新しい年と新しい火
「まあ、軍神サディアスその人が!」
「おお、確かに軍神サディアスの降臨だな」
「本当に、これは見事だ」
「まあ、なんて素晴らしいのかしら」
竜騎士達が全員揃って神殿に入ってきたところで、参拝客達から堪えきれないようなざわめきと呟きが聞こえてきた。
ミスリル製の儀礼用の鎧に身を固めた竜騎士達が勢揃いした光景は、確かに一見の価値のある光景だ。
参拝客達に向き合うように用意された祭壇横の場所に少しずつ離れて立つ。
今回の彼らは文字通り祭事の際のいわば装飾品扱いなので、それぞれ決められた武器を持ち、祭壇前に用意された立ち位置に大人しく立っているだけで、特にする事はない。
重要な役目を担当する事になったレイルズ以外は。
「ええ、僕、本当に大丈夫かなあ」
不安気に小さくそう呟いたレイは、密かなため息を吐いて手にしたミスリルの槍を持ち直す。
『大丈夫だよ。側で一緒に見届けてやる故、しっかりと務めなさい』
優しいブルーの言葉に小さく笑ったレイは頷き、改めて背筋を伸ばした。
そのままじっと大人しく立ったまま控えていると、礼拝堂内に時を告げる鐘の音が鳴り響いた。
あと一刻で新しい年が明ける。
その鐘の音を合図に、並んで座っていた参拝者達は次々に立ち上がり精霊王の祭壇に新しい蝋燭を捧げ、横に控えていた神官から新しい護符を一枚もらった。
中には、そのまま礼拝堂を出ていく者もいる。
身分に関係なく護符は一人につき一枚ずつ渡され、次々に祭壇に新しい蝋燭を捧げて帰っていく人々をレイは黙って見送りながら背筋を伸ばして槍を手にじっとしていた。
そして、半刻を告げるごく短い鐘の音が聞こえる頃には、参拝者の数は一気に減ってかなり少なくなっていたのだった。
一度だけ響く半刻の鐘の音を聞いたレイは、一つ深呼吸をしてゆっくりと一歩前に進み出た。
「精霊王に感謝と祝福を!」
お腹に力を入れて、出来るだけ大きな声でそう言い、手にした槍の石付きで一度だけ力一杯床を叩く。
響き渡る声と同時に、甲高い金属音が礼拝堂内に響き渡る。
「精霊王に感謝と祝福を!」
整列した竜騎士達も、それに続いて一斉に唱和する。
「新しき年に、新しき火を!」
もう一度お腹に力を入れて大きな声でそう言ったレイは、もう一度力一杯手にした槍の石突きで床を叩いた。
祭壇に並んでいた何人かの参拝者達が慌てたように席に戻る。
それを見て、レイは手にした槍の穂先を見上げた。
そこには光の精霊が現れて槍の穂先に器用に座っている。
レイの視線の気づいて手を振ってくれた光の精霊は祭壇の方を向いて一度だけ手を叩いた。
レイの持つ槍の穂先が真っ白な光を放つ。
それと同時に、燭台に並べられていた全ての蝋燭の炎が一斉にかき消える。
これは火蜥蜴達による消火だ。
明るかった礼拝堂の中は一瞬で真っ暗になり、光源はレイが持つ槍の穂先の光だけになった。
優しい白い光が祭壇を照らし、彫像に濃い影を落とす。
静かなざわめきが礼拝堂を包んだその時、精霊王の彫像の横にぽっかりと開いていた空間に炎の輪が現れた。
火蜥蜴達による輪だ。集まってきた火蜥蜴達が輪になって走り始めているのだ。
精霊の見える者達には輪になって走る火蜥蜴の姿が、それ以外の人々にとっては小さな幾つもの火が輪になって回転している不思議な光景が見えている。
しかし、蒼の森での火蜥蜴達の巨大な輪を知るレイにとっては、それは信じられないくらいに小さな輪だ。
「ええ、オルダムにはもっと火蜥蜴がいると思ったけど、あんなに少なくて大丈夫なの?」
部屋の暖炉にだっていつも火蜥蜴がいるし、ロッカ達の工房の炉には火蜥蜴達が大勢いるはずだ。
こんなに少ないわけはない。
心配になってそう尋ねたが、ブルーのシルフは笑いながら首を振った。
『まあ、ここに来ているのはいわばそれぞれの場所の代表の子達だからな。例えば城の工房の場合、それぞれの工房につき一匹の火蜥蜴が来ている。その子が新しい火を貰い、戻って皆に新しい火を渡すのだよ。他の子達はそれぞれの持ち場にて待機している』
面白がるようなその説明に、納得して炎の輪を見る。
「あ、そろそろかな?」
走っていた火蜥蜴達が、一斉に走るのをやめて立ち上がった。
沈黙の中、唐突に時を告げる鐘の音が礼拝堂に響き渡る。
その瞬間、一匹の火蜥蜴が小さな火を灯した。
トタトタと後ろ足だけで走った火蜥蜴は、精霊王の正面にある大きな燭台の真ん中にあった大きな蝋燭に自分の火をそっと移した。
次の瞬間、控えていた他の火蜥蜴達が一斉に蝋燭に殺到していき、次々に炎をもらって消えていった。
消えていた礼拝堂内の蝋燭の炎が一斉に灯る。
驚く参拝客達の大きなどよめきと同時に、新たな炎をもらった火蜥蜴達は次々に消えていなくなった。
「ここに新たなる炎が灯されました。新たなる年に良き風と炎を! そして、豊かなる実りと慈雨を!」
レイの大きな声がすっかり明るさを取り戻した礼拝堂内に響き渡る。
「新たなる年に良き風と炎を! そして豊かなる実りと慈雨を!」
レイの声に続き、竜騎士達と祭壇前に並んでいた神官達が一斉に唱和する。
明るくなった堂内は拍手と大歓声に包まれたのだった。
『なかなか堂々としておったぞ。見事だったな』
レイの頬にキスを贈ったブルーのシルフがご機嫌でそう言ってもう一度キスを贈る。
「うん、なんとか間違わずにきっちり言う事が出来たね。はあ、今更だけど緊張してきた」
誤魔化すように小さく笑ってブルーのシルフにキスを返したレイは、一つため息を吐いてから改めて背筋を伸ばして槍を持ち直した。
穂先に座ったままの光の精霊は、今はもう光を灯してはいないが、ペンダントには戻ろうとせずに槍の穂先に器用に座ったままで、ご機嫌で周囲を見回していたのだった。
『何をしておるか。用が済んだのなら早う戻らぬか』
笑ったブルーの使いのシルフの言葉に、光の精霊はご機嫌で首を振った。
『ここは高いから周りがよく見える』
『だからここで見張りをする事にしたの』
『主殿の周りは清浄で気分が良い』
『とても綺麗で気分が良い』
嬉しそうにそう言って左右に少しだけ体を揺らす光の精霊の言葉に、ブルーのシルフは呆れたようにしつつも笑顔で頷いた。
『まあ、好きにするがいい。今の所、結界内部は非常に安定しておるからな』
うんうんと嬉しそうに頷く光の精霊を見て、ブルーのシルフは密かなため息を吐いた。
『本当にとても安定しておる。先日の黒き影の存在など、まるで夢であったかのようにな……全てが良き状態になっておるというのに、我が感じるこの胸騒ぎは何なのだろうか? 我の単なる心配性であれば良いのだが……』
戸惑うようなブルーのそのごく小さな呟きは、しかしその場の誰の耳にも届かずに静かに消えていったのだった。




