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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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2042/2487

精霊達の世界とその役割の断片

 時は少し遡る。


「豊かなる実りの年が来る事を願って、ここにひと束の麦を捧げん」

 祭壇に向かって(ひざまず)いて目を閉じて祈りを捧げていた皇王は、顔を上げてゆっくりと宣言した。

 その言葉を聞いて、祭壇横に控えていた一人の神官がゆっくりと横から進み出てきて、手にしたトレーに載せたひと束の麦を皇王に差し出す。

 小さく頷き両手でその麦の束を受け取った皇王は、そっと麦の穂にキスを贈ってから祭壇の前に用意されていた小さな机の右端に麦の根元側を祭壇に向けてそっと置いた。

 机の上には、全て祭壇に向けるようにして様々なものが並べられている。

 枝付きの小さなリンゴと木製の小皿に盛り付けられた干した真っ赤なキリルの実。まだ和毛の生えた土から抜かれたばかりのカナエ草の根付きの若い苗、完全に透明な水晶から削り出された小さなグラスに注がれた一杯の真っ赤なワイン。一枚の古い金貨。抜き身のミスリルのナイフ。そして古い羊皮紙の束と一冊の本。

 その全てに、一人ずつ得意そうに顔を上げたシルフが座っている。

 新たに置かれた麦の束の周りにもシルフ達が集まってきて、先を争うように次々と麦の穂にキスを贈る。

 そのうちの一人が不意に顔を上げて嬉しそうに麦の上に座った。

 それを見た他のシルフ達は、残念そうにため息を吐いたり首を振ったりして、あっという間に散って行ってしまった。

「其方が今年の守り役か。では、働き者には報酬を与えねばな」

 小さく笑った皇王が、そう言って胸元から小さな小瓶を取り出し、左手のひらの上にそっと小瓶の蓋を開けて傾けた。

 小瓶からごく小さなミスリルの粒が、一粒だけ転がり落ちてきて手のひらの真ん中に転がって止まる。

 黙って差し出すと、麦の穂に座ったままのシルフは手を伸ばしてそのミスリルの粒を手に取った。

 ちょうど人間に例えれば飴粒くらいの大きさのそれを嬉しそうに両手で包んで抱きしめたり頬擦りしたりした後、そのシルフはなんとミスリルの粒に小さな口を開けてかぶりついた。

 まるでビスケットを齧るかのように、ミスリルの粒をシルフが食べる。

 目を細めてそれを見ていた皇王は、小瓶を胸元に戻してから再び祭壇に向かって跪いて祈りを捧げた。



 またしばらくして机の横の床に、何も植っていない土だけが入った平くて大きな植木鉢が神官三人がかりで運ばれてきて置かれる。

 一礼して神官達が下がった途端に、そこからノーム達が次々に現れてきて、机の前に皇王に背を向ける形で並んだ。


『精霊王に感謝と祝福を』

『今年の良き実りに感謝を捧げん』

(きた)る年がまた実り多き良き年となるよう』

『我らからの尽きぬ祝福を捧げん』

『愛しき子らに祝福を』

『聖なる竜に祝福を』

『我らからの尽きぬ加護を与えん』

『愛しき子らに我が加護を』

『聖なる竜の守りをここに』


 並んだノーム達が、当然のように定められた言葉を紡ぐ。

 今のノーム達は、精霊が見える皇王にはそのままの姿が、精霊の見えない神官達には伝言のシルフと同じくうっすらとした白い人の影のように見えている。そして声は聞こえている。

 立ち会っている神官が、手にしたミスリルの鐘をそっと鳴らす。

 広くはないその部屋いっぱいに、澄んだ音が響き渡ると同時に、燭台に立てられていた大小様々な十二本の蝋燭にいっせいに火が灯る。

 煌々と灯る蝋燭の炎の中に、小さな火蜥蜴達が不意に現れて潜り込む姿を見て、皇王は思わず笑みを浮かべた。

 また、祭壇の精霊王の足元に置かれた直径1メルトはありそうな水盤では、まるで雨が降り始めたかのようにあちこちに幾重にも波紋が広がり、姿を現したウィンディーネ達が楽しそうに笑いさざめきながら水面を叩いて遊んでいたのだった。



「お疲れ様でした。次は時紡ぎの儀式となります。しばしその場にてお休みください」

 一礼した神官のその言葉に立ち上がり、祭壇に向かい合う形で用意されていた一脚だけの椅子に座った皇王は、少しだけ脱力して密かなため息を吐く。

「いつもながら、この儀式は長くて疲れるな」

 夕刻の日が暮れ始めた時間から、決められた所作と祈りで祭壇に一つずつ捧げ物をして、その度に決まる捧げ物の守り役のシルフに、皇王は先ほどのようにミスリルの粒を与えるのだ。これは皇王か、もしくはその血族の者にしか出来ない役割とされているもので、こういった儀式における様々な役割が、実は皇族には数え切れないほどあるのだ。



 そしてこの、シルフ達がミスリルの粒を食べるのはこの儀式の時だけで、これ以外の時にミスリルの粒を見ても、シルフ達は綺麗だと言って喜びはするが、決して食べようとはしない。

 これも、元を正せば古の誓約に基づくものらしいが、今では儀式の一つとしてここに残るだけで、他では一切見られないものの一つだ。

 皇王がまだ若かった頃に単なる好奇心で、シルフ達に、何故年末のあの儀式の時にしかミスリルを食べないのだ、いつでも欲しければあげるのに、とそう聞いた事がある。

 すると彼女達は呆れたように笑って、揃って首を振ってこう言ったのだ。だって、美味しいのはあの時だけだもん。それに食べるのは守り役の子だけだもん。と。

 結局何を聞いてもそれ以上の事は教えてもらえず、今でもこの儀式の真の意味は人間側は知らないままとなっている。

 だが実は、これはこの物質界と呼ばれる世界に住む全ての精霊達に大きく関わる大切な儀式の一つで、シルフが食べるこの純粋なミスリルの粒には聖なる力がとても多く秘められていて、代表して守り役のシルフが口にしたそれは、彼女の体の中でごく小さな、人には見えない粒子に砕かれ彼女達の体をすり抜け、シルフの風を通してこの世界の隅々にまで届けられるのだ。その粒子は火蜥蜴の炎に力を与え、ウィンディーネが守る水場を浄化して清い水源を維持する力を与え、大地の竜の元に届いて土を肥やし作物の実りの力の源の一つとなるのだ。

 銀星草が交差の日に届ける銀色の花粉は、実は世界中を巡り巡ったミスリルの粒達が最後に集まる場所となっているのだ。

 銀星草の蕾から撒かれた、全ての力を使い切って銀色の粉と成り果てたミスリルの粒子達は、精霊達の元へ届き粒子が触れたさまざまな記憶を伝え、また彼女達の一部となって休み、いずれまた力を得てさまざまな鉱石の一部となり世界を巡るのだ。

 こうして世界の裏側で、密かに、しかし様々な形を取り常に精霊達によって守られている事を人の子達は知らぬままに過ごしているのだ。



『ふむ、今年も無事に一つ聖なる儀式が滞りなく行われたようだな。さて、この後の時送りの儀式では、巫女殿の美しい舞を見られる、これは楽しみな事よのう』

『うむ、そうだな。確かにあの巫女殿の舞は見事だからな』

 祭壇の壁際に取り付けられた豪華な燭台の腕に座ったブルーの使いのシルフと、その隣に並んで座ったルビーの使いのシルフはそう言って揃って嬉しそうに頷き合い、捧げられた麦の穂で遊び始めたシルフ達を愛おしげに眺めていたのだった。

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