感謝と約束
「遅くなって、申し訳ありませんでした」
ようやく贈り物の確認を終えたニーカは、待っていてくれたクラウディアと一緒に用意してあったミスリルの鈴の入った袋を手に、急いで女神の神殿の祭壇がある一番広い礼拝堂へ向かった。
降誕祭の期間中は、女神の神殿でも特別な祭事が行われている。それ以外にもいつもの朝のお祈りや月初めのお祈りなどもあるので、特に午前中は大忙しなのだ。
そんな時に抜け出して申し訳ない。そう思って密かにため息を吐く。
「おかえりなさい。それでどうだった? 私達からの贈り物は喜んでもらえたかしら?」
祭壇裏の控えの間に集まっていた巫女達の列に並んだところでかけられた年配の僧侶の小さな声に、目を輝かせたニーカが声の方を振り返る。
見事なレース編みの襟飾りを編んでくださったその僧侶に気がつき、ニーカは満面の笑みで頷いた。そして狭かったので跪く事は出来なかったが、持っていたミスリルの鈴をポケットに突っ込み、握りしめた両手を額に当てて出来る限り膝を曲げて深々と頭を下げた。
「素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。降誕祭の贈り物をくださった皆様に、心からの感謝を捧げます」
小さな声だったが、ニーカの周りにいた人達もその言葉に振り返って皆揃って笑顔になる。
「喜んでもらえたみたいでよかったわ。どうぞお城へ行ったら遠慮なく使ってちょうだいね。交換用のものだって必要だろうから、また仕上がったら贈らせてもらうわ。皆、張り切っているんだからね」
悪戯っぽい口調でそう言われて、ニーカが驚いたように顔を上げる。
「いえ、とんでもありません。あんな高価なものを……」
レースの襟飾り一つとっても、仕上げるまでにどれだけの手間と時間が掛かっているのかを理解したニーカが慌てたようにそう言ったが、周りの年配の僧侶達は全員が楽しそうに笑っている。
「ディレント公爵様のおかげで、レース糸は好きなだけ使えるようになりましたからね」
「今までは材料が無くて我慢していたけれど、おかげで今は好きなだけ作れているのだもの」
「だけど、たくさん作っても慈善事業の即売会の時くらいしか、行くあてがないものねえ」
「特に、大物はなかなか売れない事も多いから、つい作るのを躊躇しちゃうのよ」
「だけど、ニーカが貰ってくれるなら、遠慮なく作れるわ」
「そうよ、私から、作る楽しみを奪わないでおくれ」
周りの僧侶達や巫女達から口々にそう言われて、ニーカはもう驚きに声も出ない。
そうは言っても、あんなに手間のかかった物を理由も無くそう何度も貰うわけにはいかない。
どうやって断ったら良いのか必死で考えていて、ふとディレント公爵家の執事であるグレックさんから教えられた事を思い出した。
ニーカが正式に還俗して竜騎士隊所属になった暁には、竜騎士と同じく陛下からのお祝い金と共に、毎月お給料が支払われるので、軍部にニーカの口座を作ってあるのだと。
実はジャスミンも、竜の主となった際に軍部に口座を用意してもらっている。
二人とも正式には軍人ではないが、竜騎士隊所属となった時点で軍部にそれぞれの名前で口座が作られているのだ。
相当な金額なのだと言われただけで、実際の金額は教えてもらっていないが、贅沢をしなければ少しくらいの余裕はあるだろう。
良い事を思いついて嬉しくなったニーカは、笑顔で僧侶達を見上げた。
「あの、それなら私が向こうへ行った後は、皆様の作品を定期的に買わせてください。ちゃんとお金を払います!」
どれくらいが適正価格なのかは、ニーカにはさっぱり分からないが、グレックさんに聞けば教えてくれるだろう。
胸元で手を握ったニーカの言葉に、皆が驚いて目を見開く。
「ええ? 良いの?」
「もちろんです! ええと、竜騎士隊の本部へ行けば、すっごく沢山お金をいただけるらしいので!」
目を輝かせたニーカの言葉に、あちこちから堪えきれないような笑いが聞こえた。
「まあ、嬉しいわね。それじゃあ高値をつけてもらえるように頑張らないとね」
「ねえ、竜司祭様はチュールレースはお使いになるかしら? 私、今、極細糸でチュールレースの編み方を教えていただいているの。何か作品にした方がいいって言われているから、出来上がったら買い取ってもらえる?」
クラウディアの舞い仲間であるペトラの言葉に、何人かが同じように笑って手を挙げる。
「私も!」
「私もチュールレースを編んでいるところよ」
「上手く出来たらお願い!」
「もちろん喜んで買わせてもらうわ。楽しみにしているから、よろしくね」
ニーカの言葉に、あちこちから小さな拍手が起こる。
もちろん、レース編みはそんな簡単に仕上がるものではない事は、皆承知の上だ。
「話がまとまったところで、そろそろ時間よ。出ますから、皆、しゃんとしなさい」
笑った年配の僧侶の言葉に、慌てて整列し直した巫女達を見て、ニーカもポケットからミスリルの鈴を取り出して右手に持って、改めて列に並んだ。
ミスリルの鈴を持った巫女達を先頭に、定刻の鐘の音と共に祭壇の前へニーカ達はゆっくりと鈴を鳴らしながら進み出て行ったのだった。




