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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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1966/2485

彼女の事情

 降誕祭当日、昼食は陛下の招待で奥殿で頂き、午後からはまた神殿へ戻り祭事の立ち会いをして過ごした。

「夜は、久し振りに夜会があるんですね」

「おう、楽器の演奏があるから、竪琴の用意を忘れずにな」

 夕刻の祈りの前に、竜騎士達は交代で休憩を取る時間が設けられている。

 その休憩時間に、この後の予定をルークから教えられて、レイは真剣な顔で頷く。

「この前の夜会で集めた寄付金で、どこにどれだけの物が贈られたのかの報告もあるから、一応確認しておけよな」

「ああ、すごい寄付金が集まったって言っていたもんね」

「おう、誰かさんのおかげで、史上最高金額だったらしいからな」

 大体、新しい竜騎士が紹介された年の寄付集めは、普段よりも多く集まるのだが、今回は、最終的には通年の六割近く寄付金額が増え、関係者を大喜びさせたのだった。



「そう言えば、あの後の懇親会で誰かさんが酔い潰れたせいで話していなかったな」

 カナエ草のお茶のカップを置いたルークの意外に真剣な声に、レイは驚いてルークを見た。

 部屋には一緒に休憩に入ったマイリーとロベリオがいるが、二人とも同じように真剣な顔でレイを見ている。

「はい、なんでしょうか」

 居住まいを正すレイに、ルークは苦笑いして首を振った。

「さっき話していた寄付集めの夜会。覚えているだろう?」

 もちろん覚えているので小さく頷く。

「お前の、最後の二十番目のお願い。これは覚えている?」

 一瞬驚いたように目を見開いたレイだったが、すぐに納得したようで真顔になる。

「木剣で手合わせをした、サーラ嬢ですね」

「おう、そのサーラ嬢だよ。結果的に、お前が見事に場を納めてくれたけど、お前さん、彼女の事情って……」

 そこで何か言いたげに自分を見るルークに、レイは困ったように首を振った。

「はっきり言って、彼女のお名前を聞いたのは初めてだし、もちろん顔を見たのも初めてだと思います! 全然、どうしてあんな事になったのか、僕にはかけらも分かりません!」

 全くその通りなので、そう言ってルークを見る。

「だよなあ。お前さんにしてみれば、いきなり一方的に喧嘩を売られたようなものなのに、よく自分が引く形で、あんな見事な納め方したよな。見ていて感心したぞ」

 ルークの言葉にマイリーは同意するように小さく頷いている。逆にロベリオはどうやら事情を知らないらしく、不思議そうに話を聞いている。

「サーラ嬢は、子爵家の一人娘でね。ただ、ダンスや楽器の演奏、それからお裁縫のような言ってみれば女性的な事は壊滅的に駄目らしい。だからなのか、成人年齢になっても一切社交の場には出て来ていない」

 どうりで彼女を夜会で見かけた事が無かったわけだ。納得して小さく頷く。

 カナシア様のように、夜会に男装で参加する女性もいないわけではない。

 その場合は一緒にダンスをするわけではないが、社交会ではそのような女性は大抵有名になるので、レイも、もしも見かけていたら覚えているだろう。

「ちなみに、お父上のヴォーグル子爵は軍人で、国境に近いベルフィアの街の南側に領地をお持ちだ。当然、ベルフィアの駐屯地に勤めている将校だよ」

 ルークの言葉に、レイは息を飲む。

 オルダムから東へ伸びる、北街道と呼ばれる街道は、実質国境で異変があった際に軍を即座に国境へ送る為に、各街に、軍人の中でも即戦力となる有能な人達が集められている。駐屯地は、国の中でも一二を争う規模だ。

 特にベルフィアは、国境に一番近いピケの街の次に近い大きな街で、有事の際には、真っ先に出撃命令が出る場所でもある。

「そのサーラ嬢は、幼い頃にオルダムにある親戚のところへ預けられて、そこでまあ淑女教育を受けたんだけど、どうにも馴染めなくてね。それどころか、護衛の者達と日々訓練を重ね、とうとう士官学校に入りたいと言い出したわけだ」

 ルークがそう言って肩をすくめる。

「俺達は、当然だがヴォーグル子爵とは面識がある。国境の砦で何度もお会いしているからな。用兵に優れた優秀な人物で人柄も良い。有事の際に決して怯まない、信頼のおける人物だよ」

 マイリーがルークの後を継いでそう教えてくれる。

「お嬢さんの事は、俺達も何度か愚痴まがいの話を聞いていたから知ってはいたが、実際にお目にかかったのはあの日が初めてだよ」

 ルークがそう言ってため息を吐く。

「ただし、その少し前に彼女の面倒を見ていたとある人物から、俺達は相談を持ちかけられていた」

「相談ですか?」

 父親との面識はあるものの、本人との面識が無いルーク達に、一体何を相談するのだろう。

 首を傾げるレイを見て、またルークがため息を吐く。

「彼女が、士官学校に入りたいと言い出して、当然ご両親も、それから預かり親であるご夫婦も大反対した。手合わせしたお前なら分かるだろうが、確かに剣は扱えるがあくまでもたしなみ程度。到底、本職の軍人の足元にも及ばない。それに、士官学校に入るならもう少し早くないとな。成人してからでは遅すぎる」

 確かに、士官学校なら十代前半から寄宿舎に入って団体生活を行いながら通うのが普通だ。

「それで、彼女と大喧嘩になったらしいんだが、その際に彼女がこう言ったらしい。ならば自分の腕を見せるから、有能と噂のレイルズと一対一で勝負したいとね」

 まさかの自分の名前が出て、驚きに目を見張る。

「えっと……それで、まさか、あの入札に、なったわけ……?」

 ルークとマイリーが揃って頷くのを見て、レイが困ったように眉を寄せる。

「ええ、ちょっと待ってください! その話の流れだと、僕が負けちゃあ駄目じゃないですか! あんな腕で、軍人なんて絶対に務まらないですよ!」

 慌てたように血相を変えて立ち上がるレイを見て、ルークとマイリーが揃って吹き出す。

「そこが恵みの芽である誰かさんだよなあ。あのあと彼女は号泣して、預かり親であるお二人とそれからご両親に、自分がどれだけ世間知らずで、わがまま勝手を言っていたか、レイルズ様と手合わせしていただいて思い知った、って。今後は心を入れ替えて勉強に励むから、どうか許してくれって、泣きながら謝罪したそうだ」

「ええ、そうなんですか?」

「元々勉強はとても優秀だったらしく、高等教育は全て完了していて、士官学校が駄目なら大学への進学を希望していたそうだ。それで相談の結果、政治経済学と、領地経営の為に経理関係を大学で勉強する事になったらしい。将来的には、軍人の婿養子を取って跡を継いでもらい、彼女には領地経営を任せる事にしたみたいだよ」

 レイとロベリオが、揃って感心したように頷き拍手をする。

「お前宛の丁寧なお礼の手紙が本部に届いているから、本部に戻ったら確認しておいておくれ」

「分かりました。後で確認しておきます。じゃあ彼女に、しっかり勉強を頑張ってくださいって、手紙を書いておきますね」

 にっこりと笑うレイの言葉に、今度はマイリーとルークが揃って拍手をしたのだった。

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