少女達
「全部、すっごく美味しそうね。どれを取ろうか迷っちゃうわ」
料理を取りに行ったニーカが、目の前に追加で並べられた料理の数々を見て目を輝かせる。
「気が済むまで迷ってちょうだい。私はその鶏肉をいただくわ」
「ああ、待って。それ私も食べてみたい」
ジャスミンがそう言って空になったお皿を手に立ち上がるのを見て、クラウディアも慌てて立ち上がる。
仲良く顔を寄せて内緒話をしながら料理を選んでいる少女達を、貴腐ワインを手にしたレイはうっとりと眺めていた。
「レイルズ君は、そんなだらしない顔をして、一体何を見ているのかなあ?」
赤ワインを手にしたカウリがにんまりと笑いながらそう言ってレイの隣に座る。
「べ、別に、にゃにも見ていましぇん! はぐっ!」
誤魔化すように慌てたレイが、盛大に舌を噛んで背もたれに倒れ込んで悶絶している。
手にしていた貴腐ワインが入ったグラスが思い切り斜めになっているが、呆れたような顔をしたウィンディーネが、文字通りワインがこぼれないようにグラスの縁に座ってワインを押さえてくれている。
「おう、ありがとうな。姫」
呆れたように笑ったカウリが、そう言ってレイの手からグラスを取り上げてテーブルに置く。
「あら、どうしたのレイ?」
口元を押さえてまだ悶絶しているレイを、ちょうど戻ってきたクラウディアが不思議そうに覗き込む。
「カウリ様、後輩をいじめちゃ駄目ですよ」
「そうだそうだ〜〜いじめちゃ駄目ですよ〜〜」
ニーカとジャスミンが笑いながらそう言ってクラウディアの背後から顔だけ覗かせで笑っている。
「いやいや、今のはこいつが自分で自分の舌を噛んだだけですって。俺は何もしていないよ」
両手を顔の前に広げたカウリの言葉に、腹筋を駆使して復活して起き上がったレイが飛びかかる。
「何もしてないわけないです! どの口が言うか〜〜!」
カウリの頬を掴もうとしたが、残念ながら柔らかいレイの頬と違って薄くて柔らかくないカウリの頬はあまり掴めない。
「掴めない〜〜〜」
笑ったレイが、カウリの頬を両手で揉んでくすぐる。
「こらこら、俺の顔で遊ぶんじゃあないよ。子供か、お前は」
笑ってレイの脇腹をくすぐり、予想外の攻撃に悲鳴を上げたレイがまた悶絶してソファーに倒れ込むのを見て、あちこちから吹き出す声が聞こえた。
取ってきた、お料理の並んだお皿をテーブルに置いたクラウディア達も、そんな彼らを見て手を取り合って声を上げて笑っていたのだった。
「何を子供みたいに戯れあっているんだよ。お前らは。ほら、カウリも、レイと同レベルで遊んでんじゃねえよ」
笑ったルークに頭を叩かれて、レイとカウリが揃って口を尖らせる。
「もう、二人とも子供みたい」
笑ったニーカの言葉に、ジャスミンも笑いながら何度も頷いている。
「やっと緊張が解けたみたいだね」
ルークの言葉に、ニーカは困ったように笑って首を振った。
「そうですね。確かにちょっと始まった時ほどは緊張していないかも」
竜司祭の服を汚さないように身につけている前掛けをそっと撫でる。
「思っていた以上に見事な衣装だね。それで祭壇の前で舞を舞ったら、さぞかし美しいだろうな」
「ああ、それも今後はあるんだって聞きました。新しい舞になるのか、この衣装のように古い文献などを調べて昔の舞を復活させるのか。その辺りも神殿の担当の方とタドラ様が相談してくださっているんだって」
ジャスミンの言葉に、その辺りの話は彼女から聞いているニーカも苦笑いしながら頷く。
実を言うと同年齢の子達よりも一回り以上小柄で手足も短いニーカは、舞い手としては致命的に向いていない。なので、今まではいつも裏方ばかりで実際の舞は一切習っていなかったのだ。
だが、竜司祭になるのが確実になった以上、出来ないでは済まされない。
幸い、ジャスミンが一緒なので二人で一緒に舞う事が出来る。二人で動きが対になる舞や、逆に一人ずつの舞など、いろいろな形が作れる。
今はクラウディアから、時間のある時に少しずつ基本の形や足運びなどを教えてもらっている真っ最中だが、幸いな事に運動神経はそれなりにあったようで、今のところは順調に教えられた事は何とかなっている状態だ。
「確かに、この衣装の二人が並んで祭壇の前で舞えば、すっごく素敵でしょうね」
両手を握りしめたクラウディアの言葉に、ジャスミンとニーカも笑って頷く。
「こうやって手を伸ばして、前に後ろにゆっくり動く〜だったわよね」
両手を前後にまっすぐに伸ばして、ソファーに座ったままのニーカが少しふざけたようにそう言ってゆっくりと体を前後させて踊るふりをする。
「それは、基本の波の型ね。両手を前後に伸ばす場合と、片手だけを前や後ろに伸ばす場合があるの。指示書にちゃんと書かれているから間違わないようにね」
笑ったクラウディアがそう言いながらその場に立って、右手だけを前にまっすぐに差し出し、ゆっくりと体を前後に揺らしてみせる。
たったそれだけの簡単な動きなのに、周りにいた全員の視線を集めていた。
とにかくクラウディアの舞は、所作の一つ一つが指先に至るまでとても美しいのだ。
「これは素晴らしい。せっかくなので一手、巫女殿の舞を所望したいが構わないだろうか?」
小さく拍手をしたアルス皇子の言葉に、一瞬驚いたように振り返ったクラウディアは、その場の全員の注目を集めているのに気がつき耳まで真っ赤になった。
「ああ。驚かせてしまって申し訳ない」
苦笑いしたアルス皇子の言葉に、一つ深呼吸をしたクラウディアは笑顔で優雅に一礼した。
「失礼いたしました。では、せっかくのお言葉ですので未熟ながら一手舞わせていただきます。どなたか、女神に捧げる歌の伴奏をお願い出来ませんでしょうか」
クラウディアの言葉に、その場にいた全員が当然のようにレイを見る。
「うえっ! えっと、あの……わ、分かりました。竪琴を……ああ、ありがとうございます」
即座に執事が差し出した竪琴を見て、あちこちから笑いと拍手が聞こえた。
それから、別の執事がミスリルの鈴が付いた短めの杖を持ってきてクラウディアに渡した。
「ありがとうございます」
笑顔で受け取り一度だけ音を確認するように軽く鳴らす。
ミスリル特有の軽やかな鈴の音が部屋に鳴り響き、呼びもしないのに集まってきていたシルフ達が一斉に大喜びで手を取り合ってクラウディアの頭上に集まってくる。
「貴女達は、そこで見ていてね」
頭上で自分を見ているシルフ達に笑いかけたクラウディアが、ゆっくりと進み出る。
部屋を見回してから窓側に開いた広い場所へ向かうのを見て、レイも竪琴を抱えてその後を追った。
一つ深呼吸をした彼女が杖を手に窓辺に立つのを見て、レイはその横にあった一人用の椅子に座った。
全員が注目する中、クラウディアが手にしたミスリルの鈴がついた杖をまっすぐに前に差し出して背筋を伸ばした。
それを見たレイは、女神オフィーリアに捧げる歌の前奏部分をゆっくりとつま弾き始めたのだった。




