を上げて背筋を伸ばす。
たったそれだけで、今まで馬鹿話をして笑っていた彼らが別人のように立派に凛々しく見えて、後ろに控えて彼らの様子を見ていたレイはその見事なまでの変わりっぷりに苦笑いして小さく首を振り、同じく背筋を伸ばして小さく深呼吸をしてから顎を引いた。
執事の案内の声に続き、ルーク達の後ろについてレイも会場へ入っていったのだった。
「まあ、レイルズ様。今宵も一段とご立派ですこと」
ミレー夫人をはじめとした、顔見知りのご婦人方はレイ達の前に入場していたらしく、彼らに気付いてすぐそばに来てくれたのでレイは笑顔で順番に挨拶を交した。
「すっかりこういった場にも慣れたようですわね」
「本当ですわね。もう、こうして見ていると生粋の貴族の若君のように堂々としていらっしゃる事」
ミレー夫人とイプリー夫人が、レイを見上げてから顔を見合わせて嬉しそうにそう言って笑う。
彼女達の身長はほぼ女性の平均くらいなので、今のレイの側へ行くと思いっきり首を曲げて見上げないとレイの顔が見えないのだ。
「まあ、確かにレイルズもこういった場に慣れてきたな」
「でも、口を開けばまだまだ子供なんですけれどね」
笑ったカウリとルークの言葉に、お二人だけでなく周りで一緒に話を聞いていた女性達が、揃って頷きつつコロコロと笑う。
ご婦人方にとっては、レイの黙って立っている時の凛々しさと、お菓子を食べていたり口を開いた時の無邪気さと無防備さの差が堪らないのだ。
この場にいるレイ以外の全員がそれを理解しているので、無言の目配せの後にルーク達も面白がるように何も言わずに笑っていた。
「今夜も、新作のお菓子がいくつも出ると聞いておりますわ。是非とも、レイルズ様のご意見をお聞かせくださいませ」
笑ったミレー夫人の言葉を聞いて、目を輝かせて大きく頷くレイだった。
ヴィゴ達も、奥方の手を取り笑顔で挨拶を交わしている。タドラはずっとクローディアの側から離れず時折顔を寄せて笑顔で話をするなど仲睦まじい様子を見せていて、挨拶を終えた周囲の女性達は、揃って母親のような優しい目をしてそんな二人を眺めていた。
両公爵が夫人を伴って入ってきたところで、竜騎士達も移動して両公爵とにこやかに挨拶を交わした。
「元気そうで何よりだ。ニーカが本部に来てくれれば、もう少し会う機会も増えるだろうな。楽しみな事だ」
挨拶の後、レイはディレント公爵閣下に精霊魔法訓練所でのニーカの様子などを聞かれて、笑顔で彼女達の訓練所での頑張っている彼女の様子を張り切って詳しく話して聞かせた。
その様子を笑顔で聞いていたディレント公爵は、嬉しそうにそう言って横で一緒に聞いていたユーリと笑顔で頷き合っていたのだった。
「俺も、噂のニーカ殿に会えるのを楽しみにしていますよ」
「公爵様やユーリ様に直接挨拶をされたら、ニーカは緊張してカチカチに固まっちゃいそうですけどね」
笑ったレイの言葉に、ルーク達も苦笑いしつつ頷いていたのだった。




