蜂蜜の重要性
「ああ、口が苦い! 蜂蜜〜〜!」
顔をしかめたニーカの叫びにクラウディアも口を押さえたままうんうんと頷き、先ほど使った蜂蜜の瓶をニーカがスプーンと一緒に手に取る。
それを見て苦笑いしたジャスミンが、離れたところに置いてあったもう一本の蜂蜜の瓶をクラウディアに渡し、受け取ったクラウディアもスプーンに蜂蜜を入れて大急ぎで口に含んだ。
レイもクラウディアが使ったハチミツの瓶を受け取り、大急ぎでスプーンに取ってから口に含んだ。
三人の安堵のため息が順に聞こえたところで、また皆が笑う。
「はあ、歴代の竜騎士の皆様が、何も入れずにカナエ草のお茶を飲んでいた理由がよく分かりました。これを集めてくれた蜜蜂たちに心からの感謝を捧げます〜〜!」
苦味による痺れがようやく治ったところで、蜂蜜の瓶を捧げ持つようにして頭上にかざしたレイの言葉にクラウディアとニーカも首がもげそうな勢いで頷く。
「分かったみたいだな。カナエ草のお茶は、何故かは分からないんだけど、本当に何を入れても苦味が増すだけなんだよなあ。だけどまあ、今となっては、どうして今まで誰もカナエ草のお茶に蜂蜜を入れようとしなかったんだよって話だけど、確かに俺も、蜂蜜は思いつかなかった」
カナエ草のお茶の入ったカップを見ながら、ルークが苦笑いしている。
「確かにそうですわね。蜂蜜は調理の際に使うくらいで、そもそもお茶の際にテーブルに甘味として出される事が無かったから……でしょうか?」
首を傾げたイデア夫人の言葉に、レイが蜂蜜の瓶を見る。
「あれ? そうなんだ。僕がいた森のお家では、パンケーキを食べる時にはテーブルに蜂蜜の瓶があったけどね」
ニコスが焼いてくれたふわふわなパンケーキを思い出しながら首を傾げていると、それを聞いたルークも首を傾げている。
「あれ? パンケーキにかけてあるシロップって……蜂蜜とは少し違っていた気がするけどな? あまり気にした事なかったけど、あれってそもそも何のシロップなんだ?」
「あ、確かにそうかも……ええ、そう言われてみれば、確かにこっちで食べたパンケーキのシロップは、ちょっと味が違った気がする。ええ、あれも変わった味の蜂蜜なんだと思っていたけど、違うのかな? それなら、あれって何なんだろう?」
手にした蜂蜜の瓶を見たレイもそう呟いて顔を上げて、ルークと顔を見合わせて揃ってもう一度首を傾げる。
その様子を見ていた一人の執事が、ワゴンから小さな瓶を持ってきてレイの目の前に置いた。
「パンケーキをお召し上がりになる際には、基本的にこちらを使っておりました。今では、蜂蜜の流通が増えましたので、お好みを聞いてどちらかを使うようにいたしております」
置かれた瓶の中には、蜂蜜と同じような綺麗な焦茶色の液体が入っている。
「これは、何のシロップなんですか?」
興味津々のレイの質問に、執事が一礼する。
「それは、楓の木の樹液だと聞いております。なんでも、樹木に傷をつけて、時間をかけてそこから滲み出したものを集めるのだとか。味や風味は、蜂蜜とはかなり違いますね」
「へえ、それは初めて聞きました。ちょっと味見」
そう言って、先程のスプーンにそれを入れて口に含む。
「ああ、本当だ! 甘さは蜂蜜の方が強いけど、こっちも美味しい」
無邪気な言葉に、笑いが起こる。
ニーカとクラウディアが同じように口にして、無邪気に美味しいと大喜びしているのを大人達は面白そうに眺めていた。
楓の樹液も蜂蜜も、基本的には贅沢品なので庶民の口にはほとんど入らないものだ。一部、お菓子などに使われる事はあるが、そもそもお菓子は決して安い値段ではない。おそらく彼女達は楓の樹液を原液で舐めるのは初めてだろう。
「ちなみに、これをカナエ草のお茶に入れるのは……」
無言でルーク達が揃って首を振るのを見て、レイは黙って楓の樹液の入った瓶をテーブルに戻した。
そのあとは、新たに追加で用意されたお菓子を少女達が大喜びで取りに行き、和やかな時間が過ぎて行ったのだった。




