控え室にて
「お疲れ様でした。見事でしたよ」
神殿での大役を終え、控え室に戻ったクラウディア達を出迎えてくれた舞いの指導役である年配の僧侶達が、少し目を潤ませながら揃って拍手をしてくれた。
「ああ、素晴らしかったわ。また、この目で無音の舞を見る事が出来たなんて……ありがとうクラウディア。本当に、本当に見事でしたよ」
一番の年配の僧侶は、先ほどから何度もそう言いながら感動の涙に目を潤ませている。
「とんでもありません。あれは、私を通じて守護竜であるルビー様がシルフ達を使役してくださったのです。いつもの精霊魔法を使う時とは違っていて、なんと言うか……とても不思議な感覚でした。自分の体が自分のものではないような、足元が覚束なくてふわふわとしていて雲の上にいるような感じで、足捌きやリボンの向きを間違えたらどうしようかと、実を言うと内心では冷や汗をかいていたんです」
腰に巻いたサッシュベルトを緩めながら、少し恥ずかしそうにクラウディアがそう言って笑って首を振る。
「そうだったの? そんなふうには全然見えなかったわ。いつも以上に堂々としているように見えたわよ」
笑ったリモーネとペトラの言葉に、舞い仲間達が目を輝かせて揃って頷く。
『ご苦労だったな』
『其方は術の共鳴の際に』
『一切の抵抗しなかったので』
『シルフ達を使役するのがとても楽に出来たよ』
『素晴らしい舞であった』
『久方振りの楽しい時間を共に過ごさせてもらったよ』
その時、クラウディアの左肩に伝言のシルフが現れて優しい声でそう言って彼女の頬をそっと撫でた。
この声は、普通のシルフの声だが、見える姿は通常の伝言のシルフの大きさの比ではない。
この伝言のシルフを寄越した人物が只者ではない事が容易に想像出来て、その場にいた全員が目を見開く。
無言の注目を集める中、一つ深呼吸をしたクラウディアが慌てたように自分の左肩を見る。
「あの、もしや……ルビー様でいらっしゃいますか?」
サッシュベルトを巻き取っていた手を止めて、居住まいを正す。
『ああそうだよ』
『なかなかに楽しい時を過ごさせてもらった』
『良き精霊使いたる巫女殿とその舞い仲間達に労いをと思うてな』
笑った優しいその言葉に、クラウディアだけでなくその場にいた全員が慌てたように跪いて両手を握りしめて額に当てた。そのままクラウディアに向かって一斉に深々と頭を下げる。
クラウディアも、その場に跪いて深々と頭を下げた。
『うむ』
『構わぬから楽にしなさい』
笑ってそう言いクラウディアの頬にそっとキスを贈ったルビーの使いのシルフは、ふわりと浮き上がってまだ跪いて頭を下げている巫女達の頭を順番にそっと撫でていった。
『顔を上げなさい』
『では我はこれにて』
『寛いでいるところを邪魔したな』
『これからもしっかりと精進しなさい』
『また共に舞える日を楽しみにしておくとしよう』
そう言って優雅に空中で一礼したルビーの使いのシルフは、そのままくるりと回って消えてしまった。
しばし無言だった巫女達がようやく顔を上げ、もうその場に伝言のシルフがいない事を確認すると同時に、全員が堪えきれないような甲高い歓声を上げた。
「凄いわ!」
「守護竜様に直々に労っていただけたなんて!」
「ああ、まだ手が震えているわ」
「凄い! 夢みたい!」
あちこちで手を取り合って感動を分かち合っている巫女達や僧侶達だったが、クラウディアはその場にぺたんと座り込んでしまった。
「ちょっと、大丈夫?」
慌てたようにリモーネとペトラが駆け寄ってクラウディアの腕を支えて立ち上がらせてくれる。
「ああ、はい、大丈夫です……ちょっと、緊張の糸が切れちゃったみたい、です……」
今更ながらに震え始めたクラウディアを見て、その場は暖かな笑い声に包まれたのだった。
『彼女の術に対する共感性は素晴らしかったぞ』
『ほう、やはりそうか』
窓枠に座ったルビーの使いのシルフとブルーのシルフがごく小さな声で話をしている。
『まだ十代であれほどの強い魔力を秘めておるとは驚きだよ』
『だがまだ術の制御は半人前だな』
『今後どれほどに伸びてくれるかとても楽しみだ』
嬉しそうなルビーの使いのシルフの言葉に、顔を上げたブルーの使いのシルフは何か言いたげだ。
『ん? いかがした?』
ルビーの使いのシルフが、不思議そうにブルーの使いのシルフを覗き込む。
『それは我も以前から思うていた』
『彼女はそれこそ』
『成長すれば竜の主にすら匹敵するほどの力を得る可能性がある』
断言するようなブルーの使いのシルフの言葉に、ルビーの使いのシルフが絶句する。
『そ……それほどか?』
『ああ。だが開花せずそのままに、人の短い命が先に尽きる可能性も大いにある』
『我としては、人の子にとって過ぎた力は不幸の元となり得る故、そこまでの成長は望んではおらぬがな』
『確かにその通りだな』
『あの優しき巫女殿にはそのような大きな力は扱えぬであろう』
『それどころか一歩間違えばそれは災いの種となろう』
『ある程度のところで封印すべきか?』
心配そうなルビーの使いのシルフの言葉に、ブルーの使いのシルフは笑って首を振った。
『心配には及ばぬ。その役目は、もしもその時が来れば我がするよ』
『未来は未だ確定せぬ霧の中にある。それぞれが、負うた己が定めに従い精一杯生きるだけだ』
『我らはそれを助け、共に生きるだけの事……ただ、それだけの事さ』
最後は呟くような小さなブルーの使いのシルフの言葉を、ルビーの使いのシルフだけでなく、いつの間にか現れた竜騎士達の伴侶の竜達の使いのシルフも現れて、それぞれに真剣な表情で話を聞いていたのだった。




