竜司祭の装い
「ニーカ様、ジャスミン様も、どうぞこちらをお召しください」
満足そうに頷き合っているところをやや呆れた口調のナイルにそう言われて、二人は慌てて背筋を伸ばして渡された上着に袖を通した。
後ろ側が少し長めになった上着は、上質の真っ白な天鵞絨で作られていて、ぽったりとした柔らかな生地は二人の体に沿うような形になっている。
やや広がった袖口からは、内側に縫い付けられた幾重にも重なる豪奢なレースの袖が見えている。
「最後に、その上からこの帯を巻きますので、じっとしていてください」
そう言って見せられた帯は、やや幅広で真っ白な帯で、光の加減でキラキラと不思議な煌めきを放っている。
身体をひと回りさせる帯の真ん中部分には硬い台紙が入っていて、左右の結ぶ為の部分は柔らかな幅広の長い生地になっている。
帯の中央部分と両端には、真っ白な真珠がいくつも縫い付けられていて、優しい光を放つと同時に、帯の結びが美しく見えるように端が垂れ下がる役割も果たしている。
「まあ、なんて綺麗」
思わず手を出して帯を見せてもらったジャスミンとニーカの声が重なる。
「これ、布なのにキラキラしているのはどうして?」
ニーカの無邪気な質問に、ナイルはこれ以上ないくらいの満面の笑みになる。
「はい、この美しい輝きは、土台となるシルクの糸に、ミスリルと金をごく細く引いて撚り合わせて作られた特殊な金属製の糸が織り込まれたせいでございます。今回の為に、特別に作られた生地なのですよ」
「へえ、金やミスリルを糸にするなんて凄いわねえ」
感心したようなニーカの呟きに、ジャスミンも目を見開いて手にした帯を見つめている。
「失礼致します」
進み出た侍女達が、二人に帯を巻いて背中側でしっかりと結び目を作ってくれる。
「へえ、帯をこんなふうに結ぶなんて、初めて見るわ。結び目も変わった形なのね」
ジャスミンが興味津々でニーカの背中の結び目を見る。
少し膨らんだ鳥の丸い翼のようにも見える。
「これは、城の資料室に収蔵されていた、服飾にまつわる古い資料の中から見つけた結び方です。解読するのにかなり難儀をしておりましたところ、ラピス様とルビー様の使いのシルフ達が手伝ってくださり、何とかこうして形になったのでございます」
ナイルのその言葉に、ニーカとジャスミンは驚いて衝立を振り返った。
衝立の上には、ブルーの使いのシルフが苦笑いしながら座っていたのだ。
『まあ、かなり苦労しておったようなのでな。少しばかりお節介を焼いたまで』
『ルビーも喜んでおったぞ。なかなかに楽しかったとな』
「へえそれはすごいわね。手伝ってくれてありがとうね。ラピス」
「ありがとうね、ラピス。素敵な形だから、今度結び方を教えてよ」
笑ったジャスミンの言葉に、ブルーのシルフは吹き出して首を振った。
『まあ、知りたければ其方の侍女達に聞けばいい。相当苦労して覚えてくれたから、きっと教えてくれるだろうさ』
笑ったその言葉に二人が揃って侍女達を見ると、彼女達は困ったように顔を見合わせてから揃って真顔で首を振った。
「そ、そうなのね。じゃあ、帯結びは貴女達にお任せするわね」
どうやらかなり難しそうなので、自力での帯結びはやめておく事にした。
『そうだな。賢明な判断だと思うぞ』
肩を揺らして笑ったブルーの使いのシルフを見て、ニーカも小さく吹き出していたのだった。
着替えが終わったところで、髪を結いあげ、幾つもの簪を差し込む。ごく細いミスリルの棒飾りがぶら下がるそれは、頭を動かすとシャラリと軽やかな音を立てた。
耳飾りは簪と対になっていて、同じく何本もの棒飾りが軽やかな音を立てている。
「へえ、これは舞の時にディアが身に付けている簪のよく似ているわね。とても綺麗だし素敵な音ね」
「本当ね。耳飾りのおかげで素敵な音が近くで聞こえるわ」
笑ったニーカがごく小さく首を振ると、シャラシャラと軽やかな音が聞こえた。
「ニーカ、遊んだりしないの。壊したら弁償よ」
「ええ! そうなの? じゃあ大人しくしてます」
慌ててじっとするニーカを見て、ナイルとジャスミンが揃って吹き出す。
「ジャスミン様。お戯を。ニーカ様、ご心配には及びません。万一壊れる事があれば、すぐに専任の細工師達が直してくれます。弁償する必要はありませんのでご安心ください」
笑ったナイルの言葉に、ジャスミンはもう一回吹き出していた。
「そうなのね、よかった。ジャスミンったら酷い! 何も知らない後輩をいじめるなんて!」
泣く真似をした後、ポカポカとジャスミンの腕を叩く。
「ごめんなさい。まさか信じるとは思わなかったわ」
笑いながら謝った後、二人揃ってもう一回吹き出して大笑いになった。
「はい、お二人とも、どうかおしゃべりはしばらく我慢してくださいませ」
「少しだけお化粧をいたしますからね」
服を汚さないように胸元に大きく広げた布を被せた侍女が、にっこりと笑って二人を鏡台の前に座らせる。
「はあい」
笑った二人が笑顔で返事をして、ここからは神妙な顔でおとなしく言われた場所に座る。
左右から二人がかりで化粧をされてしまい、全く化粧の知識なんてないニーカは、もう初めから終わりまでずっと目を白黒させて大人しくされるがままになっていたのだった。




