マークの頑張りと二人の恋路
「ええと、これはその……俺から……です」
まだ耳どころか首まで真っ赤になったままのマークが、ポケットから取り出した小さな包みを素早くジャスミンに押し付けるようにして渡す。
「あ、ありがとう。ええと、開けてもいい?」
「も、もちろん!」
受け取ったジャスミンも真っ赤な顔でそう尋ねて、マークの答えに嬉しそうに笑って受け取った小さな包みを開けようとして気がついた。
両親であるボナギル伯爵夫妻を含めたこの部屋にいる全員が、満面の笑みで自分達を見つめている事に。
声泣き悲鳴を上げて顔を覆ったジャスミンは、くるりと体ごと向きを変えて皆に背中を向けた。
それから、気分を落ち着かせるように小さな深呼吸を一つしてからこっそり隠して包みを開いた。
包みの中に入っていたのは小さな装飾品を入れておく為の小箱で、蔓草模様の布が全体に貼り付けてあり、小箱自体もとても綺麗だ。
「まあ、綺麗な小箱ね」
笑顔でそう言って、小箱を撫でてからそっと開く。
「まあ、これは胡桃細工ね! 素敵!」
中に入っていたのは小さな胡桃の殻で、しかしジャスミンは笑顔でそれを取り出してそっと開いた。
それは胡桃の殻に小さな蝶番を取り付けて開くように加工して、中の空洞部分に彫刻をしたりする胡桃細工と呼ばれる装飾品だ。作る大きさが小さく限られる為細工が難しく、胡桃細工を見れば製作者の腕が分かるとも言われている。
「花とシルフ。なんて綺麗なのかしら」
手の中のそれを見たジャスミンが、うっとりとそう呟く。
複雑な胡桃の内側部分を削り出して作られていたのは、小さなスミレの花に集まるシルフ達だ。
呼びもしないのに勝手に集まってきて贈り物の交換会を見守っていたシルフ達が、自分達が彫られた胡桃細工を見て、大喜びではしゃぎ回っている。
中には、胡桃細工の横へ行って一緒になってスミレの花を撫で始める子もいる。
「うわあ、凄い! 小さな胡桃の中に花とシルフ達がいるわ。本当にすごく綺麗ね。でも……これ、高そうね」
横からジャスミンの手元を覗き込んだニーカの無邪気で遠慮のない発言に、あちこちから笑いがもれる。
「そ、そりゃあ俺だって頑張ったよ! って、いや、その、ええと……」
反射的に言い返して胸を張りかけたマークだったが、部屋中の視線を集めているのに気付いてさらに真っ赤になる。
「そりゃあ、そうよね! 愛しの彼女への降誕祭の贈り物が、普段と一緒ならそれはちょっと違うもんね〜〜!」
満面の笑みになったニーカの言葉に、悲鳴をあげたマークが顔を覆って膝から崩れ落ちる。
「言うな〜〜〜!」
そして、床に突っ伏したまま叫ぶ。
それを見てとうとう我慢出来なくなったジャスミンが吹き出してしまい、部屋は暖かな笑いに包まれたのだった。
実を言うとこの胡桃細工は、普通ならマークには決して手が出ない程の値段の物だ。
だが、ジャスミンとマークの仲を知ったクッキーが頑張ってくれて、通常価格よりもかなり下げてくれたおかげでマークでも何とか購入する事が出来たのだ。
本人曰く、これは長い間売れずに在庫としてあるものだから、うちとしても買ってくれるのならお値段は勉強しますよ? なのだそうだ。
友人の粋な計らいに心から感謝をしたマークだった。
レイは皆と一緒になって笑いながら、ボナギル伯爵夫妻の様子をこっそり横目で確認せずにはいられなかった。
養女とは言え、娘であるジャスミンに近付くマークの事をお二人はどう思っておられるのだろう。
確かに優秀な兵士であり、精霊魔法の腕を陛下からも高く評価されているマークだが、今のところ身分としては一般出身の軍曹でしかない。
竜の主であり伯爵家の一人娘であるジャスミンと、到底釣り合いが取れるような身分ではない。
しかし、そんなレイの心配をよそに、二人とも真っ赤になるジャスミンとマークを穏やかな笑顔で愛おしげに見つめている。
少なくとも現状、お二人がマークとジャスミンの恋路を反対している様子が無い事に、レイは密かに胸を撫で下ろしていたのだった。




