別室での一幕
「まあ、せっかくの出来栄えですのに。本当にもう脱いでしまわれるのですか?」
衝立の裏へ戻ってきたクラウディアに、侍女達が心底残念そうにそう言ってため息を吐いた。
「最高の夢を見させていただきました。本当にありがとうございます。でも、夢は覚めるものですから」
少しはにかんだクラウディアは、それでもキッパリと顔を上げてそう言った。
「夢にせぬ方法だってありますものを」
年配の侍女はもう一度ため息を吐きながら残念そうにそう言い、しかし顔を上げてクラウディアを見た。
「クラウディア様。貴女がそう思われるのならば、きっとまた夢は訪れましょう。では、本日は残念ながらこれにて現世に戻ると致しましょう」
最後は少しふざけた風に言って、クラウディアを衝立の奥へと押し込めた。
「レイルズ様には、隣室にてお待ちいただきますようお願い致します。今からお嬢様がお召し替えをなさいますので、同室はどうぞご遠慮くださいませ」
「ああ、申し訳ありません!」
衝立を見つめて呆然と立ち尽くしていたレイは、その言葉に慌てたようにそう言って、いつの間にか閉まっていた扉を振り返った。
「では、待っていますので、準備が出来たら呼んでくださいね」
小さなため息を一つ吐いて笑ったレイは、満面の笑みで自分を見ているジャスミンとニーカに笑顔で一礼して、それから苦笑いしながらイデア夫人とクローディアとアミディアにも優雅に一礼してみせ、そのままゆっくりと歩いて何事もなかったかのように平然と部屋を出て行った。
「はあ〜〜〜〜〜」
廊下へ一歩出て立ち止まったレイは、背後の扉が閉まる音を聞いてから大きなため息を吐いてその場にしゃがみ込んだ。
「ど、どうなさいましたか!」
廊下に控えていた執事が、驚いたようにそう言って慌てて駆け寄ってくる。
「ああ、すみません。ちょっと動揺してしまって……」
しゃがみ込んだままで左手で口元を覆ったレイは、耳どころか首まで真っ赤になっている。
「ええと……まだ、少し準備が出来ていないらしくて、別室で待つように言われたんですけど、どうしたらいいですか?」
もう一度ため息を吐いたレイは、顔を上げないままそう言ってまたため息を吐く。
普段の様子と全く違う明らかに動揺しているレイを見て、女性ばかりがいる部屋の扉を見て何となく室内で何があったか察した執事は、何も聞かずに隣の部屋に案内してくれた。
誰もいない比較的簡素な部屋を見て、レイが安堵のため息を吐く。
「ああ、そうだ。ええと、マーク軍曹とキム軍曹を呼んできてもらえますか。彼らも案内役なんです」
「マーク軍曹とキム軍曹ですね。かしこまりました」
当然、その辺りの差配はルークから聞いている執事だったが、何も言わずに一礼してそのまま下がる。
「はあ、不意打ちにも程があるよ」
また大きなため息を吐いてそう呟き、置かれていたソファーに倒れ込むように座る。
かなり収まってはきたが、まだ顔は赤いままだ。
「うああ〜〜〜〜〜〜〜!」
さっきのクラウディアのドレス姿を思い出して我慢出来なくなり、声を上げて両手で顔を覆ったレイは、ジタバタともがくように暴れる。
振動でソファーに置かれたクッションが一つ床に転がって落ちたが、別のクッションに突っ伏しているレイは気が付かない。
『何をため息ばかり吐いておる。しっかりせぬか』
ブルーの使いのシルフが現れて、床に転がったクッションをふわりと浮かせてレイの足元に置いた。
「だって……ねえ! ブルーは絶対に知っていたでしょう!」
腕立ての要領でいきなり起き上がったレイは、苦笑いしながら自分を見ているブルーのシルフに指を突きつけた。
『指をさすな。そんなの、知っていて当然であろうが。どうだ? 美しかったであろう?』
「はああ、知ってて当然とか言われた〜〜〜!」
側にあったクッションを抱えて顔を埋めたレイは、またため息を吐いてジタバタと足踏みをする。
「おいおい、どうしたんだ?」
「全然戻ってこないし、何かあったのかと思って心配していたのに」
その時、ノックの音がして先ほどの執事がマークとキムを案内してきてくれた。
二人は、部屋に当然彼女達もいると思っていたらしく、誰もいない部屋を見て揃って驚いた顔をしている。
「はあ、来てくれたんだね。もうね……僕、心臓が止まるかと思ったんだよ」
またため息を吐いたレイの言葉に、部屋に入ってきてレイの向かいにあるソファーに並んで座った二人は、不思議そうに顔を見合わせた。
「ああ、もしかして新しい竜司祭様の衣装って、そんなに素晴らしかったのか?」
手を打ったキムの言葉に、今度はうめき声をあげたレイが、またクッションに顔を埋める。
「さっきから、一体どうしたんだ?」
「さあ、ちょっと様子がおかしいみたいだけど?」
揃って首を傾げた二人は、これまた揃ってレイの肩に座ったブルーのシルフを見た。
「あの、一体何があったのか教えていただけますか?」
遠慮がちなマークの言葉に面白そうに笑ったブルーのシルフは、レイの耳元にそっとキスを贈ってから二人を見た。
『まあ、そうだな。言ってみれば夢の世界を垣間見たわけだ。初心なレイには少々刺激が強かったようだがな』
面白がるようなブルーのシルフの説明に、顔を見合わせた二人が揃ってにんまりと笑う。
「なあ、何を見たのかキムお兄さんに言ってごらん」
立ち上がってレイの隣に座ったキムが、もうこれ以上ないくらいの笑顔でそう言って、レイのまた真っ赤になっていた耳を引っ張る。
「俺に言ってくれてもいいんだぞ。秘密は守るからさあ。ほら、何を見たのか全部吐け。吐いて楽になれ」
これまた満面の笑みのマークが、レイを挟んで反対側に座る。
「絶対言いませ〜〜ん!」
クッションに顔を埋めたまま首を振ってそう叫ぶレイ。
「吐け〜〜〜!」
左右から同時にそう言って、襟足と脇腹をそれぞれくすぐる。
「うひゃあ! そこは駄目だって!」
悲鳴を上げて顔を上げるレイと、鈍い音と共に揃って仰向けに倒れ込むマークとキム。
『おお、同時攻撃とはさすがよのう』
感心したようなブルーのシルフの呟きの直後、額を抑えたマークとキム、それから後頭部を両手で抱えたレイの三人揃って吹き出し大爆笑になったのだった。




