それぞれの十二の月の最後の日
「お疲れ様でした。少し休んだら、早めの夕食を食べてから儀礼用の特別装備に着替えていただきますからね」
神殿への挨拶回りを終え、疲れ切ったレイを笑顔で出迎えてくれたラスティの言葉にレイは驚いて顔を上げた。
「ええ、特別装備って何ですか?」
てっきり年越しをまたいだ儀式も、先程までと同じ第一級礼装での参加だと思っていたのでそう尋ねる。
「レイルズ様が最優秀の成績を獲得してお戻りになった遠征訓練の際、皆様からお祝いとしてトネリコの木で出来た弓矢と、ミスリルの装備一式を頂いたのを覚えておられますよね」
もちろん覚えているので、満面の笑みで頷く。
「今回は、その頂いた装備一式や装飾品を使います。他にも初めて使う道具や装飾品がありますので、楽しみにしていてくださいね。レイルズ様の体格であのミスリルの鎧に槍と盾、そして背にはトネリコの弓と矢を装備すれば、間違いなく軍神サディアスの再来と言われるでしょうね。いやあ、お世話するのが楽しみです」
体格だけで言えば、すでにヴィゴというこれ以上ない最強の戦士がいるのに、何故自分が軍神サディアスの再来なのだろう。
少し考えたレイは、小さく吹き出して自分の真っ赤な髪を引っ張った。
「確かにそうだね。サディアスはもっと硬い髪だったみたいだけど、彼の髪は燃えるような赤い色、だったね」
精霊王の物語の一番最初にサディアスが登場する場面では、燃える炎のような赤、そして後には血の色のような赤、と表現されているほどに彼の髪は赤かったとされているのだ。
石像などは基本的に色は付かないので分からないが、物語の一部を描いた絵画などではサディアスはいつも赤い髪の大男として描かれている。
「私は、直接は存じ上げませんが、ヴィゴ様が正式に竜騎士見習いとして紹介された際には、あれで髪が赤ければまさに軍神サディアスその人だと、夜会の度に周りにいた人達から散々言われたそうですからね」
笑ったラスティの言葉に、レイも納得して大きく頷く。
軍神として、特に兵士達からの信仰を集めているサディアスは、女神オフィーリアの夫であり水の神の一人とされるマルコットの父親でもある。
具体的な体格の描写は作中にはあまりないが、無口だが頭の切れる見上げるような大男であった事や、武術の達人であり特に剣と槍の腕が素晴らしかった事は何度も書かれている。
その素晴らしい武術と力と胆力でまだ幼い精霊王を助ける場面は、それはもう数えきれないくらいに何度も物語の中に登場する。
夢中になって何度も何度も精霊王の物語を読んだレイは、今ではもうもうすっかり本の内容を台詞の一つ一つに至るまで覚えてしまい、特にサディアスの出てくる場面はどれもお気に入りなので空で全部言える程だ。
「ううん、神様であるサディアスみたいだって言われるのは、さすがに烏滸がましい気がするけど、そんな風に言われるのは、素直に嬉しいよね」
無邪気に笑ったレイのその言葉に、横で一緒になって聞いていたブルーの使いのシルフも、嬉しそうに何度も頷いていたのだった。
「はあ、この時期に竈や窯の火まで全て落とすと、さすがに冷えますねえ、特に今年の冬は冷え込み具合が酷い気がしますよ」
着膨れたタキスの言葉に、同じく着膨れたアンフィーも苦笑いしつつ頷いている。
出来る限り昔の、タキスやギードが知るしきたりに従って過ごしている彼らは、火送りと火迎えの儀式も昔通りに、年末最後の日の午後からよく年明けの初日の午前中一杯、家の中の全ての火を落として火を使った料理などもしない。
もちろん、ギードの家にある炉の火も全て落としてある。
火蜥蜴が新しい火を貰えば、それを火種用の蝋燭に移して、それをまた一年間大切に使うのだ。
もちろん、万一その火種の火が消えても大丈夫なように、火種用の蝋燭は基本的に常に火を使う場所ほぼ全てに置かれているから、その何処かから貰えば問題ない。
万一それも出来ない時には、火蜥蜴に頼んで新たな火を灯して貰う事も可能だ。
「こっちへ来て何に驚いたって、この儀式が最たるものですねえ。ロディナに精霊竜は大勢いますが、精霊使いは定期的に浄化にこられる第四部隊の方を除けばほぼいませんからね。年明けの時間は神殿に集まって、来年がもっと良き年になりますようにって揃ってお祈りするくらいで、それ以上の事なんてしませんよ。火送りと火迎えの儀式の名前は知っていましたが、オルダムのお城じゃああるまいに、今でもこれだけ本格的に儀式をなさっている民間の方がいたのは本当に驚きです」
「まあ、火を落として食事の用意をあらかじめしておくくらいで、実際の火送りと火迎えの儀式で俺達がする事はほぼ無いんだけどな」
「あの昼の弁当は本当に美味しかったですよ。でもまあ、確かに実際に私達が何かするような事はありませんでしたね。強いて言えば、ギードが新しい蝋燭を渡したくらいでしょうかね。今年はどれくらいの火蜥蜴が集まるのか。実は結構楽しみにしているんですよね」
笑ったアンフィーの言葉に、タキスだけでなく横で聞いていたニコスとギードも揃って笑顔になる。
普段は精霊の見えないアンフィーであっても伝言のシルフは見えるように、火を灯して走る火蜥蜴の姿は見えなくても、火そのものは見えるので、この蒼の森にどれだけ多くの火蜥蜴が集まっているのか分かっている。
「そうだな。今年もレイの火蜥蜴がいるかどうか探さねばならぬから、我らはあの時だけは忙しいのだけれどなあ」
「お役に立てなくて申し訳ありません。せめて皆様のお邪魔をしないように、その際には少し下がって背後から見学させていただきます」
顔の前で手を振るアンフィーの言葉に、揃って吹き出して大笑いになった。
夕刻から静かに降り始めた雪に覆われた真っ白な蒼の森でも、新しい年を迎えようとしていたのだった。




