ミスリルの鎧と竜の鱗
「うわあ、凄い! 格好良いね!」
少し早めの夕食を食べたあと、レイ達は儀礼用の装備に着替える為に普段は使われていない特別に用意された部屋に向かった。
その部屋は竜騎士達全員がそれぞれに様々な部品がある竜騎士が専用の鎧に着替えられるよう、低い衝立を作って一人ずつ広い空間が区切られていたのだ。
しかも、整然と並んだ区切りの部屋の奥には、それぞれの体格に合わせて特別に用意された人形に被せられたミスリル製の鎧が並んでこっちを見ていたのだ。
「ねえ、あの大きなのがヴィゴの鎧だね! うわあ、凄い! どれもなんて見事な細工なんだろう……」
目を輝かせたレイが並んだ鎧に駆け寄り、顔を近づけて全面にわたって彫り込まれた柊の葉と蔓草模様を見てまた歓声を上げる。
「えっと……でもこれ、よく見ると以前皆が砦で着ていたあのミスリルの鎧とは少し形が違うね。籠手なんかはこっちの方が大きいけど……手首のこんな所まで部品が出っ張っていたら、手首を曲げにくいだろうから剣が抜きにくそうだね」
以前見た、実際の戦いで竜騎士達が身につけていたミスリルの鎧よりも、こちらの方が全体の細工が細やかで豪華だ。
だがよく見ると今レイが言ったように、若干鎧としては不自然な気がする。
どちらかといえば、実用性よりも見栄えを重視した形になっているので、確かにこれは儀礼用の鎧なんだと納得もした。
「へえ、面白いね。鎧一つとっても用途に応じて形に違いがあるんだ」
無邪気にそう呟いて並んだ鎧を順番に見ていくレイを見て、右肩に座っていたブルーのシルフが面白そうに笑っている。
「あれ? ここのところがなんだか変……ええと、これってもしかして竜の鱗、の……剥がれたのですか?」
胸元の一番細工が見事な部分にまるで張り付かんばかりに近づいて見ていたレイが、不意に顔を上げてとある一部を改めて凝視した。
左胸少し下側の部分だけが、他の部分と少し輝きが違っているように見える。
何故かその部分だけが、やや鈍い輝きになっているのだ。
まさか汚れているのかと思って慌てて確認すると、どうやらその部分に竜の剥がれた鱗が貼り付けられていたのに気が付いて、驚きに目を見張る。
見る限りこれは竜の普通の鱗が剥がれたもののようで、通常であれば薬の材料として丁寧に集められているはずのものだ。特にこの鱗のように割れや欠けがないものは貴重なのだと、薬学の授業で聞いた覚えもある。
興味を惹かれたら確認せずにはいられないレイの性格を知っている周りの者達が、準備に手を止めずに笑顔で頷き合う。
「はい、それはその鎧の持ち主である竜騎士様の、伴侶の竜の剥がれた鱗です。ちなみにこちらが、レイルズ様用の装備一式でございます。ここにもラピス様から剥がれた鱗が貼り付けられていますよ」
着替えの手伝いの為に来ていた第二部隊の兵士の一人が、レイの質問に笑顔で教えてくれる。
そしてヴィゴの後ろに並んでいたもう一つの大きな鎧を見て、レイがこれ以上ないくらいの笑顔になる。
「うわあ、僕の鎧も大きい! それにしても変わった事をするんだね。わざわざ竜の鱗をこんな所へ貼り付けるなんてさ、せっかくのミスリルの輝きが少し鈍っちゃってるよ?」
真正面から見るにしては貼り付けた鱗の位置が低すぎるし、かと言って誰かがわざわざ下から見るような事をする必要もない。
自分の胸元を指差しながらのレイの言葉に、その第二部隊の兵士は笑顔でゆっくりと頷く。
「これにはそれぞれの竜が、主の為に守護の守りの術を付与しているのだと聞いております。つまり、それを通じて竜と竜の主は繋がっているのだから、決して疎かにしてはならぬ。また迂闊にその部分に触れてはならぬと、我らはそう教えられております」
「へえ、そうなの?」
思わぬ第二部隊の兵士の説明に目を見張ったレイは、自分の右肩に座っていたブルーのシルフを見てそう尋ねる。
『ああ、そうだよ。鎧には全て我が直々に守護の守りを徹底的に付与しておいたからな。何があろうとも、レイの体を守ってくれるだろうさ。まあ、ただの人が少し触れた程度ではそれらに問題など起こりはせんので、それほど気を遣ってくれる必要はないから安心しなさい』
「全ての鎧に?」
一瞬戸惑うように考えたレイが、にっこりと笑ってそう言い、ブルーのシルフは笑顔で頷く。
『我が主殿が察しの良いお方で嬉しいよ。その通りだ。其方がいずれ戦場で使うあのミスリルの鎧にも、な』
「ありがとうね。もちろん怪我なんてしないように気をつけるけど、何があるかなんて分からないものね。ブルーが守っていてくれるのなら安心だね。えっと、じゃあこれを着るのは僕一人じゃあ絶対に無理なので、手伝ってください。よろしくお願いします」
「はい、もちろんです」
指定された場所に大人しく立つレイを見て、担当の第二部隊の兵士達が手早く準備を始めた。
しかし彼らは先ほどのブルーのシルフの言葉が聞こえていて、竜の鱗部分に少しくらい触れても大丈夫だと言ったその言葉に、密かに驚いていたのだった。
またレイは、人間の事が大嫌いだったブルーが、ただの一般兵である彼らにも当たり前のように信頼出来る人として扱ってくれるのが嬉しくて、終始笑顔になっていたのだった。




