昼食会の終了と、ニーカの午後からの予定
「来年は、お祝いする事がいっぱいだね」
奥殿を辞して一旦城にある竜騎士隊専用の部屋に集まった一同は、レイの言葉に笑顔で頷いた。
アルス皇子は、先ほどから真っ赤になってカウリとルークにずっと揶揄われている。
「えっと、確か妊娠された女性には悪阻って言うのがあるって聞きましたけど、ティア妃殿下はお元気そうでしたね? 大丈夫なんですか?」
女性の妊娠は、レイにとっては全く未知の分野だが、それでもその程度の知識はある。
お元気そうに見えたし、レイ達よりははるかに少ない量だったが、お食事もしっかりと食べておられたように見えたが、本当に大丈夫なのだろうか?
少し心配しつつそう言ってアルス皇子を見ると、苦笑いしたアルス皇子はため息と共に首を振った。
「確かに今日は調子が良かったみたいで、しっかりと食べられていたようだね。だけど妊娠が分かった最初の頃は、かなり酷かったよ。しょっちゅう吐いていたし、ほとんどの固形物を食べられないくらいに酷くてかなり心配したんだけれど、時々は何故か普通に食べられるらしいんだ。どうやら体調の良し悪しや食欲にも波があるようで、その辺は本人にもよく分からないと言っていたね。ガンディは、妊娠初期の女性はそのようなものだと言うだけだし、まあ正直に言って、これに関しては男に出来ることなんてほぼ無いんだから、私は具合が悪くて寝込んでいる彼女の横で、何も出来ずに、ただオロオロ心配していただけだね」
「ああ、分かります。確かに妊娠と出産に関しては、男に出来る事なんて皆無っすからねえ」
今まさに奥方が出産直前のカウリの言葉に、ヴィゴも苦笑いしつつ何度も頷いている。
「カウリのところは、年明けの予定だって言ってたよね。チェルシーの体調は大丈夫なの?」
嬉しそうなレイの言葉に、カウリも笑って頷く。
「おう。もう、本当に大丈夫かって思うくらいに、見るたびにお腹が大きくなっているぞ。冗談抜きで、そのうちはち切れるんじゃあないかって心配になるくらいにさ」
自分のお腹の前に両手を広げて大きく弧を描いてみせる。
「ええ、そんなに?」
「冗談抜きで大きさが凄いんだよ。まあ、あの中に赤ん坊が入っているんだからそれくらいは必要と言われればそうなんだろうけど……見る度に、女性って凄いなあと感心するばかりだよ。何しろ、命を丸ごと一つ作っちゃうんだからさ」
「確かにそうだな。こればかりは、逆立ちしても男には出来ぬ事だからな」
うんうんと頷くヴィゴの言葉に、若竜三人組も揃って頷いている。
「まあ、俺には縁のない世界だな」
笑ったルークの言葉に、マイリーも苦笑いしつつ頷いている。
「もったいないと思うんだけどなあ」
割と本気のレイの言葉に、部屋は笑いに包まれたのだった。
少し休んでから神殿の分館へ戻ったレイ達は、いつものように祈りを捧げたり歌を奉納したり、楽器の演奏をしたりして過ごしていたのだった。
「降誕祭が終われば、年明けまでなんてあっという間だわ。仕方がない事なんだって頭では分かってはいるけど、やっぱり寂しいなあ」
今夜の舞のための衣装と付属の装飾品を確認しながら、ニーカが小さな声でそう呟く。
「確かに私もニーカと離れるのは寂しいわ。でも、一生会えなくなるわけじゃあないし、お互いにやるべき事がある場所へ行くだけだもの。それに、寂しくなったらいつでもシルフを飛ばしてくれていんだからね」
隣で同じく簪の種類を確認していたクラウディアが、小さなため息を吐いてから手を伸ばしてニーカの頭をそっと撫でた。
「きっと、年明け以降は、ニーカの世界は想像もつかないくらいに激変するんでしょうね。大変だろうけれど、しっかり頑張ってね。応援しているから」
「うん! 頑張るから見ていてね。でも、たまには弱音を吐く事だってあるだろうから……その時はよろしくね」
頭を撫でられて嬉しそうにそう言って笑ったニーカは、衣装を包んでいた布をそっと撫でた。
「そうね。不安を全部聞いた後にこう言ってあげるわ。しっかりしなさいニーカ。貴女にはクロサイト様って頼りになるお方がおられるのに、貴女が泣いてどうするの! ってね」
腰に手を当てて胸を張ったクラウディアの言葉にニーカが吹き出し、顔を覆って悲鳴を上げた。
「その光景が想像出来ちゃったわ。頼りにしているから、その時はよろしくね!」
顔を見合わせてもう一度揃って吹き出した二人は、内緒話をするように顔を寄せて口元に揃って指を立てた。
それから笑顔で頷き合い、箱から出していた装飾品を二人がかりで確認しながら元に戻して行った。
「昼食のあと、午後からは竜騎士隊の本部へ行って、向こうで着る竜司祭の衣裳の仮縫いがあるんだって。不安だなあ。どんな衣装になるんだろう」
大きなため息と共にそう言って首を振るニーカの言葉に、クラウディアは驚いたようにニーカを見た。
「ええ、どんな衣装なのか楽しみにしているのに。戻ったら、どんな衣装だったか教えてね」
「ディアは他人事だからそんなことが言えるのよ。私はもう不安しかないわ。この舞の衣装みたいに裾の長い衣装だったら、歩くたびに裾を踏んですっ転ぶ自分が見える気がするわ」
大きなため息を吐いて首を振るニーカを見て、クラウディアが堪えきれずにまた吹き出す。
「ディア、酷い」
口を尖らせるニーカを見て、クラウディアは笑いが止まらない。
「ご、ごめんなさいって、そんなに拗ねないでよ。じゃあ、万が一時のために教えてあげるわ。前側の裾が長い衣装を着て歩く時は、こんなふうに爪先で中から蹴るようにしながら歩くといいのよ」
笑って立ち上がったクラウディアが、そう言って実際に歩いて見せてくれる。
「ええ、それだけ?」
「そう。要するに、一歩踏み出した時に長い裾が靴の下に入らないようにするだけ。慣れるまではちょっとぎこちなくなりがちだけど、慣れると普通に歩けるわよ」
無言で立ち上がったニーカは、少し考えて持っていた手拭き布を広げて自分の前ポケットに端を入れてそのまま前に垂らした。
細長いそれが、床に近い位置まであるのを見て小さく頷いてゆっくりと歩き始める。
「蹴って、歩く。蹴って、歩く。ああ、成る程。なんだか分かった気がするわ」
少し背筋を伸ばして真剣に歩く姿を見て、クラウディアは笑顔で拍手をした。
「そうそう、上手ね。これならきっと裾の長いドレスだって着られると思うわ」
「それは絶対に無理だからやめてちょうだい!」
顔を覆って首を振るニーカを見てクラウディアはまた吹き出してしまい、ニーカを大いに拗ねさせてしまったのだった。




