内緒の出来事
「あら、もしかして準備が出来たのかしら?」
嬉々として部屋を出たクローディア達は、ちょうど執事が部屋に入ろうとしたところに出くわして足を止め、イデア夫人が執事に話しかける。
「失礼いたしました。はい、お嬢様方のご準備は出来ているのですが、少々問題がございまして」
一礼した執事の言葉に、クローディアは心配そうに母親を見た。
「何かあったのですか?」
同じく心配そうなイデア夫人の耳元に、執事が顔を寄せてごく小さな声で何かを告げる。
「まあ、それは大変ね。では、私達は先に行きますので、貴方はレイルズ様を呼んできてくださいな」
ごく小さな声で応えたイデア夫人の言葉に、もう一度執事が一礼する。
「かしこまりました」
「ええ、ではお願いね。さあ、行きましょう」
娘達の背中をそっと押したイデア夫人は、特に何も言わずに別の執事の案内でクラウディア達がいる部屋へ向かった。
クローディアとアミディアは、不思議そうに顔を見合わせて揃って首を傾げたが、イデア夫人が何も言わないのを見てとにかく彼女達の様子を確認するために、足早に母親の後を追って行ったのだった。
「ねえ、母上。何があったんですか?」
心配そうなクローディアの言葉に、足を止めたイデア夫人は振り返ってにっこりと笑った。
「どうやら巫女様はかなりの頑固者のようね。けれどそれは好ましい頑固さだわ。でも、レイルズ様にはせっかくなのだから見ていただかないとね」
「それって……」
「もしかして……!」
あえて名前ではなく巫女様と、意味ありげに母親がそう言ったのを聞いた察しの良い二人は、何を言わんとしているのかを即座に理解して揃って目を輝かせた。
「早く行きましょう、母上!」
「私も早く見たいです!」
そう言って母親の両手を左右から取った二人は、そのまま引っ張るようにして歩き出した。
「はいはい、痛いからそんなの引っ張らないでちょうだいな」
文句を言っているイデア夫人も顔は完全に笑っている。
そして到着した部屋に入った三人は、出迎えてくれたジャスミンとニーカの衣装の美しさに揃って歓声を上げ、衝立の陰に隠れたクラウディアを引っ張り出してきて、もう一度大きな歓声を上げたのだった。
「ど、どうしたんですか!」
その時、空いたままだった扉から、血相を変えたレイが駆け込んできた。どうやら彼女達の歓声を、悲鳴だと思ったらしい。
「えっと……」
ミスリルの剣の柄に手を当てたまま、部屋に入ったところで立ち止まったレイは、目の前の光景を見て固まってしまった。
そこには、少女達に囲まれた薄黄色のドレスを着た別人のようなクラウディアが立って呆然とこっちを見ていたのだ。
そして、突然部屋に駆け込んできたレイを見たクラウディアも、レイと同じく目を見開いたまま固まってしまった。
周りにいた少女達が揃って口元に手をやり、目配せをし合ってそのままゆっくりと下がる。
静まり返った部屋で、言葉もなく見つめ合うレイとクラウディア。
唐突に、クラウディアは耳まで真っ赤になった。
顔を覆って悲鳴を上げたクラウディアは、そのまま衝立の奥へ駆け込んで行く。
「ええ、逃げないでよ、ディーディー!」
焦ったレイの悲鳴と、少女達とイデア夫人が揃って吹き出す音が重なる。
「もう、ディアったら。逃げてどうするのよ。ほら、ちゃんと見てもらわないと」
衝立の裏へ回ったニーカの言葉に、しかしクラウディアは顔を覆ったまま首を振るだけだ。
「せっかくの綺麗なドレスなんだから、レイルズに見てもらわないと。彼の為に装ったんでしょう?」
最後は耳元に顔を寄せて、ごく小さな声でそう言って優しく背中を叩いて笑う。
「そ……それは……」
「大丈夫よ。この部屋の中だけの、降誕祭の夢のひと時よ。ほら立って。せっかくのドレスがシワになっちゃうわ」
隠れるようにしゃがみ込んでいたクラウディアの腕をそっと引いて立ち上がらせてやる。
「ほら、出てきて」
笑ったニーカに手を引かれて衝立の裏から出てきたクラウディアだったが、すぐ近くで自分を見ているレイと目が合ってしまい、また衝立の裏に逃げ込みかけてニーカに捕まる。
「もう、ディアったら。いい加減にしなさい!」
背中側に回って、グイグイとレイの前に押しやる。
「あ、あの……これは、その……」
オロオロとなんとか言い訳しようとするクラウディアの手を、レイはそっと取った。
「綺麗だ。すごく綺麗だよ。びっくりしたけど、一瞬誰なのか分からなかった。でも、こうやって見たらちゃんとディーディーだ」
これ以上ないくらいの満面の笑みでそう言ったレイは、引き寄せたクラウディアの手の甲にそっと優しいキスを贈った。
「レイ……」
「分かってる。これは、お遊びなんだよね。僕にだけ、最高に綺麗なディーディーを見せてくれてありがとう。本当に綺麗だ。もう、このまま攫って行きたいくらいに……」
無言で見つめ合った二人の顔が自然に重なる。
目を輝かせてその様子を見ていた少女達を見て、イデア夫人はそっとアミディアの目を隠したのだった。
「まあ、全てこの部屋の中だけの出来事。という事にしておきましょう。いいわね、皆。ここでの事は、他言無用ですからね。もしも誰かに話すと、影から出てきた闇の冥王に、その可愛い頭を齧られますからね〜〜!」
急に低い声でそう言ったイデア夫人は、両手の指を大きく開いて曲げ、少女達の頭を引っ掻いて捕まえるふりをした。
「きゃあ〜!」
即座に、ニーカ以外の少女達が揃って頭を覆って軽く膝を曲げてしゃがむ。
「ほら、ニーカ様も!」
慌てて片手で袖を引くアミディアの言葉に、呆然としていたニーカは意味が分かって同じように膝を曲げて一緒になってしゃがむ。
「言わない言わない、内緒の話。知っているのはシルフだけ!」
頭を覆ったまま少女達が口を揃えて宣言する。
それを見て、クラウディアとレイが揃って吹き出す。
「はい、よろしい。内緒の話はシルフ達が預かってくれましたからね」
笑って、一度だけ大きく手を叩いたイデア夫人の言葉に合わせて、呼びもしないのに勝手に集まってきて部屋の様子を見ていたシルフ達が、揃ってイデア夫人の真似をして手を叩いていたのだった。




