焚き火の横での一幕
「へえ、オルダムの王宮の夜会で、竜騎士達が、あのドワーフの伝統歌を披露したって?」
焚き火の炎に照らされた古代種のシルフ達が伝える城での出来事を聞いて、アルカディアの民のガイは呆れたように笑いながら笑顔で頷き、手にしていたカップに入った濁り酒をゆっくりと飲んだ。
隣にいたバサルトが横においてあった大きな酒瓶から濁り酒をカップにゆっくりと注ぐ。
「おう、ありがとうな。蒼の森での演奏会の一件を聞いた時も驚いたが、さすがは古竜だな。持っている知識の量は、本当に桁違いだよ」
大きなため息を吐いたガイの言葉に頷いたシルフは、あのメロディをハミングで歌い始めた。
「ああ。成る程。今回は、歌詞は無しだったのか。とは言え、近いうちに絶対にそっちも披露するつもりだろうな。良いのかよ?」
やや咎める口調のガイの言葉に、古代種のシルフ達はコロコロと笑った。
『構わない』
『あの歌詞そのものは秘するようなものではない』
真顔になってそう言った後、にっこりと笑って満足そうに頷く。
『それに蒼竜様はこう仰っていた』
『失われしこれを再びドワーフの手に戻せたという事は』
『一千年を超える長い時を与えられし我も』
『己が役割をひとつ果たせたという事だと』
『これは双方にとってとても善き事なのだと』
「そうだな。確かにどちらにとっても善き事だったろうさ。我らにとっては、驚いたなんてものではなかったがな」
バザルトも濁り酒を飲みながら、感心したようにそう言って肩をすくめた。
「それにしても。あの古竜がドワーフ達に失われていた歌詞を返したって。すげえよなあ。いやあ、さすがは千年を超える時を生きる古竜だ。俺達なんか、足元にも及ばねえよ」
呆れたようなガイの言葉に、あちこちから笑う声と同意の声が上がる。
ここはタガルノの森の中に作られた野営地の一つで、今のアルカディアの民達にとって活動の拠点となっている場所だ。
「今までどれだけ呼びかけようが、一切、人の世界に関わろうとしなかった古竜が、この数年の間にどれだけの知識を人の世界にもたらしたんだ。癒しの歌の歌詞に始まり、アルカーシュでの失われし歌や曲の数々。古代の遺跡の知識や極小文字の石板。あの坊やは無邪気に喜んでいるけれど、冷静に考えると、どれ一つ取ってもとんでもない話だよなあ」
大きなため息を吐くガイの言葉に、バザルト達も苦笑いするしかない。
「ミスリル守りし鋼の君と、紅玉の君……古の誓約に関わる、ドワーフ達の存在意義に関わる二つの君主……タガルノの君主である、砂漠の大岩の君の教えは途切れてしまったが、この後、守護竜が成長してあの少女が大人になる頃には、タガルノはどうなっているんだろうな。こんなに、早く先を見たいと思ったのは久し振りだな」
ため息を吐いて目を閉じてそっと首を振る。
その呟きにも、あちこちから同意する声が上がっていた。
「幼き守護竜と勉強家な主殿に祝福を!」
笑ったガイがそう言って、持っていた濁り酒が入ったカップを高々と掲げる。
「幼き守護竜と勉強家な主殿に祝福を!」
その場にいた全員がそれに唱和して、それぞれ持っていたカップを掲げた。
「ねえガイ、ちょっと聞いてもいいですか?」
焚き火を挟んで座っていたネブラとルーカスが、揃って顔を上げて真剣な顔でガイを見ている。
「おう、俺に答えられる事ならな」
「その、今の話に出てきたミスリル守りし鋼の君と紅玉の君って、実際には誰の事を指すんですか?」
「紅玉の君って事は、ファンラーゼンの皇王、ですよね?」
「としたら、ミスリル守りし鋼の君、は……オルベラートの王ですか?」
アルカディアの民としてはまだ若い二人の質問に、何か言いかけたガイは、少し考えてから困ったようにバザルトを振り返った。
「俺に振るな」
ガイが何も言わないうちから、嫌そうに横を向くバザルトの言葉にあちこちから笑いがもれる。
「ええ、ここは年長者として若い者達にご教示いただけますか。確かにこの中じゃあ年長組だけど、俺だってアルカディアの民としては若いんだしさあ」
誤魔化すように笑うその言葉に、バザルトは鼻で笑った。
「寝言は寝てから言え。だがまあ、良い機会だ。ちょっとジジイの昔語りでもさせてもらおうかな」
笑ったバザルトの言葉に、周りにいた何人かが驚いたように目を見開き、慌てて火の周りに集まってくる。
次々に新しい濁り酒の瓶の栓が抜かれ、あちこちで酒が酌み交わされる。
「精霊王に感謝と祝福を。そして、精霊達に我らの尽きぬ愛とこの酒を捧げん」
厳かな声でそう言ったバザルトは、持っていたカップの中の濁り酒をそっと足元へこぼした。
剥き出しになった土の上に落ちた時、何人ものノーム達が現れて嬉しそうに地面を撫で、揃ってバザルトを見上げる。
「どうぞ持って行ってくれ。タガルノの今年の新酒だよ」
差し出された新しい酒瓶を受け取ったノーム達は、嬉しそうに何度も頷きバザルトの足を愛おしげに撫でてから消えていった。
「さて、何処から話すかねえ」
もう一杯、たっぷりと注がれたカップを覗き込んだバザルトは、そう言ったきり考え込むように黙ってしまった。
しかし、周囲にいるアルカディアの民達は、誰一人先を急かす事なく黙って彼が口を開くのを待っていたのだった。




