仮縫い
「ごちそうさまでした」
パンケーキを綺麗に平らげたニーカを見て、シモナ様が笑顔で頷く。
「シモナ様、仮縫いはここでするんですか?」
キョロキョロと部屋を見回しながら、興味津々でそう尋ねる。
「ニーカ様。我らに敬称は不要にございます」
「ええ、そんな事言われても……」
キッパリとそう言われて戸惑うようにそう呟いたニーカは、助けを求めるように控えていたグレッグ様を見た。
ニーカの視線に頷いた彼は、軽い咳払いをして進み出てゆっくりと口を開いた。
「ニーカ様、神殿内ではクラウディア様の手前もあり今までは何も申しませんでしたが、彼女の申す通り、我らに敬称は不要にございます。竜騎士隊の本部のお越しいただきましたからには、私の事もどうぞ今後は、グレッグ、とお呼びください。竜の主には、その権利がございます」
驚きに声もないニーカに、真顔でそう言ったグレッグは改めて一礼した。
「驚かれるのも当然かと。この件に関しましては、また後日改めて竜の主の権利と義務について、詳しく説明させていただきます」
無言でこくこくと頷いたニーカは、机の上にいたクロサイトの使いのシルフを見た。隣にいる大きなシルフは、おそらくラピスのシルフとジャスミンの竜であるルチルの使いのシルフ達だろう。
「ええと、ラピスとルチル……だよね?」
『ああ、そうだよ』
『ええそうですよ』
「今の話って……」
『ああ、レイもここへ来た当初、今の其方のように戸惑っておったなあ』
笑って頷くラピスの使いのシルフを見て、ニーカは、無言で控えているシモナを見た。
「ええと……シモナ……さ……」
「はい、御用をお伺いいたします」
様をつけられる前に、にっこりと笑ったシモナがそう言って進み出る。
それを見て、ため息を吐いたニーカは、まだ手にしたままだったカップをそっと戻した。
「あの、衣装の仮縫いはここでするのですか?」
「いえ、別室にご用意させていただいております。後ほどご案内いたしますので、それまでゆっくりとお寛ぎください」
確かに、パンケーキを食べてお腹はいっぱいなので、今お腹周りを測られたらちょっと悲しい事になりそうだ。
でも、この豪華な部屋にいるだけで緊張しているのだから、到底ここで寛げるとは思えない。
「あの、それならスマイリーに会いに行ってはいけませんか?」
せっかく本部まで来たのだから、出来れば愛しい竜の顔だけでも見ておきたい。
「もちろんです。すぐに行かれますか?」
「はい! お願いします!」
目を輝かせて立ち上がるのを見てグレッグとシモナは笑顔で頷き、一緒に部屋を出ていった。
普段は必ず竜騎士隊の誰かが一緒に行っていたので、一人で厩舎へ行くのは初めてだ。
少しドキドキしつつ二階まで階段を降りたところで、ちょうどジャスミンが上がってくるのと鉢合わせた。
彼女は、今日は朝からタドラ様と一緒にどこかへ行っていたので、会うのは初めてだ。
しかも今日の彼女は、すっかり見慣れた巫女の服ではなく綺麗なドレスを着ている。
「あらニーカ、今日は仮縫いって聞いていたけど、どこへ行くの?」
不思議そうに言われて、ニーカは困ったように首を振った。
「その仮縫いまで少し時間があるって聞いたから、せっかく本部まで来たんだし、スマイリーの顔を見て来ようかと思って」
「ああいいね。それなら少し時間もあるし、ジャスミンもルチルに会っておいでよ」
ジャスミンの下から一緒に上がってきていたタドラの言葉に、ジャスミンが嬉しそうに振り返る。
「良いんですか? だってこの後は、私も仮縫いがあると聞きましたが?」
「言ったでしょう。竜の主には、いつでも自分の竜に会いに行く権利があるって。ああ、それじゃあ厩舎へは僕が案内するから、これ、事務所の僕の机に届けておいてもらえますか」
笑ったタドラが自分が持っていた書類の束をグレッグに見せる。
「かしこまりました。ではニーカ様をお預けいたします」
素早い身のこなしで階段を降りたグレッグは、タドラから書類の束を受け取ると深々と一礼した。
「じゃあ行こうか。僕もベリルに会いたい」
ジャスミンと顔を見合わせて笑顔で頷き合った二人は、タドラと一緒に厩舎へ向かった。
「タドラ様は、神殿にいなくてよろしいんですか?」
厩舎への道を歩きながら、小さな声でタドラに尋ねる。
「これが終わればまた戻るよ。君達の衣装に関しては、僕も関わっているから、色々とする事があるんだ」
笑ってそう言ったタドラを見て、ニーカは笑顔になる。
「じゃあ、タドラ様も仮縫いに来てくださるんですね」
無邪気なその言葉にタドラは咄嗟につまずいて転びかけ、ジャスミンは遠慮なく思い切り吹き出していた。
「あらニーカ、ずいぶんと大胆な事を言うのね。クローディアに刺されても知らないからね」
「ええ? どうしてここで彼女の名前が……? それに刺されるって、どうして?」
不思議そうにしているニーカを見て、タドラとジャスミンは困ったように顔を見合わせる。
「ねえニーカ。仮縫いって何をするか分かってる?」
タドラの言葉に、ニーカは笑顔で頷く。
「お洋服の仕立てをする前に、しつけ糸を使って一度仮に縫ってみる事ですよね。私はまだ、本格的なお洋服を一から仕立てた事はないんです。だから、今日は教えてもらう気満々なんです!」
目を輝かせるニーカの答えに、タドラとジャスミンが揃って吹き出す。
「ニーカ、言葉としては間違っていないけど、その認識はちょっと違うわね。今日私達がするのは、その仮縫いした衣装を着て、どこかに不具合がないかを確認する事よ。当然、服を全部脱いで下着だけになるんだから、男性のタドラ様がそこにいると、色々と大問題になるわねえ」
両手で胸元を隠したジャスミンの言葉に、ニーカが唐突に真っ赤になる。
「ええ! 仮縫いって、そっち?」
「当たり前よ。私達が着る衣装なのに、自分で仮縫いをするのはちょっと無理があると思うわ。そもそも、竜司祭の衣装は色々と特別な仕立てだって聞いているから、多分私達には、どこをどう縫っているのかすら解らないと思うわよ」
呆れたように笑ったジャスミンの言葉に、ニーカはもう一回吹き出してから声を立てて笑った。
「やだもう私、勘違いもいいところね。ああ! スマイリーが、こっちの竜舎に来ているわ!」
いつもの第二竜舎と違い、手前側の第一竜舎に愛しい竜がいるのに気付き、ニーカは両手を広げて駆け出して行った。
「ニーカ、竜舎の中は走ると滑るよ。足元に気をつけて」
笑ったタドラの言葉に元気な返事を返し、嬉しい声を上げて差し出されたクロサイトの大きな頭に抱きついたニーカは、自分よりも大きなその頭に力一杯しがみつくようにして抱きしめたのだった。




