それぞれの準備
「ねえ、背中側にシワは無い?」
「私も見てください」
カミラとルルカの二人が、振り返ってクラウディア達を見る。
「うん、ちょっと待ってね。どれどれ、ちゃんと出来ているかな?」
笑顔で進み出たリモーネとヴェルマが、この秋の人事異動での女神の分所へ移動となり、新しく舞仲間となった二人の衣装を確認してやる。
「ほら、ここ。シワは大丈夫だけどそれ以前に服の背中心がずれているわよ。これはちょっと、サッシュを一度外して巻き直さないと駄目ね」
「ええ、そんなあ。せっかく張り切って巻いたのに」
豪華な舞の衣装を着たルルカの言葉に、振り返ったクラウディア達は苦笑いしている。
「ほら、手伝うからとにかくサッシュを外して」
小さなため息を吐いて進み出たクラウディアは、ルルカのサッシュを緩めてやりながらそう言って笑う。
「以前のアルスターの街の神殿では、ここまで豪華な衣装は着た事がないもの。さすがはオルダムね」
嬉しそうに衣装の裾を引っ張りながらのルルカの言葉に、クラウディアも笑顔で頷く。
「そうね。私はブレンウッドからここへ来たけれど、確かに街の女神の神殿も、それからこのお城の女神の神殿の分所も、どちらも確かにとても豪華で綺麗ね」
「そりゃあ皇王様の目に触れる事だってあるんですもの。衣装や装飾品が豪華になるのは当然なのではなくて?」
エミューの綺麗に結い上げた髪に何本もの簪を差し込みながらペトラが笑う。
「確かにそうよね。衣装を作ってくださる方々の腕も、オルダムが随一だって聞いた事があるわ」
そのペトラの結い上げた髪にも簪を差し込んでやりながらエルザも笑顔でそう言う。
八人に増えた女神の分所の舞い仲間達は、皆とても仲が良い。
お互いの背中を改めて確認し合い、それから簪が歪んでいないかを確認する。
それが終われば、舞に使う銀糸で織り上げたリボンの巻き方を確認して、ミスリルのハンドベルを箱から取り出してから揃って安堵のため息を吐いた。
「この顔ぶれで、大勢の方々の前で踊るのは初めてね。いいわね、皆。人数が増えて自分の立ち位置が変わっていますから、各々間違わないように気を付けてください」
「はい!」
一同の中では一番の年長でまとめ役であるリモーネの言葉に、全員が真顔で背筋を伸ばして返事をした。
「では、頑張りましょうね」
その声に、全員が揃って笑顔で手を叩き合った。
「巫女様がた。そろそろお時間です。ご準備は出来ましたでしょうか」
軽いノックの音と共に案内役の執事の声が聞こえて、全員揃って扉を振り返る。
「はい、今参ります」
なんとなく無言の譲り合いの後、小さく笑ったクラウディアがそう応える。
「では参りましょう」
笑顔で頷き合った巫女達は、それぞれ準備していたリボンの束を左手に持ち、ミスリルのハンドベル右手に持ったリモーネの言葉に全員が頷き、部屋から出ていった。
呼びもしないのに勝手に集まってきていたシルフ達は、そんな彼女達の後をいそいそとついていったのだった。
「そろそろ時間だ。肩掛けをしておくように」
耳元で聞こえたルークの言葉に、レイは足元に置かれた木箱の中から青い肩掛けを取り出して身につけた。
ブルーの鱗をそのまま写し取ったかのように見事な濃い青色の肩掛けをそっと撫でる。
『いよいよだな』
その時、ブルーの使いのシルフが現れてレイの右肩に座った。
「うん、楽しみだな。今度はどんな舞を見せてくれるんだろうね」
嬉しそうに目を輝かせるレイの言葉に、ブルーのシルフも笑顔で頷く。
『今回は、前半は其方達の演奏に合わせて舞うが、後半は、無音の舞、と言って、文字通り無音の中を舞う。これは見事だぞ。演奏を気にせずゆっくりと鑑賞出来るから楽しみにしているといい』
「へえ、無音の舞。それって、ミスリルの鐘や鈴の音も無しなの?」
大抵、巫女達が舞を舞う際にミスリルの鈴やハンドベルを持っている。定期的に打ち鳴らされるその音がリズムの元にもなっているのだが、それも無いのだろうか?
疑問に思ってそう聞いたが、ブルーのシルフはそれを聞いても笑っているだけで答えてくれない。
これは、見ていなさい。という意味だ。
笑顔で頷き竪琴を抱え直したところで、ミスリルの鐘の音が聞こえてきた。
ざわめいた堂内が一気に静かになる。
ゆっくりと近づいてくる鐘の音を聞きながら、レイは期待に胸を膨らませてまだ閉まったままの扉を見つめていたのだった。




