蒼の森にて
「ああ、そろそろですね」
「おお、確かにそろそろだな」
「ふむ、今年も大勢の火蜥蜴達が集まってきておるなあ」
「小さな火が輪を描いて動く光景は、何度見ても不思議なものですねえ。実際に走る火蜥蜴達。いつかこの目で見てみたいものです」
全員揃って着膨れてモコモコになっている四人は、それぞれに白い息を吐きながらそう言って笑う。彼らの目は、真っ白な庭の雪を溶かす不思議な炎の輪をじっと見つめている。
タキス達の目にはごく小さな炎を灯した火蜥蜴達が輪を描いて走る光景が、唯一精霊が見えないアンフィーには小さな火が勝手に輪を描いて動くという何とも不思議な光景が見えている。
精霊が見えないアンフィーではあるが、ロディナで精霊竜達を身近で見てきたおかげもあって、通常の人が無意識に抱きがちな、精霊魔法に対する恐怖心や忌避感、あるいは嫉妬のような負の感情を抱く事が一切ない。
あるものをあるがままに受け入れる。簡単なようだが、自分に見えないものの存在を無条件で受け入れるのは意外に難しい事なのだ。
例えばタキス達は、普段から食糧庫で精霊魔法を継続的に保存の為に使っているが、これとても通常ならば精霊魔法が使えない者が一緒にいれば、急に行使が難しくなるものなのだ。
人は自分には出来ない事が出来る相手に対して、無意識に嫉妬の感情や負の感情を抱いたり、あるいは過度に依存するような感情を抱きがちだ。
精霊達はそういった負の感情に敏感な為、そのような人が身近にいれば、場合によっては嫌がって術の継続的な行使が難しくなる事がある。
実を言うとアンフィーがここに当分の間住む事が決まった際、タキス達は、最悪の場合食糧庫の保存方法を変えなければならないかもしれないと覚悟をしていたのだ。
しかし、アンフィーがここに住み始めて以降も、そういった問題が出た事は一度もない。
それどころか、自分達が見えていないにも関わらず精霊達はただの人間であるアンフィーの事を気に入り、密かに彼にちょっかいを出しては面白がって遊んだりもしている。
もちろんアンフィー自身は、まさか自分が精霊達にそんな事をされているなんてつゆほども思ってはいない。
彼に実害が出ないように、タキス達は時々アンフィーにちょっかいを出そうとするシルフ達をこっそり止める事さえあるくらいだ。
今も火蜥蜴達の様子を目を輝かせて無邪気に見つめているアンフィーの周りには、呼びもしないのに勝手に集まってきたシルフ達が、隙あらば何かして遊んでやろうと嬉々として彼の様子を伺っている。
「あ、火が消えましたね」
アンフィーの呟きと同時に火蜥蜴達の炎が一斉にかき消え、辺りが真っ暗になる。
しかし、タキスの頭上に光の精霊がすぐに現れて優しい光を灯してくれたおかげで見えるようなり、タキス達が息を殺して見つめる中、新しい火を灯した火蜥蜴がギードが用意した火種用の蝋燭に火を灯す。
それを機に、周りにいた火蜥蜴達は次々に先を争うようにして新しい火を貰って消えていった。
「あ、いましたね!」
タキスが嬉しそうにそう言ったのと、チラリと見えたレイの火の守り役の火蜥蜴が新しい種火を貰って消えていくのは同時だった。
「うん、俺も見えたぞ」
「ああ、今年もいたなあ。オルダムで貰えばいいのに、わざわざここまで火を貰いに来るとは、嬉しいのう」
火蜥蜴の群れを指差して目を輝かせるタキスの言葉に、ニコスとギードも嬉しそうにそう言って頷き合っている。
「噂のレイルズ様の火蜥蜴ちゃんですね。今年も見えましたか」
笑ったアンフィーは、そう言いながら自分にも見えないかと言わんばかりにキョロキョロを周囲を見回しているが、彼の目にはもう残念ながらもう輪になっていた小さな炎達は見えず、雪が溶けて地面が見えている輪の真ん中にポツンと置かれた火種用の蝋燭が見えているだけだ。
「ええ、今年も来ていましたね。後でレイに確認しておきましょう」
自分の火の守り役の火蜥蜴を指輪の中へ戻しながら、笑顔のタキスはそう言って蝋燭を見た。
「さて、まずは暖炉に火を入れて温かいお茶でも入れましょう。指の先まですっかり冷えてしまいましたよ」
両手を擦り合わせながらそう言って、指先に息を吹きかける。
「確かに寒いですね。では戻りましょう」
襟元を掴んで震える振りをしたアンフィーの言葉に、振り返った三人が揃って吹き出す。
「え? どうかしましたか?」
不思議そうなアンフィーの言葉に、三人は笑いながら揃って首を振る。
「何でもありませんよ。確かに冷えましたね。ニコス、戻って温かいお茶を入れてくださいな」
笑ったタキスの言葉に、まだ笑っているニコスがうんうんと頷く。
ギードも笑いながら置いたままだった蝋燭をそっと手に取り、用意していたランタンの中へそっと収めた。
「そうだな。とにかく戻ろう。アンフィーの前髪がレイの前髪みたいになる前にな」
その言葉に、ようやく彼らが何を笑っていたのか理解したアンフィーが、慌てたように自分の頭を押さえて頭上を見上げる。
アンフィーの頭上では、彼の仕草を真似たシルフ達が、揃って震える振りをしながら慌てたように飛んで逃げる。
何しろ彼の短く刈り込んだ髪の毛は、シルフ達が先を争うようにしてこっそり引っ張って遊び始めていたのだ。
「だ、駄目ですよ、シルフの皆様! 遊ぶのはレイルズ様の髪でお願いします!」
『ええ〜〜主様はここにいないもん!』
『その髪も絡ませれば遊べそうだもんね〜〜!』
『主様の代わりなの〜〜〜!』
『もぎゅもぎゅにするの〜〜』
『もぎゅもぎゅ〜〜』
『でも硬いから〜〜』
『あんまり面白くないの〜〜』
『残念残念〜〜』
アンフィーの叫びに笑ったシルフ達が口々にそう言って首を振ってから、彼に揃って投げキスを贈る。
「もしかして……私の髪も、お気に入り認定されましたか?」
頭上を見上げたアンフィーの言葉に、またタキス達が笑う。
「ううん、完全に否定出来ないところが残念ですねえ。でも一応、アンフィーの髪はレイの髪と比べるとかなり硬いので、遊んでもあまり面白くないそうですよ」
「そ、そうですよね! ほら、タキス殿の柔らかい髪の方が、きっと遊んだら楽しいと思いますよ!」
「ちょっと、アンフィー! 私を巻き込まないでください! シルフ! 目を輝かせないで!」
前髪を押さえて走って逃げ出したタキスの叫びに、三人は揃ってもう一度吹き出したのだった。




