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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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精霊の夢

 不意に明るくなった視界に、レイは驚きの声を上げた。

 ……えっ? 何?

 しかしその声は出ず、視界も自分の思う通りにならない。

 ……えっと、精霊達が突進してきて、それからどうしたっけ?

 視界に入る部屋の角度が変な事に気が付いた。視線が異様に高いのだ。

 どうやら自分の視線の元は、豪華な部屋の天井にあるシャンデリアに座っているようだ。

 ……もしかして、精霊の視線?

 その時、誰かが部屋に入って来た。それは以前夢に見た、母の若い姿のようだった。

「そこにいたのね。おいで」

 上を見上げて笑いかけるその声は、とても優しい。

 しかし、視線の元である精霊が彼女の肩に乗る寸前に視界が真っ暗になり、突然何も見えなくなった。


 次に見えたのは、あの神殿のような場所だった。

 正面に広がる大きな色硝子が嵌め込まれた見事な窓は、夕陽の光を受けて美しく輝いていた。

「聖なる星々よ、私の行いをどうか罰してください。あれ程の恩義を受けておきながら、私は全てを裏切ろうとしています……」

 少女は右手を前に差し出し。静かな声でこう呟いた。

「我がしもべ達よ、()でよ」

 その手に持った銀細工の竜の石から、大勢の精霊達が一気に溢れ出てきた。

『呼んだ』

『呼んだ』

『何?』

『何?』

 レイの視界も、彼女の近くに来た。

「ごめんね。もうあなた達とはいられないの。ここでお別れよ」

 俯いたまま震える声でそう言うと、竜のペンダントを足元に置いた。

 その時、後ろに誰かが近づいて来た。

 ……この人が父さん?

 視界に入ったその人物は、燃えるような赤毛の、背が高く彫りの深い顔立ちの大柄な若い男性だった。細めた眼は、綺麗な緑色だった。

 身に付けている見た事のない軍服のような服は、その立派な体格にとても良く似合っていた。

 その人物は、少女から少し離れた場所で立ち止まると、手を上げて彼女の肩に触れようとして、躊躇った後に手を下ろした。

 まるで、触れたら壊れてしまうかの様に背後で触れるのを躊躇っていると、突然少女が振り返った。

 甘える様な、幸せ一杯のその笑顔。

 二人はしばらく見つめ合った後、静かに男性の差し伸べた手を取って抱き合った。

「愛してるわ、レイルズ……貴方となら何処へでも行けるわ」

 少女の手が、男性の背中に回されて縋り付くように服を握る。

「何があろうとも、決してこの手を離しません。この命尽きる最後の時まで、どうかお側に……」

 悲壮な男性の声に、少女は小さく頷いてもう一度しっかりと縋り付いた。

 そのまま手を取り合った二人は、振り向かずにその場を後にした。

 置いていかれた精霊達が、竜のペンダントを持ち上げてその後を追った。殆どの精霊達が、当然のようにその後に続いた。


 次に見えた景色は、どうやら森の中のようだった。二人は一頭のラプトルに一緒に乗っている。

 ……今度は誰の視線なんだろう?

 走るラプトルの後を追うようにして飛んでいるそれは、どうやらシルフの視線のようだ。付かず離れずの距離で二人の後を追っている。

 やがて辿り着いた場所は、どうやら鉱山の跡地のようだった。

 廃棄されたらしいその場所は、あちこちに草が生い茂り荒れ放題のようだった。

 二人はそこでラプトルから降りると、乗っていたラプトルの鞍と手綱を全部取り外した。

「ここまで連れて来てくれてありがとう。我々は当分の間この場所で、時の繭を使って眠る事にするよ。お前は自由に生きてくれ。元は野生だったもんな。大丈夫だろ?」

 初めて聞く男性の声は、静かで穏やかなやや低い声をしていた。

「ありがとう。お前に祝福を」

 少女もラプトルを撫でてその額にキスをした。

 一声鳴いて森に走り去るラプトルを見送って、二人が鉱山の岩の裂け目から中に入ろうとした時だった。


「我らの知らぬ場所で、勝手をされては困りますな」


 声と共に、突然その場に現れた二十人近い軍人達を見て、背後に少女を庇った男性は素早く腰の剣を抜いた。

 転移の魔法で現れた司令官と思しき真ん中の男が、顔をしかめて男性を見た。

「全く油断も隙も無い。構わん。男は殺せ。女性は絶対に無傷で捕らえろ」

 風が舞い、周り中の木々が一斉にざわめいた。剣を抜いた軍人達は、一斉に切り掛かって来る。

 一人の剣を男性が受け止めたところで、また目の前が真っ暗になった。

 ……待って! 幾ら何でも無茶だよ! あの二人を助けてやってよシルフ!

 レイの叫びは、やはり声にならなかった。


 次に目に入ったのは、周り中の木々が根こそぎ薙ぎ倒されて、あちこちに先程の軍人達が倒れている光景だった。

 倒れた中に、あの司令官はいない。


 鉱山の入り口近くで、少女と男性が(うずくま)っている。

 女性に抱きかかえられるようにして倒れている男性は、酷い怪我を負っていた。剣を握ったままの右腕は全てが血に染まっている。その身体中には数え切れないほどの数の大きな切り傷。流れる大量の血は、彼の服や地面を一面真っ赤に染めていた。

 医学の知識の無いレイが見ても、その男性は、もはや手の施しようが無いのは明らかだった。

 男性を抱きしめる少女の白い服もまた、真っ赤に染まっていた。

「レイルズ。お願い……目を開けて……」

 泣きながら何度も頬を叩く。

「すみ……ま……せん……もう……」

 掠れたような声で小さくそう言った男性は、僅かに動く左手で己を抱きしめる少女の腕を握った。

「奴は、逃げ……まし……た……あな、た、は、どうか……生きて、くだ……さい……」

「嫌よ。一緒にいてくれるって言ったのに」

「愛し……て、ま……す」

「愛してるわ。お願いだから、私を、私を置いていかないで」

 悲痛なその叫びは、もう彼の耳には聞こえなくなっていた。

 森中に響くような少女の泣き声に、ただ見ている事しか出来ないレイの胸も締め付けられた。

 また唐突に視界が途切れる。


 次に目に入ったのは、先程と全く同じ光景だった。

 しかし、足元の千切れた葉が丸く乾いているのを見ると、かなりの時間が経っていると思われた。それなのに、男性を抱きしめたままの少女は、先程と全く同じ場所で、同じ様に蹲っていた。

 その時、足音がして茂みから一頭のラプトルが現れた。そのラプトルは、鈴なりになったキリルの枝を咥えていた。

 甘えた様に鳴いたラプトルは、少女の背中に自分の頭を何度も擦り付けて注意を引こうと必死になっていた。よく見ると、ラプトルの頭や背中にはシルフが何人も座っていた。

『食べて』

『食べて』

『お願い水を飲んで』

『飲んで飲んで』

 少女の足元には、水の精霊(ウィンディーネ)達も現れて少女の足を叩いていた。しかし、少女は全く反応しない。

 地面からノーム達まで現れて少女の足や背中を叩く。何度も何度も必死になって、皆、少女に水を飲ませようとしていた。

 一人のシルフがウィンディーネを引っ張り上げて、何とか少女の肩に座らせようとしていた。それに気付いた他のシルフ達が手伝って、ウィンディーネを肩に座らせる。

 立ち上がって口元に手を伸ばしたウィンディーネは、少女の口に手から湧き出す水を与えた。

 初めは全て胸元に流れ落ちていたが、しばらくすると何とか小さく飲み込んだ。

 しかし放心状態の少女は、愛しい人の亡骸を抱きしめた手を離そうとしない。

『巫女姫様腹の子にさわります』

『どうか食べてくだされ』

『食べてくだされ』

 ラプトルからキリルの枝を受け取ったノームの一人が、もう一人に肩車されて伸び上がり、小さな実を枝から外して少女の口に押し込んだ。

 声も無く泣いていた少女は、口の中の物を何とか飲み込んだ。次々と優しくその口に入れられるキリルの実を、無言で噛んでは飲み込み続けた。

 ……食べて! お願いだから食べて!

 レイも必死で祈っていた。


 次に目に入ったのは、大きく掘られた穴の底に横たわる男性だった。綺麗に拭われた顔はとても穏やかだった。その胸元に置かれた剣は、今は綺麗な光を静かに放っている。

「愛してるわレイルズ……少しだけ待っていてね。この子を無事に送り出したら、私もすぐに側に行くわ」

 手にした花を投げ入れた少女は、目を閉じて葬送の歌を歌い始めた。

 少女の声と思えぬ程の朗々と響くその歌声は、静かな森に響き渡り、愛しい人の最後の旅路に優しく寄り添った。

 土が被せられたところで、また視界が途切れた。


 次に見えたのは不思議な光景だった。


 どうやら地下らしいその場所は、レイの石の家と少し似ているが、もっと小さな部屋だった。

 少女の足元に見える、大きな綿兎の毛の塊の様な物は何だろう。

 ふわふわと空中を漂うシルフの視界は定まらず、じっと見ていると目が回りそうだった。

「皆、ありがとう。それじゃあ次に会うのは……百年後ね」

 少女はそう言うと、足元の綿の中に足を入れた。

「我、此処に時の繭を閉じる者なり。精霊王の御許にて、時の流れを飛び越えて再び帰るその日まで、我この場所を閉じる也」

 そう言って手にしたペンダントを自分の首にかけると、少女は綿の中に身を屈めて潜り込んで横になった。

 周りに現れたシルフが綿を取り囲む。すると、誰も触れていないのにまるで生きている様に綿が伸びて、少女の身体をあっと言う間に包み込んだ。やがて綿は綺麗な楕円形をした大きな繭の形になった。

 シルフ達が、その繭を守る様に周りに座った。

『おやすみ』

『おやすみ』

『良き夢を』

『おやすみ』

『おやすみ』

『約束だよ』

『次に会うのは百年後』

 優しく歌うシルフ達に加わって、レイの視線のシルフも繭の上に座った。

 また、視界が真っ暗になった。



 次に目を開いた時、何も見えない真っ暗な世界だった。

 一瞬、闇の眼に囚われた時を思い出してパニックになりかけたが、何とか深呼吸して落ち着くように自分に言い聞かせた。

『ようやく逢えたね』

 少し離れた場所に光る人影が現れた。

 しかし、それは水面に映る月影のように揺らいで形が定まらなかった。

「君は誰?」

 今度は普通に自分の声が出た。

 目の前から聞こえる声は、レイと然程変わらないであろう少年の声をしていた。

『本当はまだ、逢う筈じゃ無かったんだけどな。光の精霊達が少し間違えちゃったみたい』

 困ったようなその声を聞いて、レイも困ってしまった。

「えっと、でもそんな事言われても……」

『そうだね。とにかく渡すよ。でも、本当に必要な時が来るまで忘れておいてね』

 声の主はそう言うと、両手を伸ばしてレイの胸元にその手を当てた。揺らぐその光る姿は、エイベルと違って全く温度を感じなかった。

『受け取って。大切な、星のかけらを』

 目の前に光が溢れ、目を閉じていても眩む程の光にレイは悲鳴をあげた。胸元に当てられた光る手がゆっくりと胸の中に沈んで行く。身体中に光が溢れ、悲鳴が止まらない。

『それじゃあまた逢おうね。しばしのお別れだ、古竜の主よ』

 笑ったようなその声を最後に、レイの身体の中に溶け込むようにして光る姿はいなくなった。


「レイ! しっかりしてください!」

 急に聞こえたタキスの大声に、レイはびっくりして飛び上がった。

 目を開けると、すぐ近くで自分を覗き込んでいるタキスと目が合った。

「えっと……」

「レイ! 私が分かりますか?」

 叫ぶようなタキスの声に、レイは何度も頷いた。

 自分は何をしていたんだっけ? 何だか、以前もこんな事あったよな。

 自分を抱きしめるタキスの泣き声を聞きながら、思わず現実逃避してしまうぐらいに、レイは自分の置かれた状況が全く分からなかった。


 ガンディとタキスの二人掛かりで診察されている間に、レイは何とか自分のいる部屋の状況を確認した。

 どうやら、王妃様と会っていたあの部屋のようだ。

 診察が終わってゆっくりと起き上がると、部屋にいた他の人達が見えた。

 アルス皇子とマイリー、王妃様とカナシア様、その後ろにはアルファンとルークもいる。皆、心配そうに自分を見つめている。

「問題無いようだな。さて、レイよ。何を見たか教えてくれるか?」

 真剣な顔で自分を覗き込むガンディを見て、レイはちょっと考えた。

「えっと、多分、若い時の母さんと父さんを見ました」

「何を見たか、覚えておる限り詳しく話してくれ」

 頷いたレイは、精霊の目を通して見た一連の光景を順番に話して聞かせた。


「それで、次に見えたのが、多分地下の部屋で、そこにいたその少女が、えっと……足元に置いた綿の塊の中に入って繭になっちゃったの」

「綿の繭?」

「うん。えっと、こう言ってたよ。我、此処に時の繭を閉じる者なり。精霊王の御許にて、時の流れを飛び越えて、再び帰るその日まで、我この場所を閉じる也。だって」

 驚いた事に、あの難しい長い言葉がすらすらと出て来た。

「それは……」

「……時の繭だと?……」

 タキスとガンディの二人が、言葉を無くしたように無言でレイを見つめている。

「うん、そう言ってたよ。それから……ええと……」

 あと少し、何か見た気がするのだが、それは全く思い出せなかった。

「あと少し何か見た気がするんだけど、覚えて無いや」

 タキスとガンディは、無言で顔を見合わせた。

「覚えておらぬ?」

「うん。覚えてるのはこれだけだよ」

 不意に頭の中に光る姿が浮かんだが、それは一瞬で消えてしまった。

「肝心の、星のかけらに関しては全く記憶に無い? そんな筈はあるまい」

 マイリーのきつい言い方に、レイは怯えたようにタキスにしがみついた。

「本当に、本当に覚えてません」

 タキスの後ろに隠れて、何度も首を振った。

「やめなさい、マイリー。怯えてるじゃないの」

 王妃様が、隣に来て抱きしめてくれた。

「目が覚めて良かった。皆、心配していたのよ」

 額にキスされて、レイは顔を上げた。

「お役に立てなくてすみません。何か思い出したら、必ず言います」

 何とかマイリーに向かってそう言った。すると、彼は困ったように苦笑いして首を振った。

「すまない。怯えさせるつもりは無かったんだ。俺は集中すると、どうしてもきつい言い方になるらしくてな、気にしないで。何か思い出したら、必ず教えてくれ」

 頷くレイを見て、マイリーは立ち上がった。

「とにかく、レイの意識も戻った事だし、今日はここまでにしましょう。よろしいわね」

 王妃様の言葉に、皆頷いた。

「立てますか?レイ」

 タキスに付き添われて立ってみたが、全くどこも痛くないし普段通りだった。

「うん。大丈夫だよ」

 軽く飛び跳ねてみて、大丈夫な事を確認して頷いた。


 王妃様とカナシア様、アルファンの三人が出て行くのを見送ってから、レイ達も部屋を後にした。

 竜騎士隊の本部のある建物に着くまで、誰ひとりとして口を開かなかった。

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