ダンスとお菓子と魔女の群れ
「お疲れさん、この後は楽器の演奏があるから、今のうちに少し休んでおくといいぞ」
ダンスの嵐からようやく解放されたレイが密かにため息を吐いて下がったところで、苦笑いしたルークがさりげなく近寄ってきてそう教えてくれる。
「僕ばっかりずるいです。ルーク、ダンスは?」
若干拗ねた様子で、口を尖らせながらそう言われて、ルークが堪えきれずに吹き出しかけて誤魔化すように咳き込む。
「言うようになったなあ。ご心配なく。この後、幾つか約束があるから俺もダンスに参加するよ。ほら、休憩しておいで」
笑って軽く背中を叩き、壁面に用意されているお菓子のテーブルを指差す。
「はい、じゃあ行ってきます!」
一転して笑顔になったレイがそう言って、いそいそとお菓子のテーブルへ向かう。
その様子を何人もの人達がおもしろそうに見つめていた。何人かのご婦人方は、レイの後ろについてお菓子を見に行った。
「さて、それじゃあ俺もお役目を果たすとしましょうかね」
その様子を見送ってから小さく笑ってそう呟いたルークは、今はあまり踊る人のいない広いホールを見た。
最初の頃は、比較的年齢の若い者達を中心にダンスを楽しんでいたが、次はそれなりの年齢の人達が進み出て踊り始めている。それに合わせて演奏される曲も、先ほどよりもゆったりした曲調のものに変わっている。
自分の後援会の代表でもあるマーシア夫人に笑顔で一礼したルークは、そのまま夫人の手を取ってゆっくりと進み出て踊り始めたのだった。
そして、ここまで観客に徹していたマイリーも、ウィルゴー夫人の手を取って同じく進み出て踊り始めていた。
「はあ、やっと一息だね」
まずは喉が渇いていたのでワイン担当の執事にお願いして、ならばこれをどうぞと用意してもらったそれほど酒精の強くない今年の新酒のワインを飲みながら、レイはゆっくりとひとつ深呼吸をしてから楽しそうに踊る人々を眺めた。
大勢の人々が踊り始めたその中でも、背筋を伸ばして踊るルークとマイリーは、そこだけ光が当たっているかのように目立っている。
「やっぱりルークもマイリーも格好良いよなあ。どうして結婚しないんだろう」
彼らがどれほどに女性に人気があるかを実際に見て知っているレイからすれば、あそこまで頑なに結婚を拒否するのもどうかと思う。
「だけどまあ、これは個人の事だからね。他人がどうこう言えるものじゃあない、か」
小さくそう呟き、飲み干したワイングラスをテーブルの端に置いたレイは、ぎっしりと並んだ新しいお菓子をいくつもお皿に取っていった。
「まあまあ、相変わらず甘いものがお好きなんですのね」
笑ったイプリー夫人の声に、ちょうど小さなパイを丸ごと一つ口に入れたところだったレイは、慌てて飲み込もうとして咽せてしまった。
「あらあら、大丈夫ですか?」
即座に来てくれた執事から水をもらい、なんとか落ち着いたところで改めて振り返る。
「もうちょっとで喉に詰まるところでした。驚かせないでください」
笑って文句を言うレイを見て、イプリー夫人がコロコロと笑う。
「まあ、失礼致しました。そんなに驚くとは思いませんでしたわ。ほらここ、パイのかけらが付いていましてよ」
笑いながら自分の口の横を指で示され、慌てて俯いて口元を拭う。
その様子を見て、イプリー夫人だけでなく周りにいた夫人達からも笑いがこぼれた。
そのあとは、来てくれたご婦人方とどのお菓子が美味しかったかで大いに盛り上がり、レイも笑顔で自分はこれが好きだ、あれが美味しかったと言っては笑い合い、次々にすすめられるお菓子を、喜んで頬張っていたのだった。
「レイルズ様。お楽しみのところを恐れ入りますが、そろそろ演奏のお時間となりますので、ご準備をお願いいたします」
一息ついて新しいワインを飲んでいたところで、一人の執事がそばへ来て耳打ちしてくれる。
「はい、行きます。えっと、演奏の準備がありますので、ひとまず失礼致します。楽しい時間をありがとうございました」
ワインを飲み干してグラスを置いてから、お相手をしてくれていたご婦人方に一礼する。
「どうぞ、いってらっしゃいませ」
「素敵な演奏を楽しみにしていますわ」
笑顔でそう言ってくれるご婦人方に改めて一礼してから、待っていてくれた執事に伴われて一旦下がる。
「ああして見る限り、もうすっかり場慣れして、堂々たるものですわね」
「生粋の貴族の若君のようね」
「でも、時々妙に幼いところが垣間見えてねえ」
「そうそう、そこがたまらないんですわ」
顔を寄せ合って小さな声で笑いながら話しては、うんうんとお互いの言葉に笑顔で頷き合う。
「あの魔女達の群れを相手にして、あれだけ笑顔でいられるレイルズを尊敬するなあ」
「全くだ。まあ、ここでも恵みの芽は健在のようだからな」
「ですよねえ。あの魔女軍団が、すっかり毒気を抜かれて完全に保護者目線なんだから、いやあ、すごいもんだ」
同じく演奏の為にその場を後にしたルークとマイリーは、ごく小さな声でそう言って、お互いに顔を見合わせて小さく吹き出していたのだった。




