奥殿での昼食会へ
「それじゃあ、そろそろ時間かな」
ルークの呟きに、堂内に響くミスリルの鈴の音を見聞いていたレイも笑顔で頷く。
正午を知らせる鐘の音が鳴り止んだところでまず定刻の祈りが始まり、この数日何度もしてきたように全員揃って起立して、決められた歌と祈りを捧げた。
それが終われば竜騎士達は全員一旦着席して、祈りと歌の為に出てきた神官達が下がるのを見届け、それから若竜三人組とレイがゆっくりと立ち上がり、精霊王の祭壇へ一旦席を外す報告をしてから礼拝堂から出て行った。
彼らが全員出て行ってから、ルークとカウリも同じように立ち上がって祭壇に参ってから下がる。
その後、竜騎士隊付きの執事の一人が包みを持って出て来てアルス皇子にそれを手渡し、マイリーとヴィゴには小さな小袋を手渡してから下がった。
アルス皇子が受け取ったその包みの中から取り出したのは、手のひらよりもはるかに大きな透明な一枚の鱗だ。
楕円形のようにやや歪んだ形をしたそれは、アルス皇子が持っている部分がやや薄くなっていて、切り落としたように一部が欠けている。
そしてその切り落としたような根本部分から、扇状に弧を描くようにして鱗全体に細かな線が幾重にも刻まれている。
これは、この国の守護竜であるルビーから霊鱗のうちの一枚で、今年剥がれた霊鱗の中では最も大きな一枚だ。
そこに刻まれた細かな線は、一本が一年の年輪になっている。
根本部分以外は傷も汚れもない半透明なそれは、ゆらめく蝋燭の明かりを受けて宝石のように煌めいている。
愛おしげにそれをそっと撫でてキスを贈ったアルス皇子は、ゆっくりと立ち上がると自分の席にその霊鱗を包んでいた布ごと置いた。
降誕祭の期間中、竜騎士全員が席を外す際に必ずアルス皇子の席に置かれるのが、この守護竜から剥がれた霊鱗なのだ。それを見て、何人ものシルフ達が一斉に集まってきて剥がれた鱗にキスを贈り始めた。
それを見て、ヴィゴとマイリーが手にした小袋の中から灰のようなものを掴んで取り出し、その場に軽く撒く。それを見て、シルフ達が一斉に風を起こしてそれを周囲に散らした。
これは、竜の剥がれた鱗を特別に重い専用の石臼で挽いて粉状にしたもので、場を清める際に聖水と並んで使われるものだ。
「少し席を外すから、ここの守りをよろしくね」
笑ったアルス皇子の言葉に、シルフ達は笑顔で頷き席に置かれた鱗の周囲を飛び回り、先を争うようにして霊鱗に優しい風を送り始めた。
もちろん、霊鱗を飛ばすような強い風ではなく、包んでいた布を少し揺らす程度の優しい風だ。
「うん、良いね。ではよろしく」
アルス皇子の言葉に、立ったまま待っていたマイリーとヴィゴも笑顔で頷き、三人は揃って精霊王の祭壇に参ってから下がっていき別室で待っていたレイ達と合流する。
降誕祭当日の昼食は、奥殿で両陛下が竜騎士隊を招待する形で行われるのも伝統なのだ。
「えっと、ティミーとジャスミンは?」
去年までの事を思い出したレイが、部屋を出る前に不思議そうに周りを見てから小さな声でルークに質問する。
降誕祭当日の奥殿での昼食会の席で、去年まで、レイはたくさんの贈り物をもらったのだ。それならば、今年の主役は自分ではなくティミーとジャスミンだろう。
「ああ、二人なら執事の案内で先に奥殿へ向かっているよ。きっと今頃、奥殿にいる猫達と大喜びで遊んでいるんじゃあないかな」
笑ったルークの言葉に、レイも納得して頷く。
「しばらく見ていないけど、これだけ気温が下がっているんだからもうすっかり冬毛に生え変わってるんじゃあないかなあ。特にレイはそりゃあ見事なもふもふになっていると思うぞ」
隣で聞いていたカウリの言葉に、若竜三人組も揃って笑っている。
「確かにそうだね。じゃあ、僕も猫のレイがどれくらい大きくなったか楽しみにしておこうっと」
笑って両手を広げるレイの言葉に、若竜三人組とカウリだけでなくルークやヴィゴ達も揃って吹き出し、全員揃って大笑いになったのだった。
猫のレイがどれくらい大きくなっているのか知っているアルス皇子は、あえて何も言わずに一緒になって大笑いしていた。
綺麗に整列して廊下を歩き、そのまま大注目を集めつつ奥殿へ向かう。
「今夜は城の大広間で、両陛下主催の降誕祭を祝う夜会が催される。これは第一級礼装で全員出席だからな」
奥殿に到着して人目が無くなって安堵していたところで、笑ったルークにそう言われてレイは驚きに目を見張る。
「了解です。でも、降誕祭の期間中は、夜会は無いのだと思っていました」
素直な言葉に、皆苦笑いしている。
「降誕祭の期間中も、夜会はいつも以上に多く開催されているよ。単に俺達が、神殿での務めを大義名分に参加していないだけでさ」
笑ったルークの言葉に、もう一回レイが驚いて目を見開き、それを見てまた皆が笑う。
「まあ来年以降で、もしもレイルズ君が参加したいと思う夜会があれば、気にせず行ってきてくれても別に構わないぞ」
「遠慮します。僕、神殿のお務めが楽しいです!」
慌てたようなレイの言葉に、また皆が笑う。
「まあ、せいぜい頑張ってくれたまえ」
「はい、しっかり頑張ります!」
笑ったアルス皇子の言葉に大真面目にレイが答え、顔を見合わせて揃って吹き出したのだった。
一方、護衛のもの達と執事達に取り囲まれて奥殿へ到着したティミーとジャスミンは、まずは別室へ通されて竜騎士達が到着するのを待っていた。
広い豪華な応接室には暖炉に火が入れられていてとても暖かい。
笑顔で頷き合った二人はそれぞれ大きなクッションを抱えて暖炉の前へ行き、分厚い絨毯が敷かれた暖炉の前に並んで座った。
しばらく無言で暖炉の炎の中にいる大きな火蜥蜴を見つめていると、可愛い鳴き声と共に猫達が乱入してきた。
「うわあ、また大きくなったね。それに尻尾が大きくなってる!」
笑ったティミーが差し出した手を、毛の量が倍増している猫のレイがやや不審そうにくんくんと嗅ぐ。
ジャスミンも笑って、自分の側にきた猫のフリージアに大人しく指先を嗅がせていた。
猫のレイと同じくらいに大きくなっているタイムは、やや遠巻きにして二人の様子を見ているだけで近寄って来ない。
しばらくして安心した猫達は、それぞれ好きなところでくつろぎ始めた。
猫のレイはティミーが気に入ったらしく、投げ出して座っている彼の足の上に乗ってご機嫌で喉を鳴らし始め、フリージアは、クッションの上に座ったジャスミンの膝の上に乗り上がってきて、これもご機嫌で喉を鳴らしている。
出遅れたタイムは、少し考えてからティミーの背中側にもたれて座り、これもご機嫌で喉を鳴らし始めた。
予想以上の重さに戸惑いつつもあまりにご機嫌な猫達の様子を見て、動かすこともしないで大人しく椅子の役目を果たしていた二人は、レイ達が到着した頃には両足が完全に痺れてしまい、全く動けなくて揃って悲鳴を上げる羽目に陥ったのだった。




