竜騎士としての務め
「はあ、やっと片付いた〜〜〜!」
ティミーにも手伝ってもらい、かなりの時間をかけてようやくルークの予備机の書類を全て片付けたレイは、大きなため息と共にそう言って、置いてあった丸椅子に座って腕を伸ばした。
「お疲れ様でした。でも、まだもう一山残っていますから、安心は出来ませんよ」
こちらはたったままで背筋を伸ばしていたティミーが、苦笑いしながらルークの机を指差す。
「まあ、あれくらいなら……夕食までには片付くと思うよ。多分」
「多分かよ」
笑ったロベリオの呟きに、レイとティミーが揃って振り返る。
「だって、本当にすごい量なんですから」
「本当に、ルークもマイリーも散らかしすぎです!」
「大丈夫だ。どこに何があるかは大体把握している」
「それはさっきも聞きました〜〜それに片付けちゃったから、前とは場所が変わっていますから、もうどこに何があるか分かりませんよ〜〜」
笑ったレイの言葉に、顔を上げたルークとマイリーが無言で顔を見合わせる。
「そうか。じゃあ仕事がしやすいように適当に散らかさないとな」
真顔でそういったマイリーの言葉に、レイとティミーが揃って吹き出す。
「散らかし禁止です! ちょっとは自分で片付けてくださいって!」
「そうだな。引き続き頼りにしてるよ」
「うああ、全然自分で片付ける気ないし〜〜」
鼻で笑ったマイリーの言葉にわざとらしくレイが叫び、あちこちから吹き出す音が聞こえたのだった。
その後、ルークの机の上も二人がかりで綺麗に片付け、それが終わったところで一度休憩を挟んで時間いっぱいまでは、ルークから渡された今後の祭事に関する詳しい資料を読んだり、ルークから出されている宿題の、過去の様々な事例の資料を元に自分なりにまとめる練習をしたりして過ごした。
時折、わからないときは素直にルークに教えてもらいつつ、真剣な様子で書類に向き合うレイの様子を、ブルーのシルフは近くに来て時に何も言わずに愛おしげに見つめていたのだった。
早めの夕食を食べた後は、城へ戻るアルス皇子を見送り、レイはルークとヴィゴとタドラと一緒に精霊王の神殿へ向かった。
神殿で一晩中続く祈りと共に定期的に演奏と歌が精霊王に捧げられるので、その伴奏の応援のためだ。
ひとまず竜騎士の為の専用の控え室へ向かい、そこで届けられた竪琴と肩掛けの確認を行う。
「えっと、深夜にはマイリー達が来てくれて交代するんですよね。もう戻るだけですか?」
予備の竪琴の調弦の確認をしながらルークを振り返る。
「おう、交代したらそのまま部屋に戻ってくれて構わないよ。明日は俺達は交代で休む予定だからさ」
「僕は訓練所へ行っていいんですよね。カウリとティミーも一緒ですか?」
「カウリは朝には屋敷に戻るって聞いているよ。ティミーは訓練所だから一緒に行くといい。だけど彼は明日は一日、基礎医学の実技前の詳しい説明があるって聞いているよ」
「ティミーは本当に凄いなあ。僕ももっと頑張らないとね」
小さなため息を一つ吐いたレイは、小さくそう呟いて予備の竪琴の弦をそっと弾いた。
「そう言えば、降誕祭が終わったところなのに、また一晩中お祈りを捧げるんですね」
手にした肩掛けを確認しながらレイが小さくそう呟く。
「降誕祭から年明けまで、神殿ではほぼ切れ目なくさまざまな祭事が続くからね。降誕祭の期間中と違うのは、全部に俺達が参加するわけじゃあないって事だな。今みたいに交代で参加するものが多いね」
ルークの説明に納得して小さく頷く。
「この辺りって、今後はジャスミンやニーカに主に担当してもらうものが多いね。彼女達が正式に紹介されて表舞台に出るようになれば、僕達はもう少し楽が出来るようになるかなあ」
笑ったタドラの言葉にレイも笑顔になる。
「そっか、確かにこの辺りは主に彼女達に担当してもらえそうなところですね」
「だけどさ。ここで言うのもなんだけど、神殿側はとにかく何でもかんでも祭事とあらば彼女達に参加して欲しいみたいで、あっちの希望を全部聞いたら、三日くらい飲まず食わずでずっと張り付いていないといけなくなるような時期が何度もあるんだよね。ヴィゴじゃああるまいし、十代の少女の体力を考えてよねって、割と本気で怒りそうになった事が何度もあるよ」
呆れたようなタドラの言葉に、ルークとヴィゴが揃って吹き出す。
「ヴィゴじゃああるまいしって言ったし」
笑ったルークの言葉に、ヴィオラを置いて腕を組んだヴィゴがうんうんと頷く。
「だがまあ、確かに三日程度なら俺は別に大丈夫だけどな」
「僕も大丈夫です〜〜!」
ヴィゴの言葉にレイが無邪気な様子でそう答え、ルークとタドラは揃ってもう一回吹き出したのだった。
準備が整ったところで、それぞれの楽器と肩掛けを持って精霊王の祭壇のある一番広い礼拝堂へ向かう。
用意されていた竜騎士専用の席に一旦楽器と肩掛けを置いて、まずは精霊王の祭壇へ参拝に向かう。
レイの順番は最後なので、先に正式な手順で参拝する三人をレイは目を輝かせて見つめていた。
「やっぱり格好良いよなあ。僕も早くあんな風になりたいなあ」
ごく小さな声でそう呟き、戻ってきたタドラと交代してレイも祭壇へ向かった。
礼拝堂内には夜にもかかわらず大勢の人達がいて、真剣な様子で参拝するレイを見つめていた。
同世代の少年少女達からは、少しの嫉妬と尊敬と羨望の眼差しを、レイよりも年上の人達の多くは保護者目線で彼を見ている。
中には生粋の血統主義の人などもいて忌々しげに彼らを睨みつけている人もいたが、それは最近ではごく少数だ。
参拝を終えて背筋を伸ばして堂々と席へ戻るレイの背中を、さまざまな感情のこもった多くの人の視線が追いかけていたのだった。




