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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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1987/2491

内緒の準備

「それでは父上、母上。後ほど会場でお会いしましょうね」

 馬車を降りたジャスミンの嬉しそうな言葉に、ボナギル伯爵夫妻は苦笑いしつつ頷いた。

「ああ、では楽しみにしているからね」

「楽しみにしているわ。でも、あまり無茶は駄目だからね」

 笑ってそう言いジャスミンの頬にそっとキスをしたリープル夫人は、待っていてくれた案内役のユージンと笑顔で頷き合い、ボナギル伯爵の腕を取ってそのまま本部の建物の中へ入って行った。

 両親の後ろ姿を笑顔で見送ったジャスミンは、ゆっくりと進んできて目の前に止まったディレント公爵家の紋章の入った馬車を見上げた。

 馬車の後ろから、グレッグ執事が降りてきてジャスミンに一礼する。

「ご苦労様です」

 当然のように笑顔でそう言ったジャスミンにもう一度一礼したグレッグ執事は、横に来た竜騎士隊本部付きの執事と小声で言葉を交わして頷き合った後、馬車に向き直った。

 軽くノックをしてからゆっくりと扉を開く。

「ようこそ!」

 笑顔のジャスミンの言葉とほぼ同時に、馬車から転がるようにして駆け出してきたニーカが、ジャスミンに飛びつく。

「ジャスミン!」

「いつも元気ね。ディアも、ようこそ!」

 ニーカの分の贈り物の包みも一緒に持ったクラウディアが馬車から降りてきたのを見て、グレッグ執事が即座に贈り物の袋を預かった。

「ほら、こっちよ」

 笑顔のジャスミンとニーカの二人がかりで両手を引かれてしまい、クラウディアは驚きつつ大人しく引っ張られて本部の建物に入っていく。そのまま四階まで上がって行った。

「あら、ここはいつもの階とは違うのね」

 見慣れた竜騎士達と一緒にお茶をする休憩室がある階とは違うのに気付いて、クラウディアは不思議そうに豪華な廊下を見回している。

「ほら、こっちよ」

「こっちこっち!」

 嬉しそうにそういうジャスミンとニーカに手を引かれて、そのまま廊下を進んでとある扉の前に到着した。

「ここが会場なのね」

 慌てて背筋を伸ばすクラウディアだったが、何故か二人が手を離してくれない。

 戸惑うように首を傾げるクラウディアを見て、満面の笑みで頷き合ったジャスミンとニーカは、扉の横に控えていた執事を揃って見上げた。

 それを見て一礼した執事が、ゆっくりと扉を開けてくれる。

「どうぞ」

「ご苦労様です」

 そう言って下がる執事に、当然のようにそう言ったジャスミンは、ニーカと並んでクラウディアの腕を引いて部屋の中へ入って行った。

 三人が部屋に入ったのを確認した執事は、そのままゆっくりと扉を閉め、まるでその場を守るかのように扉に背を向けて立つ。進み出てきた別の執事も並んで扉の前に立つ。

 部屋からは少女達の話す声と歓声、それからしばらくして、戸惑うようなクラウディアの小さな悲鳴が聞こえてきたのだった。



「ええ、ここが会場じゃあないの?」

 部屋に入ったところで思わず足を止めたクラウディアは、予想外の部屋の様子に戸惑いながらそう尋ねた。

「ここで、まずは衣装直しをするのよ」

 満面の笑みのジャスミンの言葉に、クラウディアは目を見開く。

「ええ、衣装直し?」

「そう。あのね、今日は最初はお茶会で、明るい時間にする予定だったでしょう?」

「ええ、確かにそう聞いていたわね。でも急遽夕食会になったって聞いたわ。きっと皆様、お忙しいのね」

 クラウディアの言葉に、ジャスミンとニーカが揃ってにっこりと笑う。

「実は、私達がお願いしたの。夕食会の方がゆっくり時間を取れるって聞いたからね」

「それはどういう意味……?」

 全く状況が掴めないクラウディアは、困ったように部屋を見回した。

 入ってすぐのところに、おそらく侍女と思われる揃いの服を着た女性達が何人も笑顔で並んでいる。

 その奥にあるのは、数え切れないくらいのドレスの数々で、移動式のハンガーに全て掛けられている。

 それから、おそらく貴族のご婦人なのだろう女性達が、その大量のドレスの横で満面の笑みでこっちを見ていたのだ。正確にはクラウディアを。

「ようこそお越しくださいました。ナイルと申します。竜司祭となられるお二人の衣装作りを担当させていただいております」

 笑顔で進み出てきたやや年配の大柄な女性の言葉に、我に返ったクラウディアは慌てて両手を握りしめて額に当て、その場に跪いた。

「初めましてナイル様。クラウディア・サナティオと申します。厚かましくも押しかけてまいりました。お邪魔にならぬよう致しますので、どうぞよろしくお願いいたします」

 この衣装の山を見て理解した。おそらく今夜のジャスミンとニーカは、巫女としてではなく竜司祭見習いとして夕食会に参加するのだろう。となると、巫女服ではなくドレスを着るのは当然だ。

 そう考えたクラウディアは、後ろに下がろうとしたが出来なかった。

 先ほどの侍女のうち全部で四人が、クラウディアの背後にいて彼女の腕をそっと押さえたのだ。

「では、クラウディア様はどうぞこちらへ」

「は、はい」

 邪魔にならないように下がるつもりだったのに、何故かドレスのすぐ横へつれて行かれる。

「私達は、一応今決まっている竜司祭の正式な衣装のお披露目をするの。まだ少し変更があるかもしれないけれどね。ディアのドレスはそっちね」

 離れたところに立つジャスミンの言葉を聞き逃しそうになって、慌てて振り返る。

「ええ、待って! 私も、私もドレスを着るの……?」

「そうよ。ここなら身内だけだから、構わないでしょう?」

「私がお願いしたの。ディアにもドレスを着せてあげてって!」

 目を輝かせるニーカの言葉にクラウディアは言葉が出てこない。

「どうぞ、あまり過剰な装飾は致しておりませんので」

 年配の侍女がそう言い、固まってしまったクラウディアの手を引いて衝立の後ろへ連れていく。

 この衝立は、大勢の侍女達の前で着替えるのは慣れているジャスミンと違い、着替えの際に人目を気にするであろうクラウディアへの配慮だ。

 それを見て笑顔で頷き合ったジャスミンとニーカは、それぞれ来てくれた侍女達と衣装担当のお針子さん達に取り囲まれて、早速着替えを始めた。

「ええ、ちょっと待ってください! そんなの無理です!」

「夜会ではこれくらいは当然なのですがねえ。お気に召さないようでしたら、こちらに致しましょう」

「いえ、あの、そんな豪華なドレス…… ええ! あの、ちょっと待ってください!」

 戸惑うようなクラウディアの悲鳴を聞いて、揃って吹き出したジャスミンとニーカだった。

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