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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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蒼の森へ

 庭に出ると、一際大きなブルーの隣に濃い赤のシリルと真っ白なパティが鞍をつけた状態で並んで待っていた。

 何度見ても、ブルーと他の竜達との大きさは桁が違う。

「お待たせブルー。やっと蒼の森へ帰れるよ」

 差し出された大きな頭に抱きついてその額にキスをした。すると、背後の建物の窓や、庭の端に出て来ていた大勢の人達から大きなどよめきが起こった。

「え?何?」

 驚くレイに、ブルーが楽しそうに笑って教えてくれた。

「皆、我の大きさに驚いておるのだ。その我を恐れもせずに抱きしめた、其方にも驚いておる」

「えっと、僕はブルーの事怖く無いよ?」

「もちろんだ。そんなこと言われたら、我は悲しくて死んでしまうかも知れぬぞ」

「それは絶対駄目!」

 慌てて大きな頭を抱きしめると、もう一度キスをした。


「レイルズ。体に気をつけてね。冬には元気な姿を見せてくれるのを楽しみにしていますよ」

 背後から聞こえた声に、レイは慌てて振り返った。

「マティルダ様。お世話になりました。あ、僕の竜のブルーです。えっと、守護石は……」

 何と言ったら良いのか分からなくて、とにかくブルーをマティルダ様に紹介した。しかし、ブルーの聞き慣れない守護石の名前がすぐに出てこない。

「ラピスラズリだ。ラピスと呼ぶが良い」

 慌てたレイの言葉を、目を細めたブルーが引き継いで言ってくれた。

「改めて初めまして、蒼き古竜ラピスラズリよ」

 差し出された王妃の手が自分の額を撫でるのを、ブルーは目を閉じて大人しく受け止めた。

「貴方に良き風が吹きますように。これから主と共にあるこの国の事、どうかよろしくお願いします」

「うむ、確かに引き受けた。良き火と水と風と土の精霊達の守りが共にあらん事を」

 ブルーの静かな宣言に、今度は背後から静かなどよめきが起こった。

「ありがとう、ラピスラズリよ」

 頷いた王妃が、背後に合図すると、大きな箱を幾つも乗せた台車を押した兵士達が現れた。

「これは、私と陛下からのせめてもの贈り物です。どうぞ持って帰ってください」

 兵士達は、大きな箱を重ねて紐で縛ると、手早く網で全部を包んでまとめてしまった。先程ガンディが持って来た本達も一緒だ。

「成る程、それを我が持つのか」

「はい、そうです。その為のベルトを体に装着しますので、背中に乗らせていただきます。失礼します」

 第二部隊の兵士が、ブルーに断って梯子をかけてその背に乗った。また背後からざわめきが聞こえた。

 数人がかりで手早くブルーの体にベルトを取り付けると、荷物を包んだ網の両端を持って来て、専用の金具に厳重に何箇所も取り付けた。

 何度も金具を確かめてから、ようやくその背中から降りて来た。

「お待たせしました。準備完了しました」

 待っていたレイに敬礼すると、兵士達は後ろに下がった。

「ではここで一旦お別れですね。レイルズ、次に会える日を待っていますからね」

 優しく抱きしめて頬にキスをされた。そっと抱き返して、同じく頬にキスを返した。

「はい、マティルダ様も、サマンサ様も、陛下も……皆様、どうかお元気で」

 もう一度抱きしめてくれたその手が離れた時、レイはなんとも言えない寂しさを感じていた。


「それでは帰るとしよう。二人共乗るが良い」

 そう言って、いつものように頭を下げようとしたブルーの動きが止まった。胸元に取り付けられた荷物が邪魔で、伏せられないのだ。

「大丈夫だよ。ここから行こうよ」

 それを見て笑ったレイが、座るブルーの後ろ足に登ってタキスを引き上げた。そのまま脇腹を登って背中に回り、いつもの位置に並んで座った。

「ほら、これで大丈夫だよ」

 自慢気にブルーを見上げて笑うレイに、ブルーは嬉しそうに喉を鳴らした。


 出発準備が整った事を見て後ろに下がったマティルダ様に、もう一度手を振って前を向いたレイは、そっと呟いた。

「森へ帰ろう。ブルー」

 その声に大きく翼を広げたブルーが、ゆっくりと上昇する。それを見て、ヴィゴとルークの乗った竜達も後を追って上昇した。

 ヴィゴの乗るシリルが先頭でその後ろにルークの乗るパティ、その後ろにブルーが並んだ。

 下から湧き上がる歓声に見送られて、三頭の竜は蒼の森を目指して西に向かって飛び立った。


「あ、皆来てくれたよ!」

 城から離れて街道から少し離れた上空を飛んでいた時、急にシルフに髪を引っ張られた。

 不思議に思い振り返ったレイは、近づいて来る影に気付いて嬉しそうに声を上げた。

 彼らが飛び立った事を確認した竜騎士達が、全員揃って竜と一緒に見送りに来てくれたのだった。

「レイルズ!ちゃんと毎日お薬飲むんだよ!」

「元気でな!」

「体に気をつけてね!」

 ロベリオとユージン、タドラの声がすぐ近くで聞こえた。

「ありがとうございました! えっと、皆様もどうかお元気で!」

 胸が一杯になって、なんと言っていいのか分からなくて、ありふれた言葉しか出て来なかった。

 すぐ近くまで来てくれたマイリーが、笑って手を振ってくれた。

「元気でいろよ。待ってるからな。冬迄なんて、あっという間だぞ」

「はい。よろしくお願いします!」

 マイリーの笑顔に安心して、レイも笑って手を振った。

「レイルズ、待ってるよ」

 アルス皇子の短い言葉にレイは大きく頷いた。

「はい!僕も楽しみにしています!よろしくお願いします!」

 身を乗り出すようにして、大きな声で両手を振って叫んだ。慌てたタキスが、背後からしっかりと身体を抱きしめてくれた。

「それじゃあね」

 右手を上げたアルス皇子がそう言って、翼を広げた竜が身を翻して離れて行った。マイリーの竜がそれに続く。ロベリオ達三人の竜も、同じように離れて行った。

 背の上で手を振ってくれた。

「ありがとうございました!」

 振り返って、遠ざかる影にもう一度大きな声で力一杯叫ぶ。

 振り向かずに、五人は手を突き上げてくれた。


「粋な事をして下さる。良かったですねレイ、もう一度皆に会えて」

 実は先程の出発の時、竜騎士達の姿が無かった事をレイは寂しがっていたのだが、忙しいであろう皆に気を使って何も言わなかった。

 タキスも、忙しそうにしていたマイリーを思い出して密かに心配していた。


 何かあったのだろうか?


 しかし、すぐに思い直した。

 今の自分達にはまだ、彼らの為に出来る事などありはし無い。今の自分に出来るのは、レイを森へ連れて帰り、冬までの間しっかりと守り、元気でいさせる事だ。

 腕の中の愛しい存在を、タキスはもう一度無言で抱きしめたのだった。



「そういえば、ルークの腕の怪我って……竜に乗っても大丈夫なの?」

 しばらく無言で飛んでいたのだが、不意にレイが顔を上げて聞いてきた。

「ああ、私も心配になって念の為ガンディに聞きました。お怪我自体はもう殆ど治っているそうですよ。今は、落ちてしまった筋肉を戻す為のマッサージや簡単な運動訓練をされているようですね。マッサージは私も出来ますから、森にいる間は私がお世話しますよ」

「心配してくれてありがとうな。大丈夫だよ。ガンディから特別製のお薬を処方してもらってから、本当に回復が早いんだ。でもまあ、まだ思ったように動かないから、いろいろ面倒だけどな」

「面倒って?」

 思わず聞き返したレイに、ルークは笑って左腕を少し持ち上げた。

「動くのはかなり出来るようになったんだけど、握力はまだ全然でね。日常生活が困る事だらけ!」

「えっと、何が困るの?」

「何が困るって、手洗いに行ってズボンを下げた時! いや本当に片手で上げられないんだぞ。お前、今度一度やってみろ! 本当に全然上がらないから」

 それを聞いたレイとタキスは同時に吹き出した。前で聞いていたヴィゴの吹き出す声も、シルフが律儀に飛ばしてくれた。

 自分で言っておいて、ルークも大笑いしている。

「他にも例えば書類にサインする時のインク壺の蓋、普段なら左手で開けて右手のペンをそのままつけて書くだろ。で、用事が済めばすぐに蓋をする。でも、左手が言う事聞かないと、一旦ペンを置いてまず右手で蓋を開ける。それでようやく開いたペンをインクにつけると今度は右手にはインクのついたペンがあるから蓋が閉められない。面倒だからそのまま蓋を外して置いてて、インク壺をうっかり何回転がした事か」

「ああ、それは分かります。私も右手に怪我をした時に、片手の不自由は思い知りましたからね」

 何度も頷くタキスに、レイが驚いて振り返った。

「白の塔にいた頃、自分の失敗で右手の骨を折る怪我をしてしまった事があるんですよ。まだ独身だった頃でしたから、本当に大変でしたね。何しろ服のボタン一つ止められないんですから。結局、医療棟にひと月近く入院して何から何までお世話になりましたよ」

 そう言ってタキスは、右手首の少し下のあたりを撫でながら苦笑いしている。

「うわあ、俺は左手だからまだ大丈夫だったけど、右手を怪我すると本当に大変ですよね。それこそ、食事するのも一苦労だったでしょう」

「そうですよ。寮には食堂があったから自分で作らなくてすみましたけど、自室に戻った後も、食事の度に毎回頼んで細かく切ってもらってました。それなら何とか左手でも食べられましたからね」

「まあ、皆一つや二つはそう言った経験をしているな」

 前を飛んでいるヴィゴの笑ったような声が聞こえた。

「ヴィゴも、どこか怪我した事あるんですか?」

 レイの質問に、ヴィゴが笑って教えてくれた。

「まあ、医療棟に入院する程の怪我は……4回、いや、5回かな」

「えっと、それって……」

「まだ竜騎士になる前だったが、俺は地方貴族の三男でな。まあ家を継ぐ必要もなかったから、軍人になったんだが、この体格と剣の腕のおかげで常に最前線……俺は捕虜になった事は無いが、よく五体満足だったと、今なら思うような怪我もしてるぞ」

 思わずタキスはレイを抱きしめた。

「竜騎士になってからは、常に竜の背の上だからな、シリルのおかげで怪我をした事は無いぞ」

「俺も、竜騎士になってからも怪我するなんて思ってませんでしたよ」

「竜の背の上で怪我をしたのか?シルフ達は何をしていた」

 黙って話を聞いていたブルーが、突然会話に割り込んできた。

「もちろんちゃんと守らせてましたよ。でも、まあ……相手の方が一枚上手だったって事です」

「シルフの守りを破られたのか?」

 驚くようなブルーの声に、現れたシルフ達が申し訳なさそうに俯いたが、顔を上げて口々に騒ぎ出した。

『ちゃんと守ってた』

『でもあの矢は突き抜けてきた』

『強すぎて止められなかった』

『悔しい悔しい』

『悔しい悔しい』

 シルフ達も、自分の好きな人を守れなかった事を相当悔やんでいるようだった。

「竜を介しての、シルフの守りさえも突き抜ける程の勢いのある矢を放った? それは……本当に人間か?」

 不思議そうなブルーの声に、ルークは頷いた。

「少なくとも見かけは人間だったと思いますよ。ねえヴィゴ」

「ああ、黒い服だったがタガルノの軍服とは少し違っていたように思う。しかも、そいつに俺の放ったカマイタチを片手で止められた。挙句に、ラプトルの足を取って転がしてやったら、目の前で転移の術で一瞬にして逃げられてしまった。今思い出しても屈辱で(はらわた)が煮え繰り返るぞ」

 本当に心底悔しそうなヴィゴの声を聞いて、レイとタキスは思わず顔を見合わせた。

「それって……」

 レイは、ブレンウッドの街で出会ったアルカディアの民のお兄さん達を思い出していた。

 あの彼らが着ていたのも、真っ黒な見た事の無い服だった。しかも、精霊使いとしても相当の高位だろうとニコスが言っていた。

「それは、恐らくアルカディアの民でしょう。彼らの中にはタガルノで傭兵をしている者もいると、以前ニコスが言っていたのを聞いた事があります」

「ええ、俺もそう思います。でも本当にそうなら、当の本人を見つける事はまず無理でしょうね。シルフが守ってくれているからと俺に油断があったのも事実です。まあ、次があればもっと上手くやります」

 タキスの言葉に、ルークも悔しそうに苦笑いして肩を竦めた。

「竜騎士様って、大変なんだね」

 俯いてブルーの首を撫でながら、小さな声でレイが呟いた。

「大丈夫ですか? ……それが貴方に出来ますか?」

 心配になって、思わずタキスはそう言っていた。彼が本当に嫌だと言うのならどうすれば良いのだろう。

「分かんないよ、そんなの。でも僕、ずっと思ってる事があるよ」

 顔を上げたレイが、タキスの目を見つめる。

「何を思ってるんですか?」

 照れたように笑ったレイは目を逸らして前を向いてしまった。もうレイの表情は見えなくなった。

「僕の住んでた村が野盗の群れに襲われた時、自分に、皆を守れる力があればって……何度もそう思った。あの時の僕は、力も弱くて小さかったから、怪我をした母さんを支える事さえ出来なかった。悔しかった。本当に悔しかった。だから……僕、大きくなったでしょ。力も付いてきて、出来なかった色んな事が出来るようになった。だから今度は僕が守るんだって。弱くて小さいあの時の僕をね」

 ルークとヴィゴは、黙ってそれを聞いて頷いてくれた。


 レイはもう、戦場を知っている。

 その上で、守られる側にいて怯えて蹲っているのでは無く、自分の足で立ってその手に剣を持つ事を選んだのだ。

「それは頼もしいな。覚悟しておけよ。しっかり教えてやろう」

 ヴィゴのその言葉に、レイは顔を上げて歓声を上げたのだった。

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