夕食会の始まり
「お、ようやくのご到着だな」
ノックの音に扉を振り返って立ち上がったルークの声に、皆も笑顔で立ち上がった。
「お待たせいたしました。ってうわあ! 大注目!」
クラウディアを見ながら、彼女の歩く速さに合わせてゆっくりと部屋に入ってきたレイは、笑顔でそう言って部屋に向かって一礼してから顔を上げたところで、部屋中の大注目を集めているのに気づいて思わずそう言ってしまった。
あちこちから笑う声と吹き出す音が聞こえる。
隣で緊張していたクラウディアも、たまらずに横を向いて小さく吹き出す。
「あはは、失礼しました」
誤魔化すように笑って、手を引いたクラウディアを今回の主催者であるアルス皇子の前へ連れて行く。
「ようこそ。どうぞ楽しんでいってくださいね」
笑顔のアルス皇子が差し出した右手の先を、クラウディアは頭を下げながらそっと両手で指先だけをつまむようにして包んだ。
アルス皇子と彼女のようにあまりに身分が違う場合、挨拶の場で握手はせずに、低い身分の者が相手の指先だけを両手でつまむようにして包むのが一般的なのだ。
「お招きいただき、心より感謝いたします」
アルス皇子の右手を捧げ持つようにしてそう言い、手を引いてくれるのを待ってから改めて一礼して下がる。
「うん、完璧な挨拶だね」
見ていたルークの呟きに、竜騎士隊の皆も笑顔で頷いていた。
続いて、ジャスミンとニーカの手を引いたマークとキムが入ってくる。
「おお、これは素晴らしい」
部屋に入ってきた二人を見たヴィゴが、堪えきれないようにそう呟く。
二人が身に纏っている新しい竜司祭としての華やかな衣装に、ヴィゴだけでなくあちこちから感心したような声が聞こえた。
「ようこそ。どうぞ楽しんでいってくださいね」
先ほどと同じように、笑顔のアルス皇子がそう言って右手を差し出す。
一瞬戸惑ったジャスミンだったが、笑顔のアルス皇子が頷くのを見てからそっとその右手を握り返した。
「お招きいただき、心より感謝いたします」
にっこりと笑って軽く膝を折って見せる。
後ろに控えていたマークが、改めて彼女の手を引いてクラウディアの隣へ連れて行く。
キムに手を引かれて進み出たニーカは、同じように笑顔のアルス皇子に右手を差し出されて、当然のように指先を両手で摘もうとしてアルス皇子に止められた。
「ニーカ、今の君は竜司祭見習いとしてここにいるんだから、握手をしていいんだよ」
「い、いえ、そんな畏れ多い……」
慌てて首を振るニーカだったが、ジャスミンが笑顔で頷いているのを見て改めてアルス皇子を見上げた。
ニーカの右肩には、クロサイトの使いのシルフが座っていてうんうんと頷いている。
「では……ええと、あ、未熟者ゆえ、ご迷惑をかける事も多いかと思います。頑張って、精進、いたしますので、どうぞ、ご指導ください」
何とかつっかえながらもそう言って、小さな手でアルス皇子の右手をそっと握り返した。
「もちろん。何でも遠慮なく聞いてくださいね」
アルス皇子は嬉しそうにそう言って、しっかりと握り返した右手をそっと離した。
「はあ、緊張しちゃった」
クラウディアとジャスミンのところへ駆け込むようにしてやってきたニーカは、苦笑いしながらそう言って笑いながら右手をそっと撫でた。
「アルス皇子様と握手しちゃったわ。何だか夢みたい」
「貴女だって竜の主なんだから、本当なら今までだって対等の立場だったのにね」
ジャスミンの言葉に、ニーカは困ったように笑って首を振った。
「それは違うわ。私は、自分がタガルノ人だって事実を忘れた事は一度も無いわ。その私をここまで大切にしてくださるこの国の方々に、私は本当に感謝している。竜騎士隊の皆様と私が対等の立場かどうかはわからないけれど、私はスマイリーの主として、この国に恩を返したいと心から思っているわ。その国から与えられた私の今の役目が竜司祭なら、私は一生懸命その役目を果たすだけよ」
少し恥ずかしそうに、それでもキッパリとそう言ったニーカの言葉に、一瞬だけ部屋が静まり拍手が起こった。
「そんな君の心意気に女神オフィーリアと精霊王の祝福を。この国にはもう君の為の、君だけの場所がある。しっかりと大地に根を張り育つ若木のように、この国で竜司祭としてしっかりと生きていきなさい」
笑ったマイリーの言葉に、振り返ったニーカは一瞬驚いたように目を見開き、それからこれ以上ないくらいの笑顔になったのだった。
そこからは立食式の夕食会となり、ウィンディーネ達が冷めないようにしっかりと保存してくれていた豪華な料理の数々を皆で楽しんだ。
立食式とは言っても、広い部屋には竜騎士達の体格に合わせた大きなソファーがいくつも用意されていて、皆取ってきた料理をそれぞれ座って楽しんでいる。
マークとキムは、最初のうちはカウリに勧められた端の席に座ってひたすらに豪華な料理を楽しんでいたのだが、途中から彼らの隣にやってきたアルス皇子に最近の合成魔法に関する話をし始めた途端に、興味津々で集まってきた竜騎士達に取り囲まれていたのだった。
「マーク達、大人気だね」
レイは、そんな彼らをのんびりと眺めながら、少し離れた広いソファーに座って山盛りに取ってきた料理をまだまだ食べている真っ最中だ。
その隣では、ようやく緊張からほぐれて食事を楽しみ始めた少女達が並んで座ってこちらも食事の真っ最中だ。
「この衣装、食事をしていて汚したらどうしようかと思っていたんだけど、ちゃんとお食事の時用の前掛けがあって良かったわ」
ニーカが、嬉しそうにそう言って衣装の上から身につけた食事の時用の胸元まで隠れる前掛けをそっと撫でた。
「まあ、これは公式の祭事の際に着る、いわば第一級礼装だからね。汚れ対策は当然なのではなくて? 一応、普段はもう少し簡略化されたのを着るって聞いているから、そちらも仕上がりが楽しみよね」
その辺りの事情をタドラやナイルからかなり詳しく聞いているジャスミンの言葉に、ニーカは燻製肉を食べながら笑顔で何度も頷く。
「あと一月ほどかあ。早くきて欲しいような、きて欲しくないような。ちょっと複雑な気分だなあ」
きちんと口の中の物を飲み込んだニーカの言葉に、クラウディアも少し寂しそうに笑いながら頷いていた。
そんな少女達を、それぞれの竜の使いのシルフ達が、ブルーの使いのシルフと並んで燭台の腕に座って愛おしげにいつまでも見つめていたのだった。