竜舎にて
「本当に素晴らしい時間を、ありがとうございました。まだ夢を見ているみたいです」
胸を押さえて一つ深呼吸をしたクラウディアが、満面の笑みでそう言って竜騎士達に頭を下げる。
ニーカはジャスミンと一緒に着替えの為に、一旦下がって部屋に行っているのでこの場にはいない。
「この後、竜舎へ行ってニーカとジャスミンをクロサイトとルチルに会わせるからね。せっかくだから君も一緒に来るといい」
ルークの言葉に何か言いかけたクラウディアだったが、隣に座っているレイが満面の笑みで頷くのを見て、何も言わずに頷く。
「はい、では厚かましいですが、ご一緒させていただきます」
そう言って、座ったまま一礼する。
「お待たせしました!」
その時、いつもの巫女服に着替えたニーカとジャスミンが揃って部屋に戻って来た。
「いつものニーカに戻ったわね。でも、ちょっとお顔がスッキリしたみたい」
振り返ったクラウディアの言葉に、ニーカが照れたように笑う。少々眉を整えて産毛を剃っただけで、素顔に戻ったニーカの顔が妙に大人びて見えてレイも驚いている。
「あら、ディアだっていつもより美人になってるわよ。へえ、すごいわ。産毛を剃るだけでこんなに変わるのね」
わざとらしくそう言って、クラウディアの頬を両手で包んで顔を覗き込む。
「侍女さん達に、薬草を使った保水液の作り方や簡単な普段のお肌のお手入れの仕方を教えていただいたから、戻ったら皆にも教えてあげるわ。冬場は乾燥が酷いから、肌が荒れて頬や唇がパサパサになってる子もいるものね」
笑ったニーカの言葉にジャスミンも笑顔で頷いている。
「うん、保湿用のクリームの大きな瓶も頂いたから、これは洗面所に置いておいて皆に使ってもらいましょう」
ジャスミンの言葉にニーカも満面の笑みになる。
実はジャスミンの発案で、侍女達にお願いして普段使っている保湿用のクリームを大きな瓶で作っておいてもらったのだ。
「過度なお化粧は駄目だけど、お肌を保護する為の日常のちょっとしたお手入れ程度は許してもらえるって聞いたからね」
ジャスミンの得意げな言葉に、クラウディアとニーカも笑顔で頷く。
ジャスミンは、当然以前から様々な保水液や薬草を練り込んだクリームなどを使った肌の手入れや髪の手入れを日常的にしている。神殿にいる間も彼女は個室を使っているので、その程度のことは自分で行なっている。
だが市井の、特に貧しい農家の出身の子達にはそもそもお肌の手入れをするという発想すらなく、真冬の乾燥した時期にはカサカサの頬やひび割れた唇、アカギレやしもやけだらけの手で保湿用のクリームすら塗らずにお務めをしている子も多い。
ジャスミンはそんな彼女達を見て、少しでも助けになれればと考えたのだ。
「きっと皆喜ぶと思うわ。ありがとうね」
ニーカも、ジャスミンから聞くまではそんなのは考えた事さえなかった。お化粧と言うのは、貴族の女性がするものだと思っていたからだ。
その後、ボナギル伯爵夫妻やヴィッセラート伯爵夫人、マークとキムも同行して、ニーカ達は竜騎士達と共に竜舎へ向かった。
すっかり日が暮れて辺りは真っ暗になっているが、煌々と焚かれた篝火に照らされた巨大な竜舎の周囲は真昼のように明るい。
開いたままになっている竜舎の中は、竜達が呼んだ光の精霊のおかげでここも真昼のような明るさを保っている。
「スマイリー!」
竜舎に駆け込んだニーカは、両手を広げて愛しい竜に飛びついた。
「待っていたよニーカ。来てくれてありがとうね」
小さな体に頭を擦り付けながら、コロコロと鈴を鳴らすような可愛らしい音で喉を鳴らすクロサイト
ニーカの後ろから一緒に駆け寄ったクラウディアは、ニーカに言われてクロサイトの鼻先を撫でさせてもらって、笑顔でクロサイトに何か話しかけている。
ジャスミンは、ボナギル伯爵夫妻に目を輝かせてルチルを改めて紹介しているし、ティミーも久し振りに会った愛しい竜に飛びつき、追いかけて側へ来てくれた母上に得意そうにターコイズを紹介していた。
皆がそれぞれ自分の竜のところへ駆け寄るのを見て、取り残されてしまったレイは、少し寂しそうに小さなため息を吐いて、マークとキムと顔を見合わせて笑い合った。
「あの、レイルズ様の竜は、ここにはいないのですか?」
父親であるヴィゴの竜に挨拶をしたアミディアが、寂しそうにポツンと立っているレイを振り返って不思議そうにそう尋ねる。
「えっと、僕の竜は体がとても大きいから、ここの竜舎に入れないんだ。だから普段は西の離宮の横にある湖で暮らしているんだよ」
「ええ、ここに入れないんですか?」
遥かに高い天井を見上げたアミディアの言葉に、竜騎士達は苦笑いしている。
「おやおや、愛しい主殿に自分だけ会えないのは我慢ならなかったようだな。ラピスの主殿。庭に出てみるといい」
面白そうに喉を鳴らしたルビーの言葉に、レイは目を見開く。
周りを見回して、いつも側にいるブルーの使いのシルフがいなくなっているのに気付いたレイは、満面の笑みで外へ駆け出していった。
竜舎の横は、広い中庭になっていてその奥にお城から続く渡り廊下があり本部へ続いている。
その中庭にゆっくりと降りてくる巨大な影を見て、レイはたまらずに駆け寄って行った。
「ブルー!」
地面に降り立った巨大な姿を見上げて、差し出された大きな頭に両手を広げて抱きつく。
「会いたかったから、来てくれて嬉しい! ありがとうね」
「ああ、我も会いたかったからな」
嬉しそうにそう言って、レイの体に鼻先を擦り付けながらブルーは喉を鳴らした。地響きのような音が中庭いっぱいに響き渡る。
竜舎から出て来た見学者達は、目の前の光景に揃って驚きに目を見開いて固まっている。
祖父が竜騎士だった事もあり竜騎士隊の支援を長年しているボナギル伯爵やヴィゴの家族は、何度もここに来ているのでルビーやターコイズのような巨大な竜も見慣れていると思っていた。
だが、目の前に降り立った巨大な竜は、そんな常識を全て跳ね飛ばすほどの圧倒的なまでの威圧感と存在感を放っていた。
「こ、これはなんと見事な……まさに、古竜以外の何者でもありません、な……」
首が痛くなるほどに見上げたボナギル伯爵の呟きに、呆然と口を開けたヴィッセラート伯爵夫人がコクコクと言葉もなく頷いている。
何度も離宮でブルーを見ているマーク達やクラウディアも、改めて見たブルーの巨大さに圧倒されていたのだった。




