引っ越し準備
「ニーカ、これは持って行かなくていいの?」
「うん、これはディアが持っていてくれていいわ。多分、向こうへ行けば新しいのをもらえると思うからさ。私が出た後、また誰か別の人と一緒の部屋になるのでしょう? その方に使っていただけばいいわ」
クラウディアの言葉に、振り返ったニーカが笑顔でそう答える。
年明けの祭事の合間を縫って、クラウディアとニーカは部屋の片付けを始めていた。
二人は一緒の部屋になっているが、部屋自体はさほど広くはない。それでもニーカ一人分の荷物はそれなりの量になる。
部屋は、寝る為の小さなベッドと個人の着替えなどを入れる引出しと戸棚。これがいわば個人の場所となっていて、それ以外に二人が共同で使う大きめの机と椅子があり、そこには二人が共用で使っている筆記用具や勉強のための道具、それから編み針や裁縫道具などの手芸道具などが綺麗に整理整頓されて並べて置いてある。
万年筆など一部個人で使っているものもあるが、つけペンやインクなどの個人で購入するのはかなり高い筆記具などは、ほぼ共同で使っている。
レイを始め、竜騎士達やディレント公爵様マーク達から降誕祭の贈り物でいただいた本も全て共用の場所に置いてあり、今まではお互いに誰の物だとは特に気にせずに好きに読み合いっこをしていたのだ。
初めの頃に公爵閣下からいただいた、めでたしめでたしで終わる女の子向けの物語などは、彼女達はもう空で言えるくらいに何度も読んでいて、読みたがる巫女仲間達に何度も貸してあげたりもした。
その共用部分に置いてあったお道具や本を、ニーカは幾つかの気に入っているもの以外は全て置いて行くと言ってクラウディアを驚かせた。
「だって、ジャスミンから聞いたんだけど、新しいお勉強の為の道具は全て用意されているって言うし、お裁縫道具や編み針なんかもたくさん用意してくれてるんですって。お裁縫やレース編みに関しては、ジャスミンも講師の先生にまだ教えていただいているところだって言っていたから、私もこれからはそっちで教えていただくんだって。ボビンレースも引き続き教えていただけるって聞いたから、大先輩の方々みたいな大作は無理でも、襟飾りくらいは自分で作れるようにならないとね」
「わからなければ、いつでも遠慮なくシルフを飛ばしてね。レース編みならいくらでも教えてあげられるから」
「うん、お願い!」
嬉しそうに笑ったニーカは、手にしていた万年筆をじっと見た。
これはレイルズからもらったもので、とても書きやすくて気に入っている一品だ。
「やっぱり、これは持っていこうっと」
革製のペン入れに万年筆を入れたニーカは、今まで自分が使っていた引き出しを見た。
「竜騎士隊の皆様から頂いた飾り物なんかは、全部持っていくように言われているから、このルビーがついた帯飾りは持っていくわ。だけど、こっちの普段使い用の帯飾りは全部置いていくから、これも、この後この部屋を使う方に使ってもらってね」
普段使い用の帯飾りの入った木箱ごと、そう言って共用の机の上に並べておく。
「そんなに沢山。いいの?」
「構わないわ。もう、本部へ引っ越して終えば三位の巫女の衣装を着る事は無いだろうし。もしあったとしても、向こうで全部用意してくださるから大丈夫よ。この前、竜司祭の衣装のお披露目をしたでしょう? その時に、どうぞ身一つでおいでくださいって言われているの。確かに、こうして見ると、私個人のものなんて、本当にわずかだものね」
笑ったニーカの言葉に、真顔になったクラウディアも真剣な様子で頷く。
「確かに私達自身が個人的に持っているものなんて、本当に数えるほどだわ。全て支給品や頂き物、周りの方々が用意してくださったものだものね」
「だけどまあ、降誕祭の贈り物で貰ったものは、個人の持ち物だって言っても構わないのではなくて? でも、これは置いていくわ」
顔を見合わせた二人は、揃って暖かな綿兎の靴下をそっと撫でた。
「レイルズには本当に感謝ね。綿兎の靴下の暖かさを知った今となっては、真冬に木綿の靴下なんて、寒くて到底履けないわ」
少しふざけたようにそう言って笑うニーカの言葉に、クラウディアも苦笑いしつつ何度も頷いていた。
「じゃあ、この靴下も全部まとめて置いていくから、よかったら次の方に使うように言ってくれるかしら」
「そうね。念の為後でもう一度まとめて洗っておくから集めておいてくれる」
「うん、お願いね。ねえ、肌着はどうすればいいかしら? お古になるけど、これも使ってもらえる?」
「もちろん。ちゃんと綺麗にして渡すから一緒に置いておいてちょうだい」
『成る程な。身一つで保護されたニーカは、レイ達などからもらったもの以外で個人的に持っているものなど数えるほど、と言うわけか。清貧の見本のような生活よな』
『確かにそうだね。だけど主様達から頂いたものなんかも今では沢山あるから、全く何も持っていないって訳じゃあないよ。そこは感謝だね』
楽しそうに話をしつつ仲良くニーカの荷造りをする二人の様子を、窓辺に並んで座ったクロサイトの使いのシルフとブルーの使いのシルフが愛おしげに目を細めてずっと見つめていたのだった。




