竜舎にて
「スマイリー!」
両手を広げて第一竜舎へ飛び込んでいったニーカが、自分の伴侶の竜に飛びつくのを見て、笑ったジャスミンも、クロサイトの隣にいる自分の愛しい竜に向かって駆け出して行き、こちらも歓声を上げて大きな頭に飛びついて、大喜びでまるでダンスのステップを踏むみたいに何度も飛び跳ねている。
「仲が良くて結構な事だね」
揃ってもの凄い音で喉を鳴らし始めた二頭の竜を見たタドラが笑ってそう呟いて、自分に向かって首を伸ばして甘えるように喉を鳴らしている、愛しい若葉のような色の竜の額にそっとキスを贈った。
「僕も会えて嬉しいよ。ベリル」
「ああ、マッカム。クロサイトとルチルの移動、ご苦労だったね」
タドラ達を見て駆け寄ってきた竜人のマッカムに、顔を上げたタドラがそう言って笑う。
「はい、お二方ともご機嫌でこちらの竜舎へ移動してくださいましたからな。一度に二頭もの竜を移動させるのは久しぶりでしたが、どちらもお体がとても小そうございましたので部屋はそのまま使えました。おかげで我らは楽をさせていただきましたよ」
嬉しそうに笑ったマッカムは、少し曲がった腰を伸ばして愛しい主と戯れているクロサイトとルチルを見上げた。
若竜になったばかりで竜としてはまだまだ小さなクロサイトとルチルだが、当然だが人から見れば見上げる程の大きな体をしている。
とは言っても、第一竜舎にいる他の竜達とは比べ物にならないくらいに小さいのだ。
「大きな体のせいで、手間を掛けさせてしまって、すまなかったなあ」
そんな彼らの様子を興味津々で見ていたティミーの竜のターコイズが、ゆっくりとした口調でそう言って、巨体を揺らしながら楽しそうに笑う。
「確かに、ターコイズの移動は大変でしたなあ。何しろ、あの巨体。入る部屋が無くて突貫工事でご用意いたしましたからなあ」
笑ってターコイズを見上げたマッカムの呆れたようなその言葉に、ターコイズが笑いながら大きく喉を鳴らし、竜舎にいた兵達からも当時の大騒ぎを思い出してあちこちから笑いがもれた。
ターコイズも、ティミーと出会ったのを機にこの第一竜舎へ移動している。
とても広いこの第一竜舎内部は、それぞれの竜達の為に、厩舎の馬房のような、部屋と呼ばれる区切りが設けられている。
人の背丈よりも少し高い程度の木の柵で区切ってあるだけの広い部屋は、もちろん人の住む部屋のような天井は無いので竜にとっては特に窮屈さなはく、部屋の壁は、自分の場所がここまでなのだと竜達が認識する為の区切り程度のものだ。
広いとは言っても、今この国にいる主を持たない竜はそのほとんどが成竜以下なので、部屋は竜舎内の成竜が入ってくつろげる程度の大きさが基本になっている。
その為、この国の守護竜であるルビーに次ぐ大きな体のターコイズが入れるような広い部屋が無く、マッカム達は三つ分の部屋の壁をぶち抜き、ターコイズの為の場所を急遽確保したのだった。
「ううん、改めて見るとやっぱりクロサイトもルチルも、とても小さいねえ。僕のベリルが竜騎士隊の中では一番小さかったんだけど、そのベリルと比べてもここまで小さいんだから、ちょっと本当に大丈夫かと思っちゃうよね」
ベリルの鼻先を何度も撫でてやりながら、半ば無意識にタドラがそう呟く。
「確かにあの子達はどちらもとても小さく、そしてまだ幼いですね。それでも、自分に課せられた責任と義務をしっかりと理解して、幼き主とともに前に進もうとしているのですから、充分に一人前の精霊竜ですよ」
優しいその言葉に、タドラの手が止まる。
「そっか。それは素晴らしいね。でも、あの子達の主人がジャスミンとニーカで良かったと心から思うよ。あんな小さな体で戦場へ出る事を考えたら、ね……」
最後は言葉を濁すタドラに、周りにいた他の竜達も慰めるように大きな音で喉を鳴らしていたのだった。
しばらくそれぞれの竜との時間を楽しんだあと、準備が出来たとの知らせを受けたニーカとジャスミンは、タドラと一緒にまた本部の四階へ戻った。
「ううん。女性用の階は、本部も兵舎も、元々使っていなかった四階に決定したんだけど、これは考えなかったな。毎回毎回、四階まで上がるのは大変そうだけど、大丈夫かい?」
階段を上がるタドラの言葉に、顔を見合わせたジャスミンとニーカは揃って首を傾げた。
「はい、四階程度なら特に大変とは思いませんね」
二人が揃ってそう言ったあと、ニーカが足元を見ながら小さく吹き出す。
「それに、ここの階段は神殿と違って足元に絨毯まで敷いてくれてあるんだもの、滑る心配なく上がれるから、楽でいいわ」
その言葉に、思わず足を止めたジャスミンとタドラも揃って吹き出した。
「た、確かにそうだね。神殿は階段だらけだし、その階段も大抵は磨いたみたいにツルツルだものね」
笑ったタドラの言葉にジャスミンも笑いながら何度も頷く。
街の神殿もお城内にある神殿も、建てられたのは何百年も昔で、全てが石造りなのでとても頑丈ではあるのだが、石ゆえの問題もある。
礼拝堂などの表に見える部分は常に修繕が施されて綺麗に整えられているが、裏の廊下や階段などは、壊れでもしない限り修繕の手が入る事はほぼ無い。
その為、基本的に皆が同じところを歩くせいで石の階段の一部がツルツルになっていたり、場所によっては部分的に凹んでいたりするのだ。
見習いや新人の子達が、それを知らずに歩いて、うっかり転ぶ事も珍しくは無い。
清貧と言ってもいい神殿でのつましい暮らしと、貴族と同等の竜騎士隊での贅沢な暮らしの両方を知るタドラは、足元に敷かれた豪華な絨毯を見て、苦笑いしていたのだった。




