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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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ただいま

 のんびりと話をしながら西に向かっていた一行の目に、一際濃い緑の巨大な森が見えてきた。

 その上に広がる空は、そろそろ夕焼けに赤く染まり始める時刻になっていた。


「王都って遠いんだね」

 振り返ったレイが、タキスを見ながらそう呟いた。

「レイ、それは竜に乗っている者だからからこその感想ですね。蒼の森から王都オルダムまで地上を行けば、通常、ラプトルに乗っている者でも、どんなに早くても六日は掛かるんですよ」

 驚くレイに、ヴィゴとルークが苦笑いしながら頷いて教えてくれた。

「そうだぞ。それに徒歩ならもっと掛かるぞ。まあ、隣国のオルベラートへ続くあの街道は、きちんと整備されてるから徒歩でも時間はかかるが安全だ。タガルノ方面への街道のような治安の悪さは殆ど無い」

「東への街道を行くなら、一般人は護衛無しでは行かぬ方が良い、と言うのは常識ですからね」

「タガルノって、東の方にある国だよね。それでえっと……オルベラートってのが、蒼の森の西にある隣の国だね」

 国の名前など教えた覚えがないのに、詰まりながらも自慢気に隣国の名前を言うレイを、タキスは驚いて見つめた。

「ええ、そうですよ。素晴らしい。私は教えてませんよね? どこで教わったんですか?」

「虹を探してに載ってたの! あの本すっごく面白かったよ。まだ二回しか読んでないけど、何となく色んな街のある場所が分かった……ような気がする」

「おお、現代版虹を探して。良い仕事してるじゃん」

 ルークがそれを聞いて笑ってそう言い、ヴィゴもそれを聞いて、笑って嬉しそうに頷いた。

「確かに。今度フェリオットに会ったら、伝えておかねばな」

「現代版虹を探して? ええと、それはあの虹を探して……とは違うんですか?」

 やや意味不明の質問だが、二人には通じたようだ。

「ええ、元のお話はその虹を探してです。あの物語は、元々は架空の世界でのお話ですが、十年ほど前に書かれた現代版虹を探しては、現実の世界を舞台に書かれた物語なんです。出発はオルダム。東西両方の隣国だけでなく、南の海や小島まで、まさに世界各国を巡ります。丁度、勉強し始める頃に読む本でもあるので、地理の勉強にはうってつけなんですよ」

 ヴィゴの説明に、タキスは納得した。五十年前には無かったのだから、それは自分は知らなくて当然だ。

 しかし、確かにいかにも子供達の興味を引きそうな内容だと思った。少しでも、自分の住んでいる場所の名前が物語の中に出れば、それは夢中になるだろう。

「作者のフェリオットは、マイリーやヴィゴの士官学校の同期生なんですよ」

 ルークの言葉に、レイが目を輝かせた。

「凄い! すっごく面白かったって伝えてくださいね」

「何なら、本にサインを貰ってやろう。きっとあいつも喜ぶぞ。何しろ、あの話は発表当時は貴族達からは酷い評判でな。ところが、寄贈した神殿などで読んだ子供達は、皆、元の本よりもこっちの方が面白いと口を揃えてそう言ってくれて、お陰で評判が上がって、正式に本として世に出されることになったんだよ」

「今は、貴族の子供も普通に読んでるよ。俺は地理の勉強するの大変だったからな。あの時にこの本があればどれだけ楽出来たか。後でこの本を読んで、本気でそう思った」

 情けなさそうにそう言って、ルークは肩を竦めた。

「良かったなレイ。地理を楽して覚える方法が出来て」

「うん! 同じ本が図書館に何冊もあったから、また借りようっと」

 そう言って笑って前を見たレイは、歓声をあげた。

「見て!すごく綺麗な夕焼け」


 確かにそれは、言葉を失うほどの美しい光景だった。

 眼下に広がる一面の深い森とまだ真上には青い空、しかしそこに浮かぶ雲は夕日に照り映えて真っ赤に染まっていた。そして正面の地平線には、雲の隙間から沈む夕日が見えていて、光の帯がまるで翼のように四方に広がっていた。

「おお、御使(みつか)いの梯子だな。これは見事だ」

 ヴィゴがそう呟くのを聞いたレイは、聞いた事の無い言葉に首を傾げた。

「御使いの梯子って?」

「ああ、あの夕日の周りに見える雲から出てる光の帯が見えるだろう。あれの事をそう呼ぶんだよ」

 夕日を指したルークが教えてくれた。

「御使いの梯子。何とも詩的な表現ですよね。私も久しぶりに聞きました」

「僕は初めて聞いた」

 ちょっと拗ねたような顔で、振り返ったレイがそう言うと、前を向いてあの詩を詠んだ。

「夕焼けの中を帰りし愛し子よ、迷わぬように泣かぬよに、精霊王の見守りよあれ、精霊王の祝福よあれ」

 驚く二人に、レイは照れたように笑って続けた。

白鳥(しらとり)の、空(くれない)に染まる中、ただ一羽にて浮かぶ白さの、その哀しさよ。精霊王の見守りよあれ、精霊王の祝福よあれ。えっと、あとは何だっけ……」

「アルターナの夕景……すごいなレイ、その歳で古典文学まで勉強してるのか」

 ルークが感心したようにそう言った。

「えっとね。僕のいた村の村長が夕方になるといつも言ってたの。有名な詩なの?」

「有名と言うか、貴族の中では知っていてもまあ珍しくはないが、農民がそれを知っているのは、まあ……普通では無いよな」

 ルークは何か言いたげだったが、タキスがそっと首を振るのを見て、何か察したようでもう何も言わなかった。

 自分の背後で交わされた無言のやり取りには全く気付かず、レイはまた歓声をあげた。

「あ、大岩が見えてきたよ! 石のお家が、もうすぐそこだよ!」

 振り返り満面の笑みのレイに、タキスも抱きついて大きく頷いた。

「そうですね。ようやく帰ってこれましたよ。長い十日間でしたね」

 呆気にとられるレイを見て、タキスは笑った。

「忘れてるみたいですけど、王都にいたのはたったの十日間ですよ」

「えへへ、すごいや……たった十日で、色んな事が変わっちゃったね」

 笑って前を見たレイは、俯いて小さな声でそう呟いた。


 しばらく黙っていたが、見覚えのある畑や丘の上の草原が見えて来ると、レイはもう落ち着いていられなかった。

「ほら、畑が見えたよ。ああ! ニコスとギードだ!」

 上の草原で、二人が並んで手を振っているのが見えた。

「ブルー、あそこに降りて!お願い!」

 両手を振り返し、ブルーの首を叩いて叫ぶレイの声にブルーは小さく喉を鳴らして、草原の端にゆっくりと降り立った。

 二頭の竜もそれに続いたが、レイにそれを見ている余裕は無かった。


 地面に降り立った途端に、レイは転がるようにして首から地面まで飛び降りた。後ろにいたタキスはブルーの背中を滑り降りて地面に飛び降りた。

「ニコス! ギード!ただいま!」

 両手を広げて、ニコスに飛びついた。

 自分よりも小さくなったニコスを力一杯抱きしめ、ニコスもまた、抱きついて来た愛しい彼を力一杯抱きしめ返した。

「おかえり。本当に無事で良かった。おかえり……おかえり……」

 それ以外の言葉が出なかった。

 その抱き合う二人ごと、横からギードがまとめて抱きしめた。

「おかえりレイ!待っておったぞ」

 レイが歓声を上げて、ギードの頬にキスをした。

「会いたかったよ。ニコス、ギード……」

 涙ぐんだレイは、もう一度腕の中のニコスを抱きしめた。


 ようやく我に返ったレイが、照れたように笑って手を離したのを見て、タキスが横から声をかけた。

「ニコス、ギード、ただいま戻りました。心配かけてすみませんでした」

 無言でギードがタキスを抱きしめ、レイから離れたニコスも、先ほどのギードのように横から二人ごと抱きしめた。

「おかえり。お前も無事で何よりだ」

 短い言葉だったが、込められた思いはちゃんと伝わっていた。


「うひゃ!」

 突然、レイが悲鳴を上げて飛び上がった。

 何事かと顔を上げた三人が見たのは、四頭のラプトルに寄ってたかって揉みくちゃにされている、何だかよく分からない塊だった。

「待って、ちょっと待って!」

 レイが甘噛みするポリーの頭を引き離しながら叫ぶが、離した途端に別の子達が突撃してきて、もはや収拾が付かなくなってきた。

「こらこら、お前達。レイが帰ってきて嬉しいのは分かるが、幾ら何でもやり過ぎじゃぞ」

 笑ったギードが、一番大きなベラの首を押さえて引き離し、慌てた二人も、何とかラプトル達を引き離した。

「ああびっくりした。でも良かった、みんな元気だね」

 並んでこっちを見ている四匹に、順番に抱きついてキスをしてやりながら、嬉しそうに笑った。

 すると、まるでラプトル達が離れるのを待っていたかのように、大きな足音を立ててトケラが走ってきた。

 振り返ったレイにトケラはそのまま頭を下げて突撃し、自分の大きな角でレイを掬い上げるようにして額の上に一気に乗せてしまった。

「うわ!すごいやトケラ、ただいま。元気にしてたかい?」

 額に座って角を撫でながら話しかけると、嬉しそうに大きな音で喉を鳴らした。

 ラプトル達も、先程のような勢いは無いが、順にレイの足や手に甘噛みして頭を擦り付けた。


 ブルーの体に取り付けてあったベルトを外してやっていた二人の竜騎士達は、そんなレイを見て笑わずにいられなかった。

「大歓迎だねレイルズ」

 ベルトを巻きながらそう言ったルークの声に、レイはトケラの額から横に飛び降りた。さすがに今の身体の大きさでは角の隙間を滑り降りるのは無理だった。

「この子が、トリケラトプスのトケラ。えっと、ラプトルは、順にベラ、ポリー、ヤンとオットーだよ」

 近付いてきたヴィゴとルークに、レイは嬉しそうに騎竜達を紹介した。

「トリケラトプスがいるって、すげえな」

 ルークがそう言って、優しくトケラの角を撫でた。


「あの時の竜騎士様ですね」

 ニコスがルークの顔を見て、驚いたようにそう言った。

「ニコスです。あの時は本当に大変失礼をいたしました、どうかお許しください」

 ギードも慌てて横に来て、二人揃って頭を下げた。

「ギードです。大変失礼を致しました」

「どうかお気になさらず、事情は分かってますから。貴方達にしても、あの時はああ言う以外に無かったですよね」

 笑ったルークにそう言われて、二人は苦笑いしていた。

「改めてお礼を。レイを助けてくださって、本当にありがとうございました。ようこそ蒼の森へ。こんな所ですが、どうぞ我が家と思ってお寛ぎ下さい」

「ルークです、改めてよろしくお願いします。急にお邪魔して申し訳ありません」

「ヴィゴです。お世話になります」

 差し出された手を二人は順に握った。

 そんな四人を、レイは嬉しそうに眺めていた。


「でもまあ、実は分かってました。あの時のお二人が嘘をついてるって」

 そう言って笑ったルークを、二人は驚いて見上げた

「あの……何か、おかしな点がありましたか?」

 あの時の自分の対応は完璧だったと思っていたニコスには、ルークの言葉は驚きだった。

「まあ、俺は嘘を見抜くのには慣れてるんですよ。ちなみに、種明かししましょうか?」

 悪戯っぽく笑うルークに、二人は無言で頷いた。レイも横で興味津々だった。

「貴方達の演技は完璧でしたよ。一緒にいたタドラは完全に騙されてました。俺が気付いたのは、貴方達が言った、竜を見たのが初めてだ、ってところからです」

 そう言って後ろを振り返った。

「草原に黒頭鶏(くろあたま)が沢山いたでしょ? あいつら俺達の竜を見ても驚くどころか近寄って来ましたよ。ほら、今みたいにね。普通なら、竜の姿が見えた瞬間に一番遠くまで走って逃げて絶対に近寄って来ません。小動物にとっては、竜も捕食者ですから。それなのに怖がりもせずに近寄って来たって事は、日常的に竜を見慣れてる証拠です。しかも足元の爪を立てた所にね。間違い無く、竜の爪が土を抉ることを知っている。ね、これだけ分かれば、ここに問題の竜が来ているだろうって事は容易に想像がつきます」

 唸った二人は、顔を覆ってしまった。

「ご明察恐れ入ります」

「いやさすがは竜騎士様だ。しかしまさか黒頭鶏達から嘘がばれていたとはな」

 顔を上げた二人は、顔を見合わせて苦笑いするしか無かった。


「ほら、みんなをお家に連れて帰ろう、もう暗くなって来たよ」

 レイの言葉に、ニコス達が慌てて家畜達を集めに走って行った。レイもそれに続き、走り回っていた黒頭鶏達を集めるのを手伝った。

「へえ、そんな事するんだ。夜は家に入れるんですか?」

 感心して見ているルークに、出遅れたタキスが説明した。

「この下の岩が、そのまま家になっています。騎竜達と家畜達の為の竜舎と厩舎がありますので、そこにそれぞれ入れてやります。また朝になったら、お天気の良い日はここに連れて来て離してやります。ところで竜達は如何なさいますか?」

 ここにいても良いし、庭に降りてもらう事も可能だろう。


「我は泉へ戻る。彼奴らはここで良いだろう。ここには良い水が湧いている」

 草原の端の小川は、確かにとても綺麗な水だ。少し離れた場所には、水の湧く水源もあった。

「ここの水は、森の泉と繋がっておるからな。良い水だぞ」

 自慢気なブルーの言葉に、二人は頷いた。

「ラピスが良い水だと言うのなら、そう言う意味でしょ。なら、ここで大丈夫だな」

「そうだな。必要なら森で狩りをさせるかと思っておったが、大丈夫な様だ」

「お待たせ! えっと、何の話? 水に良し悪しがあるの?」

丁度、家畜達を集めて戻って来たレイが、話を聞いて不思議そうにブルーと二人を見た。

「後で教えてあげるよ。じゃあパティ、俺達はここに泊まらせてもらうから、お前達はここでゆっくりしててくれ」

 ルークがそう言って竜の頭を撫でた。

「分かった、ラピスに教えてもらったから、良い水を飲んでおく」

 後ろではシリルも顔を上げて、ヴィゴに頭を撫でてもらっていた。


「それじゃあ降りようよ。あ!その前にお土産を運ばないと」

 レイの言葉に、皆笑って頷いた。ブルーの横には、取り外された幾つもの箱が積み上がっている。

 頷いたニコスとギードが、先に家畜達と騎竜達を連れて降り、大きな台車を持って上がって来た。それから皆で荷物を台車に積み込んだ。


 帰る前にブルーもレイに頭を撫でてもらい、満足した様に喉を鳴らした。

 手を振って台車を押して坂を下りていく一行を竜達は見送り、三頭は挨拶するように鳴き合って首を絡ませた。

 それからブルーは、ゆっくりと飛び去って行った。

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