時送りの儀式の始まり
「お、そろそろ時間かな?」
ソファーに座って一休みしていた竜騎士達の部屋に、軽いノックの音が聞こえてカウリが顔を上げる。
「竜騎士様方。そろそろお時間となりますので、ご準備をお願いいたします」
扉を開けて入ってきたまだ年若い見習い神官の言葉に、返事をした全員が立ち上がる。
「あ、えっとフィラムだったね。頑張っているんだね」
「はい、立派な神官になれるよう日々勉強中です!」
部屋に顔を出した案内役の見習い神官を見て立ち上がったレイが笑顔になる。
そこにいたのは、竜騎士からの贈り物として降誕祭当日に配られるお菓子の袋詰めを手伝った際に、レイの隣の席になって話をした見習い神官の少年だったのだ。
まさか、少し話をしただけのレイが自分の名前を覚えていてくれるなんて思っていなかったフィラムは、感激のあまり頬を真っ赤にして目を輝かせていた。
「うん、無理はいけないけど、出来る範囲でしっかり頑張ってね。応援しているからね」
側へ行って小柄なその背中をそっと叩いたレイは、笑顔でそう言ってから外していた剣を剣帯に装着した。
間近で見る本物のミスリルの剣の大きさに、また違う意味で目を輝かせるフィラム少年だった。
「で、ではご案内いたします!」
我に返って慌てたように直立してそう言い、準備が出来た一同を先導して礼拝堂へ向かった。
緊張のあまり若干ギクシャクとした歩き方で先導するフィラム少年の小さな後ろ姿を見て、整列して歩いていた竜騎士隊の皆も笑顔になったのだった。
広い礼拝堂に到着した一同は、順番に精霊王の像をはじめ十二神の像とエイベルの像にも順番にお参りをして蝋燭を捧げる。
レイも、それはそれは真剣に一つ一つの像に参っては蝋燭を捧げて火を灯していった。
参拝客達が唱える祈りの声と、定期的に鳴らされるミスリルの鐘の音だけが響き渡る堂内は、人が多いにも関わらずとても静かだ。
場を浄化する配合の香が焚かれて少し白くなった天井を見上げて、密かにため息を吐いたレイだった。
祭壇の中央に立つ精霊王の巨大な像は、参拝の人々が捧げた無数にゆらめくろうそくの灯に照らされて少し微笑んでいるように見える。
今回の時送りの儀式では、竜騎士達は立ち会うだけで特に何かするわけではない。
竜騎士達の為に用意された席の端に座ったレイは、祭壇横の扉がゆっくりと開くのを見て背筋を伸ばしたのだった。
レイの肩にはブルーの使いのシルフが当然のように座っていて、笑顔で誰もいなくなった祭壇前の空間を眺めていた。
「ああ、駄目。緊張してきたわ」
見習い巫女の第一級礼装に身を包んだジャスミンの呟きに、三位の巫女の第一級礼装に身を包んだニーカも胸元を押さえながらうんうんと頷いている。
「貴女達は後ろで並んでミスリルの鈴を鳴らしてお祈りを捧げるだけなんだから、そんなに緊張する必要はないわよ。そんな事を言ったら、たった八人で舞を舞う私達はどうなるの?」
二位の巫女の第一級礼装に身を包んだクラウディアの言葉に、舞担当の巫女達が揃って吹き出す。
「確かにそうね。それに時送りの儀式の舞は、いつもといくつか違う点があるから絶対に間違えないようにしないとね。皆も、気をつけてね」
舞仲間の中では一番年長のリモーネの言葉に、舞担当の巫女達が苦笑いしながら頷く。
「今年最後の務めよ。しっかり頑張りましょうね」
改まったリモーネの真剣な言葉に、こちらも真剣な顔で頷きあう巫女達だった。
「間もなく、時送りの儀式の始まる時間となります。それぞれ、与えられた務めをしっかりと果たすよう。精霊王の守りが在らん事を」
年配の神官の真剣な言葉に、その場にいた全員の顔が一気に引き締まる。
始まりの時を告げる鐘の音と同時に、大きな扉がゆっくりと開く。
一つ深呼吸をしたクラウディアは、胸元に差し込まれた守り刀をそっと撫でてから、ゆっくりと一歩を踏み出して手にしたミスリルの鐘を鳴らしながら礼拝堂の中へと進んで行った。
『お、出てきたな』
ブルーのシルフの呟きに、レイも小さく頷いて整列して進み出てきた神官達と巫女達を見た。
巫女達の中に、ジャスミンとニーカの姿が一瞬だけ見えたが。彼女達は参拝客達からはほとんど見えない後列に下がっている為、レイも姿が見えたのはほんの一瞬だけだった。
『さすがに今あの二人を見せびらかすような真似は、いくら神殿の馬鹿どもであってもやってはならぬ事であると理解しているようだな。よしよし』
面白がるようなブルーのシルフの呟きは、ここにいる竜騎士達全員の耳に聞こえている。
「ラピス、笑わせるな」
咎めるようなルークのごく小さな声が耳元で聞こえて、笑いそうになるのを必死で我慢したレイだった。




