内緒の話
「相変わらずよく食うなあ。あれ、さっき俺が食った量の倍はあったんじゃあないか?」
「確かによく食うな。しかも、いつもながらあれだけ食って横に広がらないあいつが俺は羨ましいよ、いやあ、冗談抜きで十代って凄えなあ」
先に来ていたので早々に食事を食べ終えたカウリとルークは、食後のカナエ草のお茶を飲みながら顔を見合わせては、呆れたようにそう言って笑っている。
二人の視線の先には、山盛りに取ってきた料理をもう半分近く平らげたレイが座っていたのだが、その言葉を聞いて振り返りながら小さく吹き出した。
「まあ、カウリよりたくさん食べているのは否定しないよ。だけど仕方がないって。だって、お腹が空くんだもん」
悪びれもせずにそう言ったレイは、半分に割った丸パンにせっせとレバーペーストを塗り始めた。
これは蒼の森から戻ってきた際、お土産として料理長に渡したレシピで作られたハーブの風味が利いた緑の跳ね馬亭特製のレバーペーストだ。
試しにと食堂で提供されたこの新しいレバーペーストは本部の兵士達にも大好評となり、最近では以前の定番のレバーペーストと並んで常に二種類のレバーペーストが用意されている。
「えっと、ブルーによると、食べたのと同じだけしっかり動いていれば体がちゃんと対応してくれるから無駄に太らないんだって。そう言えばダンス一曲踊るのって、どれくらいの食事量なんだろう?」
ハーブを効かせた分厚く切った鳥のレバーの塩焼きをパンで挟みながら、そう呟いたレイが少しだけ考えて首を傾げる。
『ダンス一曲分の運動量に相当する量か? そうだな、そのレバーの塩焼きなら……せいぜい其方の小指の爪半分くらいだぞ。食べた分を全部消化するのは大変だな。しっかり頑張って踊りのお相手を務めなさい』
お皿の横に現れたブルーの使いのシルフの面白がるような言葉に、レイは手にしたそれを見て無言になる。
そして、同じくブルーの使いのシルフの声が聞こえていたカウリとルークが、揃って横を向いて吹き出したのだった。
「夜会に参加しているお嬢さん方全員と踊ったとしても、それ一個食えないのかよ。そりゃあ大変だ。頑張ってな〜〜」
「えっと、じゃあダンスは諦めて、明日また朝練でしっかり運動します!」
今の自分に一番出来そうな解決策を提示したレイは、にっこり笑ってそう宣言すると、手にした塩焼きレバーを挟んだパンに大きな口を開けてかぶりついたのだった。
「じゃあ、少し休んだら第一級礼装に着替えて休憩室に集合だからな。ちなみに若竜三人組は揃って城で開催されている同年代の集まりに顔を出しているから現地集合で、マイリーとヴィゴは、元老院の爺い達と打ち合わせらしいからこれも現地集合の予定だよ。独身組の会場入りは全員一緒だからな」
「了解です。今日の夜会でティア妃殿下のご懐妊が発表されるんですよね?」
階段を上がりながらごく小さな声でそう質問すると、笑顔のルークが大きく頷く。当然心得てくれているブルーが、ゆっくりと歩くレイ達の周りに声が漏れないように、彼らの移動に合わせて動く特製の結界を張ってくれている。
「ああ、その予定だよ。殿下によると、今朝の診察でも特に妃殿下の体調に問題ないとの事だったから、よほどの緊急事態でも起きない限り、正式な発表になるだろうね」
「えっと、余程の緊急事態って?」
これもごく小さな声のレイの質問に、廊下を歩いていたルークとカウリの足が止まる。
「そりゃあ、妃殿下のお加減が急に悪くなる事だってあり得ない話じゃあないからな。特に初期の場合は注意が必要だからな。体調の変化は急にくるらしいから、周りも大変なんだってさ」
これもごく小さな声のカウリの言葉に、レイが慌てたように目を見開く。
「ええ……チェ、チェルシーもそうだったの?」
「みたいだなあ。俺も毎日ずっと側にいたわけじゃあないから最初の頃はそこまで詳しくはないけど、話を聞く限り、特に妊娠初期は体調が乱高下して悪阻も酷くて大変だったらしいからな」
「まあ、それも妃殿下の様子を見てガンディや専属の薬師が判断するだろうさ。おめでたい話とは言え無理は禁物だからな」
「そうだね。えっと、お願いだからティア妃殿下とお腹の赤ちゃんを守ってあげてね」
集まってきて彼らの話に勝手に相槌を打つかのようにうんうんと頷き合っていたシルフ達を見上げてレイが小さな声でお願いする。
『任せて任せて』
『守るよ守るよ』
『可愛い赤ちゃん』
『愛しい赤ちゃん』
『聖なる守りをここに』
『聖なる守りをここに』
レイの頭上を飛び回りながら、シルフ達は大はしゃぎでそう言って笑っている。
「こらこら、その話はまだ内緒だぞ。今夜の夜会で陛下の口から発表されるまでは誰にも言うんじゃないぞ! それから、この話を人のいるところで話すのも禁止だ」
慌てたようなルークの言葉に、シルフ達が一斉に笑いさざめく。
『ちゃんと守ってるもんね〜〜〜』
『話すのは駄目だって』
『知ってるもんね〜〜〜』
『知ってる知ってる〜〜!』
『ね〜〜〜〜〜!』
「ええ、それって……」
本部の廊下で、周りにいる兵士達や執事が知らん顔で彼らの横を通り過ぎるのを見て、無言になったルークがレイの右肩に座ってにんまりと笑うブルーの使いのシルフを見た。
「もしかしてラピス、聞こえないように何かしてくれた?」
「さて、何の事であろうなあ。だが、内緒話をする際にはしっかりと対策をしてから話すのが当然であろう?」
得意気に胸を張るブルーの使いのシルフを見て、ルークとカウリは揃って吹き出し大笑いしていたのだった。
「ブルーは頼りになるね。いつもありがとうね」
笑ったレイがそっと手を伸ばして撫でるふりをしてくれる。それを見たブルーの使いのシルフは嬉しそうに笑って、その訓練ですっかり硬くなったレイの手にそっとキスを返したのだった。




