仮眠明けの寝癖騒動
『ふんふんふ〜〜〜ん』
『らんらんら〜〜〜ん』
『もぎゅもぎゅもぎゅの〜〜〜』
『ぎゅ〜のぎゅ〜のぎゅ〜〜〜!』
『あっちとこっちを〜〜〜』
『ぎゅ〜のぎゅ〜のぎゅ〜〜〜!』
カーテンの引かれた薄暗い部屋の中、昼食会までの時間に仮眠を取っているレイの髪で無邪気に遊ぶシルフ達の楽しそうな即興の歌声が響いている。
『らんらんら〜〜〜ん』
『ふんふんふ〜〜〜ん』
『楽しい楽しい』
『ふわふわな髪〜〜』
『主様の〜〜〜』
『ふわふわ赤毛〜〜〜』
『大好き大好き〜〜』
『ふわふわ赤毛〜〜〜』
「う、うん……」
その時、枕に抱きつくようにして横向きになって眠っていたレイが、眉間に皺を寄せて小さく唸り声を上げてそのまま大きく寝返りを打って反対側を向いた。
髪の毛に集まって遊んでいたシルフ達が、レイの急な動きに慌てたように飛び上がる。
寝返りを打ったレイはしばらくモゾモゾと動いていたが、向きを変えた後も抱えたままだった枕に、また顔を埋めてそのまま眠ってしまった。
静まり返った部屋にレイの気持ちの良さそうな寝息が聞こえて、窓が開いていないのにカーテンが一瞬だけふわりと揺らいだ。
何人かのシルフ達は、唐突に寝返りを打ったレイの動きに反応しきれず逃げ損なって、うっかり体の下敷きになってしまっている子もいたが、皆何事もなかったかのようにコロコロと笑いながら体の下から這い出してくる。
物質界の存在である人の子の体とは全く違う性質を持つシルフ達にとって、人の子の体は簡単にすり抜けられる程度の障害物でしかない。
『びっくりしたね〜〜』
『びっくりしたね〜〜〜!』
『でも大丈夫大丈夫〜〜』
『大丈夫なの〜〜〜!』
『今度はこっち側〜〜〜』
『もぎゅもぎゅするの〜〜〜!』
『もぎゅもぎゅ〜〜〜』
『もぎゅもぎゅ〜〜〜〜!』
レイの頭上にまた集まってきたシルフ達は、まだ遊べていなかった後頭部側と右側のこめかみ後ろ側の部分の髪の毛が見えているのに気がつき、嬉々としてふわふわな髪をせっせと極細の三つ編みに仕立て始めたのだった。
「レイルズ様。間もなく昼食会のお時間となりますので、そろそろ起きてください」
軽いノックの後、しばしの沈黙の後にそっと扉が開かれてラスティが顔を覗かせる。
「おや、まだお休みでしたか」
手にした第一級礼装の一式を壁に作り付けられた金具に引っ掛けると、一つ深呼吸をしてからまずはカーテンを開いた。
「レイルズ様。起きてくださ……ブフォ!」
振り返ってベッドを覗き込んだラスティだったが、目に飛び込んできた芸術的な仕上がりのレイの寝癖を見て、堪える間も無く吹き出して膝から崩れ落ちてしまう。
「こ、これはまた、久々、の……複雑、怪奇、な、寝癖、で、す、ね……シルフの、皆様……お見事、です……」
笑いすぎてひきつけを起こすかのように呼吸困難なラスティがそう言い、床に手をついてなんとか起き上がる。
ラスティの言葉に、手を叩き合って大喜びしたシルフ達が揃って胸を張っているが、残念ながらラスティには見えないので無視されてしまう。
でも、彼女達はそれは当然とばかりに気にもせず、ラスティの鼻先や前髪に先を争うようにしてキスを贈っていたのだった。
「レイルズ様、今すぐに起きてください! 起きないと、そのまま昼食会へ行く羽目になりますよ! レイルズ様!」
必死で笑いを堪えるラスティの呼びかけに、枕から少しだけ顔を上げたレイが小さく唸る。
「うん、起きます……ああ、またやられた〜〜〜〜!」
起き上がったレイは、床に膝をついたまま必死で笑いを堪えるラスティを見て、右手で頭を押さえながらそう叫んでこちらも吹き出す。
「ちょっとブルー! 見ていたのなら止めてよね。何これ、すごい塊になってる!」
頭頂部と左右のこめかみの後ろ辺りに出来た大小の塊を押さえてレイがもう一度吹き出す。
『いやあ、何しろ彼女達があまりに楽しそうだったのでなあ。ついつい眺めていたら止める機会を逸してしもうたわ』
「何だか良い事していたみたいに言わないでください!」
笑いながら起き上がって、頭上で拍手をしているシルフ達に思いっきり舌を出したレイだった。
「ま、まあなんとかなりましたね。いつもながらお手伝いいただきありがとうございます」
ブラシを片手に安堵の息を吐いたラスティが、頭上を見上げて彼には何も見えない空間に向かってそう話しかける。
一瞬で彼の視線の先に現れたシルフ達が、揃って得意げに胸を張ってからラスティに投げキスを贈った。
「ラスティは彼女達に大人気だね。見えないなんて勿体ないよねえ」
それを見ていたレイは、小さなため息を吐きながらそう言って笑い、隙あらばまた前髪で遊ぼうとするシルフ達をせっせと手を振って追い払っていた。
「まあ、彼女達が髪をほぐすのを手伝ってくださるおかげで、さほど時間がかからずに元に戻せるようになりましたからね。有り難い事です」
ブラシで髪を整えながら笑うラスティの言葉に、レイは呆れたように頭上を見上げる。
「そもそもこの寝癖、原因は彼女達なんだけどね」
「まあ、ちゃんと悪戯の後始末を自分達でしてくださるのですから、いいではありませんか」
「それはそうなんだけどさあ」
笑ったレイの言葉に、シルフ達が揃ってうんうんと頷いている。
「悪戯はほどほどにしてね」
『それは無理〜〜〜』
『ほどほどってなあに〜〜〜?』
『何だろうね〜〜〜』
『ね〜〜〜〜!』
好き勝手言って笑っているシルフ達の言葉に、レイも笑うしかないのだった。
こめかみの三つ編みに結んでいた色紐もくくり直してもらい、部屋に戻って急いで着替えを済ませる。
剣帯を締めていつもの剣を装着して背中側のシワを直してもらい、準備が終わったところで休憩室へ向かう。
「おう、準備完了か?」
先に来ていたロベリオとユージンが、陣取り盤から顔を上げてレイを振り返る。
「はい、仮眠を取っている間にまたシルフ達のおもちゃにされましたけどね」
前髪を引っ張りながらのレイの言葉に、揃って吹き出すロベリオとユージンだった。




