巫女達の舞
『いよいよだな。ではしっかりと演奏しなさい』
笑ったブルーのシルフがそう言ってレイの頬にキスをくれ、そのまま竪琴の上に座った。
「うん。じゃあ、頑張るからブルーはそこで聞いていてね」
小さく笑ったレイは、抱えた竪琴をゆっくりと響いてくるミスリルのハンドベルの音に合わせて爪弾き始めた。それに重ねるようにマイリー達のヴィオラも前奏を奏で始める。
静かな前奏が奏でられる中、右手に持ったミスリルのハンドベルを一定の間隔で打ち鳴らしながら、八人の巫女達がしずしずと進み出てきて祭壇正面の位置にゆっくりと広がる。
演奏の音に合わせてまず祭壇を向いた巫女達が、軽く膝を折って深々と祭壇の向かって一礼して精霊王に敬意を示す。
顔を上げた巫女達はゆっくりと動いて八人が円陣を組む形になり、輪の中央を向いた巫女達が同時に頭上に掲げたハンドベルを一度だけ大きく力一杯打ち鳴らした。
静まり返った堂内に、ミスリルの澄んだ鐘の音が響き渡る。
そして、竜騎士達が演奏を始めた精霊王を讃える歌に合わせてゆっくりと舞い始めた。
初めはゆっくりと円陣を組んだまま前に進み、輪がゆっくりと回転する。そのまま輪が広がっていき、祭壇前いっぱいまで広がったところで同時に足を止める。
「このめでたき日に」
「我らが舞を」
「このめでたき日に」
「我らが歌を」
「今ここに」
「我らが歌を」
「精霊王に捧げるなり」
「精霊王に祝福あれ」
「精霊王に祝福あれ」
声を揃えてそう言った巫女達が、右手のミスリルのハンドベルの上下をひっくり返してまた大きく打ち振る。
澄んだ鐘の音がまた堂内に響き渡る。
そして、ゆっくりと腰を落とした姿勢で半歩前へ、半歩後ろへ、ゆっくりと歌いながら舞い始めた。
「新たなる、命宿せし嬰児よ」
「精霊達の祝福を」
「定め背負いしその魂に」
「気高き心に祝福を」
「健やかに育てと祈るなり」
「幼き我らを導きし」
「精霊王に祝福を」
「精霊王に祝福を」
八人の巫女達が声を揃えて歌う、精霊王を讃える聖歌。
レイは必死に演奏を間違えないようにしながらも、目の前で繰り広げられる豪華な衣装に身を包んだクラウディア達の舞を、一瞬たりとも見逃すまいと目を輝かせて見つめていたのだった。
最後にもう一度大きくミスリルのハンドベルが打ち鳴らされ、最初と同じ円陣に戻った巫女達の動きがぴたりと止まる。
誰かの吐いた密かなため息が聞こえ、一瞬遅れて大きな拍手が沸き起こった。
拍手に応えるように、客席側を向いた巫女達が軽く膝を降り一礼する。
その時、神官達が何かを抱えて進み出てきた。
「あれ、何だろうね?」
一本用の大きな燭台がテーブルの中央に一つだけ載せられた小さな丸いテーブルを持ってきたその神官は、巫女達に軽く一礼すると円陣の中央へ進み出て、その場に持っていた丸いテーブルを置いてすぐに下がって行った。
燭台に蝋燭は刺さっておらず、短い蝋燭が用意されてはいるが何故か燭台の横に倒してあり置いたままだ。
神官がいなくなってから七人の巫女達が中央に集まり、手にしていたミスリルのハンドベルをそのテーブルの周囲に円を描くようにして置いた。
しかし、通常であればハンドベルの鐘の部分を伏せるようにして置くのだが、何故か彼女達はハンドベルの上下をひっくり返して鐘の部分を上を向きして置いたのだ。
どうやらテーブルには、ハンドベルの柄の部分を差し込む穴が空いていたらしく、置かれたミスリルのハンドベルは上向きのまま倒れない。
「あれ? ディーディーだけベルを持ったままだ」
何故か一人だけ動かなかったクラウディアの手元にはミスリルのハンドベルが握られたままだ。
不思議に思って見ていると、巫女達が先ほどと同じように円陣を組んだ位置に戻る。
少しざわめいていた堂内が、また一瞬で静かになる。
クラウディアが持っていたミスリルのハンドベルを一度だけ打ち鳴らした。
「あ、シルフ達が……」
彼女を見つめていたレイは、思わずごく小さな声でそう呟いた。
今まで、彼女達の頭上に集まって舞を眺めていたシルフ達が、一斉にクラウディアが持つミスリルのハンドベルに集まり、これ以上鳴らないようにベルの中にある棒を押さえたのだ。
長く尾を引いて鳴り響いていた音が唐突に消える。
頷いたクラウディアは、そのまま左手に持っていた銀色のリボンを軽く解いて鞭のように振った。
するとこれもシルフ達が大はしゃぎしながら捕まえ、中央に置かれたテーブルまでリボンの先を引っ張っていったのだ。
精霊達が見えない人々には、リボンが勝手に伸びていくように見えただろう。
それを見て、他の巫女達もずっと左手に持ったままになっていたリボンを解いて軽く振った。
当然これもシルフ達が次々に掴んで引っ張り、中央のテーブルへと持っていく。
そして、リボンの先を蝋燭の無い燭台の針に次々に突き刺し、全員のリボンが刺さったところで、置いたままになっていた蝋燭をシルフ達が持ち上げて燭台に突き刺した。
「ええ、気まぐれな彼女達にちゃんと決められた手順で作業をさせるって、凄い。これってディーディーがやらせているの?」
黙って周囲に結界を張ったレイは、それでもごく小さな声で我慢出来ずにブルーのシルフにそう尋ねた。
『これは、この国の守護竜たるルビーが一時的に彼女達を支配して、使役してやらせているのさ。降誕祭当日の夜限定の、彼女達の仕事だよ。これは我にも出来ぬな。これが出来るのは守護竜のみだ』
笑ったブルーの優しい言葉にレイの目が見開かれる
『そしてこれをするには、上位の精霊使いの舞い手がいないと駄目なのだよ。この国で、この舞が降誕祭の夜に奉納されるのは、実に二十年振りなのだそうだ。ルビーとシルフ達が張り切っていたよ』
面白がるようなブルーの言葉に、レイは感心したように何度も頷いた。
『ここから、音の無い舞が始まる。見逃さぬようにな』
笑ったブルーがそう言い、ごく小さく指を鳴らした。
何かが割れる音が一瞬だけ響き、レイは居住まいを正して静かに舞い始めたクラウディア達を息を殺して見つめていたのだった。




