参拝の楽しみ?
「一年って早いね。僕、去年は見学者用の席で時送りの儀式を見たんだよ」
アルス皇子を先頭に竜騎士隊全員揃って精霊王の神殿の別館の礼拝堂へ向かいながら、レイはごく小さな声で隣にいるカウリにそう話しかけた。
「ああ、確かにそうだったな。よく覚えているな」
ちらりと横目でレイを見たカウリは、素知らぬ顔でそう言って小さく笑う。
「そりゃあディーディー達の舞がすっごく素敵だったから……って、何言わせるんだよ!」
唐突に真っ赤になったレイのそれはごく小さな声だったけれども、残念ながらシルフ達の手によって整列して歩く竜騎士達全員の耳に届いていて、咄嗟にロベリオとユージンが吹き出してしまって慌てて咳払いをしていたし、ルークとタドラはなんとか吹き出すのは堪えたものの妙な声が出てしまい、こちらも誤魔化すように咳払いをしていた。
前を歩く大人組はさすがに吹き出しはしなかったが、マイリーを含めた全員の肩が微妙に震えているので必死で笑うのを堪えているのが丸分かりだ。
「こら、無駄口禁止だ!」
耳元で聞こえたマイリーの声に、慌てて背筋を伸ばしたレイとカウリだった。
「全くお前は、人目のあるところで笑わせるんじゃあないよ」
「べ、別に笑わせるつもりはなかったんです〜〜!」
精霊王の神殿の別館に到着して一旦控室に通されたところで、途端に全員から口々にそう言われて真っ赤になりつつも言い返す。
そんなレイを見て、今度は遠慮なく全員揃って吹き出し大笑いになったのだった。
「全くお前といると退屈する暇がないよ。さて、ここからは冗談抜きでおしゃべり禁止だからな」
「はい。黙って見学します!」
笑顔で胸を張るレイの言葉に、またあちこちから吹き出す音が聞こえたのだった。
「だけどまあ、確かにこの年末最後に行われる時送りの儀式は一見の価値ありだよな。俺も初めて見た時には感動した覚えがあるよ」
「確かに、初めて時送りの儀式を見た時には俺も感動した覚えがあるな」
笑ったルークの言葉にヴィゴもしみじみとそう言い、隣でマイリーも頷いている。
「この時送りの儀式を行うのはオルダムでも、この精霊王の神殿の別館のみで、それ以外の場所では時送りの祭事と呼ばれ、祈りをあげて蝋燭を捧げるだけなんだよ」
「へえ、それはどうしてですか?」
ルークの言葉に、不思議そうなレイがそう質問する。
「ああ、それは父上がいる場所にここが一番近いからだね。これも古の誓約に基づく決まりの一つで、年が改まることを精霊王と十二神に報告すると言うのがこの祭事の目的だからだよ」
「そうなんですね。あれ? でも皇王様はこの時送りの儀式には出席なさっておられませんでしたよね?」
去年の事を思い出して首を傾げるレイ。
「ああ、父上は、この神殿内にある皇族専用の祭壇で夜明け前からずっと祈りを捧げているから、礼拝堂には出て来ないよ」
アルス皇子の言葉に納得する。この精霊王の神殿には広い礼拝堂以外にも様々な祈りの場があり、中には皇族専用の場所も多くあるのだと聞く。
「ちなみに街の精霊王の神殿では、父上の代わりに大僧正が、これも夜明け前からずっと祭壇前で祈りを捧げているね」
「へえ、そうなんですね。以前マーク達から聞いた事がありますね。この時期は普段は深夜には門を閉じる各神殿も、一晩中開けられていて参拝に訪れる人が大勢いるんだって」
アルス皇子の言葉に笑顔のレイがそう付け加える。
「そうだな。だからオルダムの街ではこの年末年始の数日の間に、徒歩で十二神の神殿を巡る人も多いぞ」
「年末年始限定の御印帳が販売されたりもするからね。限定の御印帳は、わざわざそれを集める蒐集家も大勢いたりするんだよね」
ルークの言葉に頷いたタドラが笑ってそう言い、それを聞いたレイが慌てたように目を見開く。
「ああ! 御印帳の事をすっかり忘れてた! 集めようって言っていたのに!」
以前、カウリの叙任式の前にルーク達から神殿に参拝した際に書いてもらう御印帳の話を聞き、自分もやってみようと思っていたのだ。
「ああ、確かそんな事言っていたな。じゃあ、後でここの神官に聞いてみればいい。ここでも御印帳は売っているはずだからね」
今からでもその限定の御印帳を購入出来るかと慌てるレイを見て、苦笑いしたルークがそう教えてくれる。
「そうなんですね、じゃあ後で聞いてみます! せっかくだから集めてみたいです!」
一気に機嫌を直して目を輝かせるレイの言葉を聞いて、タドラは満面の笑みになる。
精霊王の神殿に見習いとして入って以降、毎年限定の御印帳を購入しているし、実は休みの日にこっそり街へ出て御印集めを楽しんでいるタドラは、もしかして収集仲間が増えたと密かに喜んでいたのだった。




