神殿での演奏と内緒話
「ふう、演奏する人数が少ないとちょっと緊張するよね。うっかり間違えたらどうしようってさ」
演奏が一段落したところで、小さなため息を吐いたレイがごく小さな声でそう呟く。
今夜演奏した曲は、精霊王に捧げる歌をはじめとした普段から演奏し慣れている馴染みの曲ばかりだが、演奏しているのはレイ達竜騎士以外は神殿の神官達が数名だけで、演奏者は全部で十人しかいない。
ヴィオラはヴィゴを含めて五名、竪琴はレイだけで、ルークのハンマーダルシマーも一人だけ、フルートはタドラとあと一人、それから太鼓が一人だけだ。
さすがにこの人数だとそれぞれの演奏の音が大きく聞こえるので、人数がいるヴィオラ以外は間違ったら誤魔化しようが無い。一応、かなり緊張しながら一生懸命竪琴を演奏をしていたレイだった。
苦笑いしながらため息を吐くレイの視線の先には、ブルーのシルフとニコスのシルフ達が膝の上に並んで座ってこっちを見上げている。
『大丈夫だよ。今の其方なら、例え目を閉じていてもこの程度の演奏ならば間違いはしないさ』
面白がるようなブルーのシルフの言葉に、一瞬驚きに目を見開いたレイは困ったように笑って首を振った。
「確かに、ちょっとは演奏し慣れてきた気はするけどさあ。さすがに、目を閉じて演奏出来る自信は無いよ」
『おや、我はそうは思わぬがな』
「もう、ブルーは僕を買い被りすぎだよ。無茶言わないで」
「ん? どうかしたか?」
内緒話をしているところをルークに気づかれてしまい、少し顔を寄せたルークが心配そうにそう聞いてくれる。
「えっと、大丈夫です。ブルーがちょっと無茶を言うから反論してました」
誤魔化すように笑いながらそう言うと、逆にルークはレイに膝に座っているブルーのシルフを見て笑った。
「で、ラピスは何を言ったんだ?」
『なあに、今のレイならば、例え目を閉じていても演奏を間違いはしないと言ってやったのさ』
平然と答えたブルーのシルフの言葉に、ルークが吹き出しかけて誤魔化すように俯いて咳き込む。
「ちょっと、大丈夫ですか?」
慌てたレイが、腕を伸ばしてルークの背中をさすってやる。
「ごめん、ちょっと不意打ちだったよ。だけどまあ、今のレイルズなら確かに大丈夫そうだよな」
「ルークまで無茶言わないでください!」
焦ってうっかり声を出しかけて、慌てて口を塞ぐ。
またルークが横を向いて笑っているのを見て、レイは無言で口を尖らせるとルークの足をこっそり蹴っ飛ばしたのだった。
「実を言うと、俺は竜騎士になって一年目に、ここで半寝ぼけの状態で演奏した事ならあるぞ」
竪琴を抱え直して前を向いたところで耳元で不意に聞こえたルークの言葉に、またしてももう少しで声を上げるところだったレイは、もう一度慌てて自分の口を塞いで横を向いた。
「な、何をやってるんですか!」
隣に座るルークを見て、慌てたように小さな声でそう言って彼の膝を叩く。
「いや、前日ちょっと徹夜で書類をまとめていてさ。正直言ってかなり眠かったんだよ。それで月初めの神殿での祭事に、ヴィゴとマイリーと三人で参加した時にさあ……」
ちらりと横目でヴィゴを見ながら小さくそう言ったルークは、誤魔化すように笑って肩をすくめた。
「まあ一応、やらかす寸前でパティの使いのシルフが慌てて止めてくれたおかげで、まあ……その場はなんとかなったんだけどさ。さすがにすぐ近くにいた二人には当然気が付かれていたみたいで、後で二人がかりで思いっきり叱られたんだよ。気を抜きすぎだってさ」
「それって当然、ハンマーダルシマーで、ですよね?」
「もちろん」
「うわあ、それはいくらなんでも気を抜きすぎです。それは叱られて当然ですよ」
呆れたようにレイにそう言われて、ルークは笑いながら器用な事に泣く真似をしていた。
「全く、気を抜くのも大概にしろよ。まあ、レイルズは、そんな事はせぬと信じているからな」
「うわ。聞こえてた」
苦笑いしたヴィゴに横から呆れたようにそう言われて、ルークは笑いながらそう言って肩をすくめる。
「僕、いくらなんでもそんな恐ろしい事しません!」
笑って断言したレイは、そろそろ次の演奏時間になったのに気付いて慌てて居住まいを正して竪琴を構え直した。
ルークもため息を一つ吐いて、小さく笑って肩をすくめると、改めて背筋を伸ばして手にしていたハンマーを持ち直した。
指揮を担当している神官の合図に合わせて、二人は揃って素知らぬ顔で前奏部分を弾き始めたのだった。




