少女の心と巫女の矜持
「はい、これでよろしゅうございますね」
「お綺麗ですよ」
ニーカとジャスミンに化粧を施していた侍女達が、揃って満足そうに頷き合う。
ジャスミンは、目の前に置かれた大きな鏡を覗き込んで嬉しそうにしているが、ニーカはもう言葉もなくポカンと口を開けたまま鏡の中の自分を見つめている。
「……知らない人が目の前にいるわ」
先日、初めて竜司祭の服を試着した時にも化粧を施されて驚いた記憶があるが、今日のこれは前回の比ではない。
全く手入れをしていなかったやや太めの眉を綺麗に整えて顔の産毛を綺麗に剃っただけで、目鼻立ちが一気に引き締まって見えたのだ。
「元々ニーカ様は、二重の目元が可愛らくていらっしゃるし、まつ毛も長うございます。お顔も小振りにまとまっていて、いわゆる化粧映えのするお顔ですからねえ。少々眉を整えれば化けるだろうとは思っておりましたが、まさかこれほどとは。これは将来が楽しみでございますね」
満面の笑みの侍女達の言葉に、ジャスミンも嬉しそうに何度も頷いている。
「こちらも準備が終わりました。どうぞ。我らの渾身の出来栄えをとくとご覧あれ!」
衝立の向こうにいた侍女の一人がやや芝居じみた言葉でそう言い、衝立をゆっくりと畳んで撤去していった。
「まあまあ!」
「きゃ〜〜〜! ディア! 素敵素敵!」
戸惑うようにこっちを見ているクラウディアが、畳まれた衝立の向こうから現れた時、ジャスミンとニーカは揃って手を取り合いながら歓声を上げて大感激していた。
クラウディアが着ているのは、先ほど見せてもらった薄い黄色と春の新緑のような黄緑色のむら染めのドレスで、襟口の詰まった上半身と肩のところが少し膨らんだ長い袖口、後ろ側が少し長くなったドレスのふんわりと広がったそのシルエットは、成人したとはいえまだ十代のクラウディアの体の線を美しく、けれども慎ましやかに見せている。
背中側には、むら染めの黄緑色と幅広のリボンと、それと同じ幅のレースのリボンがまるで蝶が背中に並んで留まっているかのように、背骨に沿って縦に縫い付けられている。
腰の部分には総レースの幅広のリボンがふんわりと飾り結びされていて、細く締まった腰を飾っている。
そして、胸元に輝く大粒のラピスラズリのペンダント。
長い彼女の髪をまとめて留めている大きな髪飾りと、左右の耳を飾る耳飾りにも小粒のラピスラズリがいくつも飾られていて、全て同じ意匠でまとめられている。
そして、顔にはごく薄い化粧が施されていて、たったそれだけの事でまるで彼女を別人のように綺麗に見せていた。
「ちょ、ちょっと派手ではなくて……?」
戸惑うように俯きながら胸元をいじるクラウディアの言葉に、ジャスミンとニーカは揃って呆れたようにため息を吐いた。
「慎ましやかで過美にならず、それでいて彼女の美しさは微塵も損なわれていない。ううん、これは見事だわ。皆、素晴らしい仕事をしてくれて、本当にありがとうね」
満面の笑みのジャスミンが、そう言って拍手をする。ニーカも笑顔で何度も頷きながら力一杯拍手をしていた。
「ありがとうね。素敵な思い出が出来たわ」
少し恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうなのクラウディアの言葉にニーカも満面の笑みになる。
「皆様も、ありがとうございました。あの、これ、どうやって脱げばいいのか教えていただけますか?」
上半身を包むかっちりとしたドレスを撫でながらクラウディアがそう尋ねる。
「え? どうして脱ぐの?」
「え? だって……」
目を見張るニーカの言葉に、クラウディアが首を傾げる。
無言で顔を見合わせたニカとジャスミンは、揃ってこれ以上ないくらいの大きなため息を吐いた。
「どうして脱ぐのよ! こんなに素敵に仕上がったのに」
「そうよ。せっかくなんだから皆様に見てもらわないと!」
「ええ! そんな無茶言わないで! 私は巫女なのよ。こんなの、こんなの駄目です」
一転して真っ青になるクラウディアの言葉に、ニーカとジャスミンは困ったように顔を見合わせる。
「貴女達の気持ちは嬉しいわ。こんな素敵なドレスを着せていただけるなんて、本当に夢のようなひと時だった。でも、これは部屋の中だけ。これを着て外へ出ていくのは、私にとっては女神への裏切りになるわ」
「でも……」
「還俗する事が決まっているニーカと違って、私は巫女なの。今も、そしてこれからもね。ごめんね。だから、これを着て部屋の外へは行けないわ」
申し訳なさそうに、それでもキッパリと断言するクラウディアの言葉に、ジャスミンとニーカはもう一度大きなため息を吐いた。
「本当に、駄目?」
「ごめんね」
ニーカの言葉に苦笑いするクラウディアを見て、二人は揃って首を振った。
「やっぱり、こうなっちゃったわねえ」
「そうね。もう、ディアったら頑固なんだから」
顔を見合わせた二人はしばらく無言のまま考えていたが、不意にニーカが目を輝かせて満面の笑みになる。
「分かった。だけど、着替える前に、もうちょっとだけ待っていてね」
クラウディアにそう言ったニーカが、ジャスミンに耳を寄せて何やら内緒話をする。
「それはいい考えね。じゃあちょっとだけ待っていてね」
こちらも満面の笑みになったジャスミンが、侍女の一人に何かを耳打ちする。
「かしこまりました。すぐに」
ごく小さな声で頷いた侍女が足早に下がるのを、クラウディアは不思議そうに見送っていた。
「遅いね。着替えって、そんなにかかるのかなあ」
出迎え役と聞かされて張り切っていたレイだったが、一向に準備が出来たとの連絡が来ないので、若干気が抜けてマーク達と顔を見合わせている。
「まあ、女性の準備は色々と大変なんだよ。男のお前の着替えと一緒にするんじゃあないよ」
呆れたようなルークの言葉に、皆が笑う。
実を言うと、素知らぬ顔をしている竜騎士隊の皆だが、レイ以外の全員に今回のニーカとジャスミンからのお願いは知らされていて、彼らも実は興味津々で三人が出てくるのを待っているのだ。
今は、それぞれ用意されたソファーに座って和やかにお茶を飲みながら、のんびり歓談の時間となっている。
「竜司祭様の衣装、どんな風なのかしら。ドレスなのかなあ」
リンゴのジュースを飲みながらアミディアが興味津々でそう呟く。
彼女がこのセリフを言うのは、もう四回目だ。
「ドレスって事はないと思うなあ。竜司祭様は、いわば聖職者に近いお務めを担当なさるのだから、巫女服や僧侶様が着ているような服になるのではなくて?」
隣に座った訳知り顔のクローディアのセリフも、実は四回目だ。
「それにしてもちょっと遅いですね。ああそうだ! ねえ母上。私達が様子を見に行ってはいけませんか?」
心配そうに扉を振り返ったクローディアだったが、不意に顔を上げてそう言いながら手を打った。
女性の着替え中に男性が様子を見に行くのは論外だが、確かに彼女達ならばクラウディア達とも仲が良いので適任かもしれない。
「そうねえ。じゃあ私も一緒に行きましょうか」
笑ったイデア夫人の言葉に、二人が目を輝かせて立ち上がる。
「では、少し様子を見に行って参ります」
「ああ、頼むよ。少し時間がかかっているようだからな」
笑ったヴィゴの言葉に、イデア夫人に連れられた二人が嬉々として出ていくのを部屋に残された面々は苦笑いしながら見送っていたのだった。




